※当サイトはアフィリエイト広告(プロモーション)を利用しています
← トップに戻る

足利義満ってなんで天皇にならんかったんや?

1:名無しのJ民

室町幕府の全盛期やん? なんJ民なら知ってるやろ?
なんであの人、天皇の座を奪わなかったんや?
実質、日本を支配してたのに。

3:名無しのJ民

めんどくさかったんやろ

7:名無しのJ民

なりたかったけど、無理だったんやろ

8:名無しのJ民

いや、なろうと思えばなれたやろ
足利幕府の権力考えたら余裕やん

12:名無しのJ民

ビビっただけだろ

14:名無しのJ民

足利義満が天皇になってたらその後の日本史どうなってたんだろな

17:名無しのJ民

なりたくなかったんやろ。だって実権握ってる方が楽じゃん。
天皇って神輿みたいなもんだし。

21:名無しのJ民

実権握りつつ、公家最高の太政大臣までなったんやから、満足したんやろ。

22:名無しのJ民

日本国王やぞ? もう天皇どころか外国にまで認められる存在だったのに

23:名無しのJ民

それ、中国が勝手に付けただけやろ
日本の国内で自称したわけじゃないし

26:名無しのJ民

いや、明に朝貢して「日本国王」として冊封受けたのは事実だぞ
足利家が天皇に並ぶ権威を対外的に得たかったんやろな

30:名無しのJ民

実際、この日本国王ってのが天皇の権威を超越しとるって当時も言われてたんだよな

31:名無しのJ民

でも天皇の血筋じゃないから無理ゲーだったんちゃうか?
当時の価値観的に

32:名無しのJ民

それよな。源氏とはいえ、天皇家の血統じゃないと無理。
仮になれても、誰も認めないし反発が凄まじかったはず。

36:名無しのJ民

まあでも信長も秀吉も天皇にはならんかったし、そういうもんやろ

39:名無しのJ民

信長は天皇にすらなろうとしてなかったぞ
将軍家を滅ぼしただけで、自らは新しい体制作ろうとしてた

41:名無しのJ民

秀吉は関白太政大臣までいったけど、結局天皇にはならんかったな
藤原姓になって血統問題クリアしようとしたけど、根本は無理だった

45:名無しのJ民

義満は既に将軍、太政大臣、准三宮まで行って、出家して法体になっても院政みたいなことしてたから、これ以上ないって状態だったろ

46:名無しのJ民

もう実質天皇みたいなもんやん
名前が違うだけで

48:名無しのJ民

当時の天皇ってマジで権力なかったん?
マジで神輿?

52:名無しのJ民

いや、ゼロではない。
権威は絶大だったから、義満もそこは壊せなかった。
足利家はあくまで源氏の棟梁であって、天皇家とは別。

55:名無しのJ民

当時の人からしたら「血筋が違う」ってのはめちゃくちゃデカい壁だったんやろな
現代の感覚だと理解しにくいけど

57:名無しのJ民

天皇の座を奪う=日本古来の秩序を破壊するってことだからな
さすがの義満もそこまで踏み切れなかったんやろ

59:名無しのJ民

足利義満ってなんで天皇にならんかったんや? → なろうとしたけどやめた
って説もあるで

63:名無しのJ民

どんな説なん? 詳しく

64:名無しのJ民

足利義満は晩年、出家して「鹿苑院」と号した。
これは天皇や上皇が使う「院号」と同じで、当時の公家や寺社勢力からは「まるで院政を布く上皇のようだ」と批判された。
つまり、実質的に上皇に匹敵する権威を目指してたってこと。

65:名無しのJ民

へえー
じゃあ血筋の問題がなければなっていた可能性もあるのか

66:名無しのJ民

義満は自分の息子を天皇にしようとした、みたいな話もなかったっけ?

67:名無しのJ民

それはない。
ただ、息子の義嗣を皇族と縁組させようとしたとか、そういう話はあった。
完全に天皇の家系に入り込んで乗っ取ろうとする動きはあったかもしれん。

70:名無しのJ民

義満は北朝と南朝を合体させた明徳の和約を実現させたやん?
あれで天皇家の権威を一時的に弱めたかったんちゃうか?

