1:名無しのJ民
ワイ将、時代劇見ててふと思ったんやけど
町奉行とかいうお偉いさん、絶対今でいう高給取りやろ?
3:名無しのJ民
江戸の町を治めるトップやからな
現代で言えば都知事兼警視総監みたいなもんか?
7:名無しのJ民
石高で言うと3000石くらいやろ?
9:名無しのJ民
3000石って米やろ?米3000石ってどれくらいやねん
12:名無しのJ民
1石=150kgやからな
3000石だと45万kgや
13:名無しのJ民
草
米45万kgとかどんだけやねん
15:名無しのJ民
今のお米の値段で換算したらアカンやろ
16:名無しのJ民
それでもだいたい10kg3000円として、1石4万5千円くらいか?
19:名無しのJ民
4万5千円 × 3000石 = 1億3500万円
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
20:名無しのJ民
はえ~1億超えは草
そら偉そうにするわ
21:名無しのJ民
マジかよ、江戸時代に年収1億越えとか夢ありすぎやろ
22:名無しのJ民
でもこれって「役高」であって、全部が給料じゃないぞ
23:名無しのJ民
せやな、奉行は旗本から選ばれるから、もともと持ってる禄高もあるし
役職手当みたいなもんやろ
26:名無しのJ民
しかもそこから同心や与力の給料も一部出したり、経費も賄ったりせなあかんかったんやなかったか?
27:名無しのJ民
詳しいニキおるか?
30:名無しのJ民
町奉行は役高3000石って言われるけど、これは俸禄の額じゃなくて「格」みたいなもんやで
実際の給料は「役料」として支給される。だいたい年1500俵の米と、別途「役金」って現金が支給された
33:名無しのJ民
1500俵ってことは750石相当やな
37:名無しのJ民
750石でも結構な額やんけ
4万5千円 × 750石 = 3375万円!
それでも3000万超えかよ
38:名無しのJ民
それに役金も加わるんやろ?
役金はどれくらいだったんや?
42:名無しのJ民
時代によって変動するけど、だいたい200両から300両くらいやったらしいで
44:名無しのJ民
1両って今で言ういくらくらいなん?
45:名無しのJ民
諸説あるけど、だいたい3万~10万円って言われとるな。米の値段基準なら3万、大工の日当基準なら10万とか
49:名無しのJ民
じゃあ間とって1両5万円としようか
51:名無しのJ民
200両なら1000万円
300両なら1500万円
つまり、3375万円 + 1000~1500万円 = 4375万~4875万円か
54:名無しのJ民
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
それでも年収5000万近いとかやべえええええええ
56:名無しのJ民
ワイの年収の20倍以上で草
57:名無しのJ民
そりゃ町奉行になれば御殿も持てるわな
60:名無しのJ民
今の東京都の部長クラスの年収は1000万ちょいやから、圧倒的やな
64:名無しのJ民
江戸時代の公務員、勝ち組すぎやろ
68:名無しのJ民
でもこの役料の中から、交際費とか賄賂じゃないけど部下への気遣いとかもあったんやろ?
71:名無しのJ民
せやで。江戸時代の役職って、現代の公務員みたいに「給料」だけ貰って終わりじゃないからな
75:名無しのJ民
交際費は経費で落とせるけど、接待費は自腹みたいなもんか
78:名無しのJ民
しかも奉行所には与力とか同心とか部下がいっぱいおるやろ
そいつらの手当とかも一部出したりしてたらしいで
79:名無しのJ民
実質的な手取りはもっと少なかったんやろな
83:名無しのJ民
それでも羨ましいわ
ワイも江戸時代に生まれて町奉行になりたかったンゴ
84:名無しのJ民
でも町奉行って激務やろ?
江戸の治安を一手に担うとかストレス半端ないやろ
87:名無しのJ民
しかも将軍様に定期的に顔出して報告とかもせなあかんし
失敗したら切腹とかある時代やで
89:名無しのJ民
命がけの仕事やから、高給なのは当然かもしれん
91:名無しのJ民
今の政治家や官僚もこれくらい貰って仕事しろよ
94:名無しのJ民
今の政治家も色々手当とか貰ってるけどな
95:名無しのJ民
町奉行って何人くらいおったん?
98:名無しのJ民
基本的に二人制やな。南北町奉行所があって、月番で交互に担当してた
99:名無しのJ民
北と南で別々に奉行がおったんか
101:名無しのJ民
北町奉行所と南町奉行所やな
有名な大岡越前守は南町奉行、遠山金四郎は北町奉行
105:名無しのJ民
はえ~豆知識助かる
107:名無しのJ民
町奉行の地位って将軍直属の旗本の中でもエリート中のエリートやろ?
