1:名無しのJ民
あれマジでやばかったらしいな
中国の使節をもてなすために国を傾けるレベル
5:名無しのJ民
詳しく
6:名無しのJ民
どんなんや?
10:名無しのJ民
中華の使者が琉球に来るたびに、王様が直接港まで出迎えに行って、盛大なパレードで首里城まで案内。その間もずっと豪華な宴会と芸能のオンパレード。
14:名無しのJ民
草
それもう外交じゃなくてエンタメやん
17:名無しのJ民
いや、外交なんよ
中国様のご機嫌を損ねたら琉球の存続に関わるからな
21:名無しのJ民
てか冊封使って何しに来るんや?
24:名無しのJ民
新しい国王が即位した時に、中国が「お前を琉球国王として認めるで」って公式に認めてくれる儀式のために来るんや
それが無いと国際的に国王として認められなかった
26:名無しのJ民
なるほどねー
でもどんだけ豪華なん?具体的になんかある?
28:名無しのJ民
まず料理が半端ない。中国の地方料理と琉球料理を融合させた「冊封料理」ってのがあって、数百種類の料理が出たとか。
30:名無しのJ民
数百種類…?
32:名無しのJ民
しかも一回の接待で何ヶ月も滞在するから、毎日毎日宴会漬け。
34:名無しのJ民
それ食費だけで国庫破綻するやろ
36:名無しのJ民
破綻しかけてたらしいで。
でも、中国皇帝から下賜金(お祝い金みたいなもん)も貰えるから、それ目当ての部分もあったとか。
38:名無しのJ民
なんか現代の接待ゴルフとかの比じゃないな
41:名無しのJ民
沖縄の人は酒強いって聞くし、接待慣れてたんかな
43:名無しのJ民
泡盛ガンガン飲ませてたのかな
47:名無しのJ民
冊封使も「これもう天国やんけ」って内心思ってたんちゃうか
48:名無しのJ民
記録によると、冊封使の日記に「琉球の接待は世界一」って書かれてるらしい
51:名無しのJ民
草
もうちょっと謙遜しろ
54:名無しのJ民
琉球は中国への朝貢国だったから、定期的に貢物送って、そのお礼として冊封使が来てくれるわけ。
その時に中国の文化とか技術も入ってくるから、琉球にとっては貿易と文化交流のチャンスでもあったんや
57:名無しのJ民
一見、属国みたいに見えるけど、結構したたかな外交戦略だったんだな
61:名無しのJ民
沖縄のあの独特な文化って、中国と日本の影響を両方受けてるからなんだよな
65:名無しのJ民
そうそう。日本にも朝貢してたし、中国にも朝貢してた。二股外交の達人
69:名無しのJ民
現代で言うと、アメリカと中国の間でうまく立ち回る国みたいなもんか
70:名無しのJ民
それもこれも、海の真ん中にポツンとあるからやな
72:名無しのJ民
冊封使ってどのくらいの期間滞在するんや?
76:名無しのJ民
半年とか普通にいたらしい。その間ずっと接待漬け。
78:名無しのJ民
半年…まじかよ
観光旅行じゃんもう
80:名無しのJ民
そりゃ琉球も大変やわ
84:名無しのJ民
国王が直接対応するのも、それだけ中国様を大切にしてるアピールやろ
85:名無しのJ民
冊封使の役人ってどんなランクの人だったん?
86:名無しのJ民
大体は翰林院の学士とか、結構エリート層が派遣されてたみたいやな。だから文化的レベルも高かった。
88:名無しのJ民
そら豪華な接待しないと恥かくわな
91:名無しのJ民
組踊とか琉球舞踊ってこの接待のために発達した部分もあるんかな?