74:名無しのJ民

いや、あれは逆に天皇家の権威を認めざるを得なかったとも言える
南朝側にもまだ支持者がいたし

77:名無しのJ民

結局、天皇って日本の歴史の核みたいなもんだから、どんな権力者もそこには手を出せなかったってことやな

79:名無しのJ民

それより、義満が天皇になってたら、その後の応仁の乱とか戦国時代とかどうなってたんやろ?
もっと早く統一されてたのかな

83:名無しのJ民

いや、逆に血筋の正当性で揉めて、もっと酷い内乱になってた可能性もあるやろ
「偽の天皇」って言われ続けて

86:名無しのJ民

足利将軍家から天皇が出てたら、それこそ武士の世がもっと永続したかもしれんし
江戸幕府も開かれなかったかもな

87:名無しのJ民

足利義満って結構な悪役やろ?
天皇にならなかったのは最後の良心か?

91:名無しのJ民

悪役っていうか、バリバリの権力者やろ。
当時の感覚で言えば「強い奴」が「正しい」みたいなもんやし。

93:名無しのJ民

あと、天皇になると祭祀とかクソめんどくさいやん?
義満は実権握りたかっただけだから、そんなの嫌だったんちゃう?

96:名無しのJ民

それもあるかもな
政治は実務部隊に任せて、自分は豪華な別荘で遊んでたかったんやろ

98:名無しのJ民

金閣寺建立とか、趣味に走ってたもんな

99:名無しのJ民

義満は中国と貿易して金儲けしてたしな
天皇になったらそういう商売もやりにくくなるかもしれん

100:名無しのJ民

足利義満って死後、朝廷から「鹿苑院太上天皇」の追号を贈られかけたけど、幕府が辞退したんだよな
なんで辞退したんや?

104:名無しのJ民

それ!そこが疑問なんよ
せっかく天皇の称号与えられそうになったのに

107:名無しのJ民

後小松天皇が「太上天皇」の称号を贈ろうとしたのは事実
でも、義満の息子である義持が「父は武家の棟梁たる将軍職にあるべき」として辞退した。
たぶん、天皇家の権威と武家の権威の境界線を、曖昧にしたくなかったんやろ。

109:名無しのJ民

なんか複雑やな
義満本人は天皇になりたかったけど、息子は武士の棟梁ってプライドがあったってこと?

113:名無しのJ民

もしくは、義満が死んだ後で、その権威が強すぎるのを恐れたのかもしれん
「死んだ後まで天皇だった」ってなると、足利家の血統が皇族に近づきすぎる

117:名無しのJ民

権力の集中を避けたんやろ
武家として独自の道を歩むべき、という考えがあったのかもしれん

118:名無しのJ民

天皇にならんかったんじゃなくて、なれなかったんだよ
当時の日本は神国思想が強くて、天皇の血統は絶対だった

122:名無しのJ民

足利義満は北朝の天皇を廃して、南朝の天皇を復帰させたりもしてるからな
天皇を完全に道具として見てた部分はあったと思う

124:名無しのJ民

北朝と南朝の統一(明徳の和約)は義満の政治的功績ではあるけど、
結局、皇統を一本化しただけで、義満が天皇になったわけではない

128:名無しのJ民

まあ、権力者が天皇の座を奪うって、それこそ中国の易姓革命みたいなもんだから
日本には馴染まないんやろな

132:名無しのJ民

日本の歴史で天皇が武力で交代したことって、壬申の乱とかくらい?
あれも皇族同士の争いだしな

136:名無しのJ民

足利義満が天皇になってたら、今の天皇家ってどうなってたんだろ?
そのまま足利家が皇族として続いてたのかな

138:名無しのJ民

もし義満が天皇になって、その子がまた天皇になったら、もはや足利王朝やん

142:名無しのJ民

日本国王と天皇の両方やるのは無理やろ

145:名無しのJ民

天皇にならなかったのは、天皇の権威が絶対だったからではなく、
天皇の権威を利用しつつ、実権は将軍が握るという体制が一番効率的だと考えたから、ってのが一番しっくりくるわ

147:名無しのJ民

足利義満「めんどくさいからパス」

151:名無しのJ民

これやろなぁ
あの人、割と合理主義者っぽいし

153:名無しのJ民

義満が天皇にならなかったのは、武家の棟梁としてのアイデンティティを大切にしたから、ってのもあるんちゃう?
源氏の血筋として、天皇家とは別の権威を持つことに意味があった