108:名無しのJ民
せやで。3000石クラスの大身旗本で、かつ有能な人物が選ばれた
112:名無しのJ民
学歴で言うたら東大卒エリート官僚みたいなもんか
115:名無しのJ民
しかもその中でも人格者で、人望がある奴じゃないと務まらんかったやろな
119:名無しのJ民
あと、町奉行って意外と任期が短かったりするんやで
だいたい数年で別な役職に異動になることが多かった
120:名無しのJ民
なんでや?激務すぎて燃え尽きるからか?
121:名無しのJ民
いや、一つのポストに長く居座ると癒着とかが起こりやすいから、定期的に異動させてたらしいで
123:名無しのJ民
なるほど、腐敗防止策か
昔の役人も色々考えてたんやな
124:名無しのJ民
奉行所って今でいう警察と裁判所と市役所を全部合わせたようなもんやろ?
多機能すぎやろ
127:名無しのJ民
そりゃ忙しいわな
年収5000万でも割に合わない人もいたんちゃうか
129:名無しのJ民
まあでも現代の感覚で「年収」って言っても、当時の金銭感覚と違うからな
132:名無しのJ民
江戸時代って物価も今より安かったんやろ?
134:名無しのJ民
米の値段は現代よりずっと安かったやろ
137:名無しのJ民
米以外は結構高かったものもあるで
特に贅沢品とかは
139:名無しのJ民
そういや、町奉行って将軍に謁見する機会も多かったんか?
141:名無しのJ民
定期的に御目見得(おめみえ)はあったはずやで
将軍に直接報告する場とかも
143:名無しのJ民
将軍直々に褒められたりしたらめっちゃ名誉やろな
146:名無しのJ民
褒美とかも出たんかな?
147:名無しのJ民
出たで。将軍からの御下賜品とかもあったらしい
150:名無しのJ民
江戸時代の官僚制度って結構しっかりしてたんだな
153:名無しのJ民
いや、賄賂とかも横行してたで
奉行クラスの人間でも受け取ってた奴もおるやろ
157:名無しのJ民
それは現代も同じやろがい
161:名無しのJ民
賄賂っていうか、時代によっては「付け届け」として公然の秘密やった部分もある
165:名無しのJ民
まあ、いくら給料高くても人間は欲深いからな
168:名無しのJ民
奉行の給料だけじゃなくて、与力とか同心とか末端の役人の給料ってどうやったんや?
171:名無しのJ民
与力は100石くらい、同心は30俵二人扶持とかやな
174:名無しのJ民
100石でも結構な額やん
4万5千円 × 100石 = 450万円
175:名無しのJ民
同心は30俵二人扶持やから、1俵0.5石とすると15石。
4万5千円 × 15石 = 67万5千円
それに二人扶持、つまり2人分の食い扶持がつく
176:名無しのJ民
食い扶持は米で支給されるから、家族が増えれば増えるほどお得になる
177:名無しのJ民
同心の給料は今でいうと年収100万くらいか?
178:名無しのJ民
でも食い扶持が米で支給されるから、自炊すれば食費は浮くし
江戸の物価考えたらそれで十分暮らせたんやろ
181:名無しのJ民
現代の公務員で年収100万はきつすぎるやろ
185:名無しのJ民
江戸の同心は副業とかもしてたらしいで
186:名無しのJ民
なんか与力とか同心って、奉行の家来みたいなイメージだったけど、ちゃんと給料貰ってたんやな
187:名無しのJ民
そらそうやろ。幕府の役人やからな
189:名無しのJ民
江戸の奉行所って、今の霞が関の官僚と警察官が一緒になってるイメージか
193:名無しのJ民
むしろ警察官僚がトップって感じやな
197:名無しのJ民
町奉行の給料の話から江戸時代の社会制度の話になってて草
200:名無しのJ民
歴史って面白いよな
203:名無しのJ民
教科書じゃ教えてくれないこういう話がいいわ
205:名無しのJ民
江戸時代の公務員、給料は今の公務員よりずっと夢があったな
208:名無しのJ民
今の若者も江戸時代にタイムスリップして町奉行目指せばワンチャンあるか?
212:名無しのJ民
無理やろ。身分制度の壁が厚い
213:名無しのJ民
生まれが全てやからな
214:名無しのJ民
町奉行になれるのは旗本の中でもエリートやから
読み込み中...