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蠣崎氏とかいう蝦夷地の土豪がいつの間にか松前藩になってた件

1:名無しのJ民

誰やそれ

2:名無しのJ民

北海道民以外知らんやろ

3:名無しのJ民

松前藩は知ってるけど蠣崎氏って名前は記憶になかったわ

5:名無しのJ民

ワイも松前城しか知らん

9:名無しのJ民

蠣崎とかいう名前がまず強そう
蠣崎六郎とかいそう

12:名無しのJ民

実際は蛎崎じゃなくて蠣崎な
字が違うんや

14:名無しのJ民

どうでもええわそんなもん

17:名無しのJ民

安東氏の家臣だったのが独立して松前藩になったんやっけ?

21:名無しのJ民

そうやね
もともと津軽半島の十三湊あたりを拠点にしてた安東氏が、蝦夷地にも進出してたその支配の末端がおったんや

24:名無しのJ民

十三湊とかいう謎の地名

25:名無しのJ民

青森やろ?十三湖とかあるし

26:名無しのJ民

そいつらがアイヌと貿易して勢力拡大したんやろ?

30:名無しのJ民

まあ、そうだね
和人地って呼ばれる南の方に住んでた和人(日本人)たちが、アイヌとの交易を独占する形で富を蓄えていった

34:名無しのJ民

アイヌ差別してたクソ野郎どもってイメージ

37:名無しのJ民

歴史上の人物を現代の価値観で断罪するガイジ

38:名無しのJ民

でも実際、シャクシャインの戦いとかあったし、アイヌ側からしたら侵略者だったのは間違いない

39:名無しのJ民

そりゃ当時の歴史なんてどこもそんなもんやろ
弱肉強食や

40:名無しのJ民

蠣崎氏って最初から蝦夷地いたわけじゃないんやろ?

44:名無しのJ民

元は和人やな。津軽の安東氏(後の秋田氏)の代官として蝦夷地に派遣されてた
それが段々と独立志向強めていった感じ

45:名無しのJ民

言うて当時の蝦夷地なんて未開の地やろ?よく住み着いたな

48:名無しのJ民

未開つってもアイヌ文化はあったし、交易の場としてはかなり栄えてたみたいやで

49:名無しのJ民

松前藩って江戸時代通してずっと北海道の支配者やったんか?

53:名無しのJ民

いや、そこが面白いとこでな
形式的には「蝦夷地の領主」だけど、実質的な支配は和人地(今の函館から松前あたり)だけで、それ以外は交易権を独占してただけや
だから、米とか取れないから石高制じゃなくて、アイヌとの交易で得た利益で藩を維持してた

54:名無しのJ民

へー、面白いな
米取れないから独自のシステムってのは知らなかった

58:名無しのJ民

だから蝦夷地は「無高の国」って言われてた

59:名無しのJ民

蠣崎氏って最初どこに拠点置いてたん?

60:名無しのJ民

勝山館とかいうとこやな
今の北海道上ノ国町

64:名無しのJ民

上ノ国とかまたマイナーな…

68:名無しのJ民

北海道の端っこやんけ

70:名無しのJ民

そこから松前に移ったんやっけ?

71:名無しのJ民

そうそう、勝山館から福山館(後の松前城)に移ったんや
それが松前氏を名乗るきっかけにもなる

75:名無しのJ民

なんで名前変えたんや?

76:名無しのJ民

豊臣秀吉に臣従するにあたって、安東氏からの独立を明確にするためと、蝦夷地の統治者としての正統性をアピールするためやな
「蠣崎」ってちょっと野蛮なイメージがあるって言われてたらしい

78:名無しのJ民

はえー、秀吉も関わっとったんか

80:名無しのJ民

関わってたというか、秀吉が天下統一した時に、蠣崎慶広(よしひろ)が秀吉に臣従を誓って、「蝦夷島主」としての地位を認められたんや
それがデカい

82:名無しのJ民

なるほどね、中央政権のお墨付きを得たわけか

83:名無しのJ民

そこから「松前」を名乗るようになったんやろ?

84:名無しのJ民

正確には「松前氏」を名乗ったのは慶広の息子、松前公広(きんひろ)の代からやね
慶広自身は最後まで蠣崎姓やったはず

87:名無しのJ民

え、そうなん?知らんかったわ

89:名無しのJ民

ワイも今ググったわ

91:名無しのJ民

ガチで詳しい奴おるなここ

94:名無しのJ民

歴史板じゃないんだが…

95:名無しのJ民

なんJにたまに現れるガチの専門家すき

98:名無しのJ民

蠣崎慶広ってどんな人物やったん?