155:名無しのJ民

天皇にならずに、天皇以上の権力を手に入れたい、みたいなことだったんかな

159:名無しのJ民

それやね
「天皇家と対等以上の存在」を目指した
だから中国からは「日本国王」として冊封されたし、国内では太政大臣、准三宮まで上り詰めた

161:名無しのJ民

金閣寺が異様に豪華なのも、天皇への対抗意識やろ

163:名無しのJ民

義満ってやっぱすごいわ
日本史でもトップクラスの権力者やろ

167:名無しのJ民

織田信長も秀吉も、足利義満ほどの権威は得られなかったんちゃうか?
室町時代って将軍の権力がめちゃくちゃ強かった時期だし

168:名無しのJ民

信長は最終的に将軍職も廃したからな。
義満は将軍職を極限まで高めた。
アプローチが違う。

170:名無しのJ民

秀吉は血筋を藤原氏に仮託して関白になったけど、結局限界があった
義満は将軍のままで、天皇に匹敵する権力を得た

173:名無しのJ民

やっぱ日本の歴史上、天皇の血筋って絶対なんやな

177:名無しのJ民

義満は天皇の権威を完全に潰すのではなく、自分の権威をそれに並べることで、新たな秩序を構築しようとしたんやろな

178:名無しのJ民

なんかこのスレ見てると、義満がますます評価上がるわ

181:名無しのJ民

天皇にならなかったのは、賢明な判断だったとしか思えん
なっていたら、多分その後の足利家は滅んでたやろ

182:名無しのJ民

もし義満が天皇になって、その息子が天皇になったら、それこそ応仁の乱どころじゃない大乱になっただろうな
全国の武士や公家が「偽天皇だ!」って反乱起こす

183:名無しのJ民

まあ天皇は「祭祀王」で、将軍は「政治・軍事の実権者」っていう分業体制が日本には定着してたからな
それをぶっ壊すのはリスクがデカすぎた

185:名無しのJ民

義満「金と女と酒があればええねん」

189:名無しのJ民

おっさんみたいで草

190:名無しのJ民

天皇にならなかったのは、単に「そこまでしなくても、欲しいものは全部手に入る」って状況だったから、ってのが一番しっくりくるな

192:名無しのJ民

これだよな
実質支配者なんだから、わざわざ面倒な称号を取りに行く必要がない

196:名無しのJ民

天皇になると祭祀とかクソめんどくさいってレスあったけど、それも結構重要な要素だと思うわ
義満は実務を嫌うタイプだったらしいし

197:名無しのJ民

天皇って日本書紀とか古事記とか、神話から続く権威だから
武力で奪うってのは、その根っこをひっくり返すことになる

200:名無しのJ民

足利義満はそういう意味で、日本の伝統的な権威構造を理解してたってことか

202:名無しのJ民

このスレ、勉強になるわ

204:名無しのJ民

義満が一番欲しかったのは「日本における最高の権力と尊敬」であって、「天皇の称号」ではなかったってことか

205:名無しのJ民

そういうことやろ
将軍でありながら天皇以上の存在になった

208:名無しのJ民

天皇にならずに天皇を凌駕するって、めちゃくちゃかっこいいやん

212:名無しのJ民

信長と秀吉は天皇の権威を尊重しつつ、その上で天下を取ろうとしたけど、
義満は天皇の権威と並び立つ、あるいは凌駕する武家の権威を築き上げたって感じやな

215:名無しのJ民

信長は天皇すら利用しようとしてた感あるけどな。
比叡山焼き討ちとか、仏教勢力への容赦なさを見ると、神仏分離の先駆けみたいなとこもあったし。

219:名無しのJ民

義満は室町幕府の全盛期を築いたけど、結局は後の混乱の種も蒔いたんよな
将軍権力が強すぎたから、その反動がデカかった

220:名無しのJ民

それはそう
彼の死後、将軍の権威は地に落ちていくし

221:名無しのJ民

結局、足利義満が天皇にならなかったのは、
1. 血筋の問題(最大の壁)
2. 既存秩序の破壊への抵抗
3. 天皇にならなくても実権を握れていた
4. 祭祀など天皇職の煩雑さ
5. 武家の棟梁としてのプライド
って感じか

222:名無しのJ民

これ全部詰まってるな
完璧なまとめ

223:名無しのJ民

あと、明から「日本国王」って認められたのもデカいよな
国内の天皇とは別の「国際的な権威」を手に入れたわけやし

コメント

読み込み中...