92:名無しのJ民
大いにあり得る。使節の前で披露する芸能は、琉球の文化の粋を集めたものだっただろうし。
96:名無しのJ民
てかあの当時の交通機関で半年もかかる旅ってヤバすぎやろ
100:名無しのJ民
船で来るからな。航海も命懸けや
104:名無しのJ民
冊封使も無事に着いて、豪華な接待で疲れ癒やされるの楽しみにしてたやろな
105:名無しのJ民
そらそうよ
現代の海外出張者がビジネスホテル泊まるのとはわけが違う
109:名無しのJ民
沖縄料理って美味いよな
ラフテーとかゴーヤチャンプルーとか
113:名無しのJ民
あれって冊封料理の影響も受けてるんかな
117:名無しのJ民
ラフテーは豚の角煮に近いし、中国料理の影響は間違いなくあるやろね
119:名無しのJ民
でも琉球の豚肉文化はかなり昔からあるし、独自に発展した部分も大きい
120:名無しのJ民
冊封使も美味い美味い言うてたやろな
122:名無しのJ民
琉球料理のフルコースとか食ってみたいわ
125:名無しのJ民
現代でその接待再現したら一体いくらかかるんやろ
127:名無しのJ民
億じゃきかないレベルちゃうか
129:名無しのJ民
半年間の豪華ホテル滞在、毎日懐石料理、芸妓さん付き
132:名無しのJ民
もはや国賓級じゃなくて、皇帝級の接待やん
136:名無しのJ民
琉球の財政状況ヤバかったんやろ?なんでそんな無茶したんや
139:名無しのJ民
中国からの下賜金以外にも、中国との貿易特権も大きかったんや。冊封体制下だからこそ許される貿易。
だから接待は投資だったとも言える。
141:名無しのJ民
なるほど、投資ね。リターンはそれなりにあったと
142:名無しのJ民
でも薩摩藩の侵攻とかもあったやん
あれは中国から守ってもらえなかったん?
145:名無しのJ民
薩摩の侵攻時はまだ冊封使来てるタイミングじゃなかったし、中国は直接介入はしない方針だった。
琉球は中国の冊封国でありながら、日本の属国でもあったっていう複雑な立場だったからな
147:名無しのJ民
二重支配ってやつか
149:名無しのJ民
結局、明治になって琉球処分で日本に組み込まれるわけやけど、あの複雑な外交戦略は凄いと思うわ
150:名無しのJ民
小さい国が生き残るための知恵やったんやな
151:名無しのJ民
冊封使の接待が豪華だったって話からこんな壮大な話になるのか
155:名無しのJ民
歴史って面白いわ
157:名無しのJ民
沖縄行くとわかるけど、中国文化と日本文化がごちゃ混ぜになってるからな
159:名無しのJ民
首里城とか見ても、日本の城とはちょっと違うもんね
163:名無しのJ民
赤瓦とか中華っぽいよな
167:名無しのJ民
あと、識名園とかも中国庭園の要素が強い
168:名無しのJ民
でも沖縄の人は別に中国の属国だと思ってなかったって聞くで
172:名無しのJ民
そうやね。あくまで「冊封」は外交儀礼であって、内政干渉されるわけじゃないし。
174:名無しのJ民
琉球は琉球の独立国っていう意識やったんやろな
177:名無しのJ民
それにしても半年も接待される方もしんどいやろ
179:名無しのJ民
いや、彼らは「ご公務」として楽しんでるんやで
182:名無しのJ民
むしろ接待が下手だったら、中国に「おい、琉球。やる気あんのか?」って言われるからな
186:名無しのJ民
接待は国力の誇示でもあったんやな
188:名無しのJ民
現代の日本政府も接待うまくなった方がいいんちゃうか
192:名無しのJ民
それはそれで問題になるやろ
193:名無しのJ民
いや、VIP対応は大事やろ
195:名無しのJ民
でも、接待漬けで太った冊封使もいたらしいぞ
198:名無しのJ民
草
それはそれで健康に悪い
202:名無しのJ民
半年も宴会漬けじゃな
203:名無しのJ民
てか冊封使の船ってどんなんだったん?
207:名無しのJ民
結構でかい船団で来るんや。数隻から数十隻。
208:名無しのJ民
船旅も豪華だったんかな
211:名無しのJ民
いや、船の上はそこまで贅沢できなかったと思うで
嵐とかあったら大変やし
214:名無しのJ民
そりゃそうか
215:名無しのJ民
結局、琉球の接待って、中国の権威を認めつつ、自国の独立性と文化をアピールする、したたかな戦略だったってことやな
217:名無しのJ民
すげーわ琉球
219:名無しのJ民
今の沖縄見ると、その歴史の重みを感じるな
222:名無しのJ民
沖縄旅行行きたくなってきたわ
223:名無しのJ民
ラフテー食いながら泡盛飲みたい
226:名無しのJ民
でも、冊封使が来たときの首里城ってどんな感じだったんやろ
今の首里城は再建されたやつだし
227:名無しのJ民
当時の絵巻物とか資料には残ってるみたいやな
231:名無しのJ民
再建前の首里城も凄かったんやろな
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