100:名無しのJ民

タフな交渉人ってイメージやな
秀吉にも徳川家康にもちゃっかり接近して、蝦夷地での既得権益を守り抜いた

101:名無しのJ民

戦国時代生き抜いたやつはみんなそんなもんやろ

104:名無しのJ民

アイヌを支配下に置いたのも彼の代からやな

106:名無しのJ民

アイヌの人たちかわいそう

107:名無しのJ民

まあ、そうやね
ただ、蠣崎氏も最初から絶対的な力があったわけではなくて、アイヌとの間で抗争と和睦を繰り返してたのは事実

108:名無しのJ民

シャクシャインの戦いは松前藩になってからやっけ?

110:名無しのJ民

そうやね、シャクシャインの戦いは1669年、慶広の孫の代や
ちょうどその頃には、松前藩のアイヌ支配がかなり強固になってて、交易条件も不利になってたから反乱が起きた

113:名無しのJ民

シャクシャインとかいうレジェンド

115:名無しのJ民

アイヌの英雄やね

119:名無しのJ民

結局松前藩が勝ったけど、結構苦戦したんやろ?

122:名無しのJ民

江戸幕府に援軍を要請したくらいには苦戦したな
その結果、幕府からの介入が強まるきっかけにもなった

124:名無しのJ民

あれって幕府が松前藩に鉄砲とか送ったんだっけ?

128:名無しのJ民

そうやね、兵器と援軍送ってる

130:名無しのJ民

蝦夷地って結局明治維新まで松前藩が支配してたわけじゃないんやろ?

134:名無しのJ民

途中から幕府直轄になったり、他藩に警備させたりしてた時期もあったな
特にロシアの南下政策が本格化してからは、幕府も蝦夷地の重要性を認識して直轄化を進めた

137:名無しのJ民

幕府「松前藩だけじゃ頼りにならん!」

140:名無しのJ民

松前藩「ちっ、うっせーな」

141:名無しのJ民

ロシアとかいうクソ迷惑な隣人

143:名無しのJ民

幕末にはあの新選組も蝦夷地行ったしな

147:名無しのJ民

箱館戦争やね

150:名無しのJ民

蠣崎氏とかいう地味な一族が、日本の北のフロンティアを開拓したんやな

152:名無しのJ民

開拓というか、アイヌとの間に商業圏を築いたって感じやな

154:名無しのJ民

交易で儲けて、そっから地盤固めて藩になったってのはロマンあるな

158:名無しのJ民

現代で例えるなら、Amazonが独自の軍隊持って国作ったみたいなもんか?

161:名無しのJ民

例えがぶっ飛びすぎやろ

164:名無しのJ民

でもちょっと分かる

167:名無しのJ民

なんJ民はすぐ現代に例えたがる

170:名無しのJ民

まあでも、当時の東北と蝦夷地の関係って、現代の日本と中国とか韓国の関係みたいなもんだったんかな

171:名無しのJ民

いや、全然違うやろ

172:名無しのJ民

蝦夷地は日本の領土と認識されてなかった時期もあるし、あくまで異民族との交易地って扱い

173:名無しのJ民

むしろ当時の日本が中国とやってた朝貢貿易とか、琉球との関係に近いんちゃうか

175:名無しのJ民

それはちょっと違う気もするが…

176:名無しのJ民

結局蠣崎氏って何がすごかったんや?

178:名無しのJ民

当時の東北の有力大名から独立して、秀吉や家康の時代にうまく立ち回って、蝦夷地での独占的な交易権と領有権を勝ち取ったことやろ
情報収集力と交渉力に長けてた

181:名無しのJ民

まさに戦国の世を生き抜いた商人と武士の中間みたいな存在か

185:名無しのJ民

むしろアイヌが独自の国とか作ってたら面白かったのに

188:名無しのJ民

アイヌは部族ごとにまとまってて、統一国家を作る文化はなかったからね
それが松前藩に付け入る隙を与えたとも言える

190:名無しのJ民

アイヌは平和主義者だったから…

193:名無しのJ民

いや、普通に部族間の争いはあったぞ

194:名無しのJ民

それはそう
歴史エアプか?

196:名無しのJ民

エアプ認定すなー!

199:名無しのJ民

歴史ってほんま奥深いな

200:名無しのJ民

蠣崎とかいう響きがかっこいい

201:名無しのJ民

かきざき、まつまえ
響きも違うな

202:名無しのJ民

松前漬け食いたくなってきた

205:名無しのJ民

なんでやねん

コメント

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