1:名無しのJ民
あれデカすぎやろ
4:名無しのJ民
ワイ東大寺行ったけどあまりのデカさにビビったわ
6:名無しのJ民
人力でやったとか信じられん
9:名無しのJ民
当時の技術力でどうやってあんなもん作ったんやろな
12:名無しのJ民
てかあのサイズの銅ってどこから調達したん?
14:名無しのJ民
金も塗られてるらしいしどんだけ豪勢なんだよ
17:名無しのJ民
銅を溶かす炉とかどんだけデカかったんだよ
20:名無しのJ民
現代の技術でも相当大変らしいで
23:名無しのJ民
クレーンとかない時代にどうやって持ち上げたのか謎
25:名無しのJ民
完成まで何年かかったんやっけ?
29:名無しのJ民
740年代から750年代半ばまでやったはず
32:名無しのJ民
その間ずっと人夫が働いてたってことか
34:名無しのJ民
それだけの労働力、食料、資材、全てどうやって賄ってたのか純粋に疑問
38:名無しのJ民
国力傾くレベルやろ
41:名無しのJ民
いや実際傾いたんだよなあ
43:名無しのJ民
飢饉とか疫病も流行ってた時期ちゃうかったっけ?
47:名無しのJ民
そうやで。聖武天皇が仏教に傾倒した理由の一つでもある
49:名無しのJ民
庶民からしたらたまったもんじゃねえな
53:名無しのJ民
いやいや、仏教の力で世の中を良くしようとしたんやぞ
57:名無しのJ民
まーた宗教に熱狂した天皇が暴走したのか
61:名無しのJ民
奈良時代ってほんと闇深いよな
62:名無しのJ民
真面目な話、大仏の制作は分割して型に流し込む「鋳造」という方法で行われた
65:名無しのJ民
へー、分割か。それでも途方もない作業やな
68:名無しのJ民
まず芯になる木組み作って、その周りに土で型を作って、下の方から順に銅を流し込んでいったらしいで
71:名無しのJ民
土型も何層にもなってたとか。強度出すために工夫しまくってたらしい
75:名無しのJ民
溶かした銅を流し込む時に熱で土型が崩れないようにとか、めちゃくちゃ難しそう
76:名無しのJ民
しかも一回で成功するわけないやろ
77:名無しのJ民
失敗しまくって人死にまくってそう
79:名無しのJ民
大仏造営に携わった人々は、仏教の功徳を信じてたから、苦しいながらも頑張れたんやろな
82:名無しのJ民
うーん、ワイなら逃げるわ
84:名無しのJ民
逃げたら捕まって殺される時代やぞ
86:名無しのJ民
そりゃ逃げられんわな
87:名無しのJ民
当時日本にそんな量の銅があったのが驚き
91:名無しのJ民
山口県とかから大量に採掘されたんや
93:名無しのJ民
当時の鉱山技術もすげーな
96:名無しのJ民
そして運搬も大変やったやろな。船で運んだんか?
100:名無しのJ民
基本的に陸路やで。牛とか馬、人力で運んだんや
103:名無しのJ民
マジかよ、気の遠くなる話やな
107:名無しのJ民
それだけの労力を費やして完成させた時の達成感は凄かったやろな
111:名無しのJ民
まあ完成したの天皇は見てないんだっけ?
112:名無しのJ民
いや、開眼供養は聖武天皇も参加したで。その後に譲位した
114:名無しのJ民
あ、そうなんや。よかったな
118:名無しのJ民
でもその後すぐ焼失したりしてるんだよな
120:名無しのJ民
何度か焼けて再建されてるよな。現在のやつは江戸時代に再建された部分も多いとか聞いた
122:名無しのJ民
え、今のって全部当時もんじゃないんか?
123:名無しのJ民
顔とかは鎌倉時代の再建やなかったかな?
127:名無しのJ民
いや、現在の像は大部分が江戸時代に再建されたもの。頭部は鎌倉時代、それ以外は江戸時代が主
128:名無しのJ民
マジかよ!知らんかったわ
132:名無しのJ民
それでもあれだけの大きさはすごいけどな
136:名無しのJ民
てかあの時代の技術で鉄をあれだけ加工できるのがすごいわ
137:名無しのJ民
銅やで
140:名無しのJ民
あ、銅か。勘違いしてたわ
141:名無しのJ民
まあ鉄も当時からあったけどな
143:名無しのJ民
大仏の制作費用って今の貨幣価値に換算するといくらくらいになるんや?
147:名無しのJ民
試算によって全然違うけど、国家予算の半分近くを費やしたという説もある
149:名無しのJ民
ひえええええええええええええ
153:名無しのJ民
そりゃ国も傾くわ
156:名無しのJ民
大仏造営を主導した行基とかいう僧侶もすごいよな。民衆をまとめ上げたんだから
158:名無しのJ民
行基は土木工事のプロでもあったしな
162:名無しのJ民
聖武天皇ってなんであんなに大仏にこだわったんやろな
165:名無しのJ民
疫病とか災害が多発してたから、仏教の力で国家を安泰させようとしたんや
167:名無しのJ民
あと、東大寺が律令制国家の中心的な寺院として位置づけられたのも大きい
170:名無しのJ民
要は国民を精神的に統一するためのプロジェクトだったんやな
173:名無しのJ民
まあ現代の感覚からすると、もっと食料とか住居に金使えよって思うけどな
177:名無しのJ民
当時の人からしたら、仏様の力は絶対だったんやろ
181:名無しのJ民
結局、大仏造ったところで飢饉も疫病も収まらなかったんだよな…
185:名無しのJ民
それでも心の拠り所にはなったんちゃうか
186:名無しのJ民
なんか奈良の大仏の鼻の穴くぐるとご利益あるみたいなのあるやん?
189:名無しのJ民
あれデカすぎやろ、あんなもん通れるか
190:名無しのJ民
あれは大仏殿の柱にある穴やぞ
191:名無しのJ民
あ、そうなん?知らんかったわ
192:名無しのJ民
鼻の穴くぐるとかいうパワーワード
196:名無しのJ民
大仏殿の柱の穴って、大仏の鼻の穴と同じ大きさらしいで
198:名無しのJ民
豆知識サンガツ
201:名無しのJ民
今の大仏の顔ってなんかシュッとしすぎじゃね?
204:名無しのJ民
昔の絵とか見るともっと丸かった気がする
206:名無しのJ民
それは焼失後の再建で、当時の面影を残しつつも、時代ごとの美意識が反映されてるからやないかな
207:名無しのJ民
なるほど、再建するたびに顔が変わるのか
211:名無しのJ民
まさに歴史の生き証人やな
215:名無しのJ民
大仏の螺髪(らほつ)って一個一個手作りなんかな
218:名無しのJ民
螺髪は一つ一つが独立したパーツで、それを埋め込んでいるらしい
219:名無しのJ民
マジかよ、細かい作業やな
223:名無しのJ民
大仏の左手だけやたらデカいって聞いたことあるけどホンマなん?
225:名無しのJ民
あれは遠近法やで
227:名無しのJ民
手前にあるから大きく見えるだけや
228:名無しのJ民
なるほど、そういうことか
229:名無しのJ民
いや、大仏の手ってマジでデカいからな
232:名無しのJ民
拝観してると、そのスケール感に圧倒されるわ
235:名無しのJ民
あの時代にこれだけ大規模なプロジェクトを成功させたのは、日本の技術力と組織力の高さを示すものやな
236:名無しのJ民
でも、その裏には多くの犠牲があったことも忘れてはならない
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