1:名無しのJ民
知らん
5:名無しのJ民
誰やそいつら
9:名無しのJ民
意識高い系スレやめろや
13:名無しのJ民
ドイツの哲学者と詩人やろ?
15:名無しのJ民
アドルノは聞いたことあるな
19:名無しのJ民
ツェランは知らんわ
22:名無しのJ民
アウシュヴィッツ後も詩は書けるのか、って話やろ?
25:名無しのJ民
それってニーチェとかと関係あるんか?
27:名無しのJ民
ねーよバカ
31:名無しのJ民
アドルノはフランクフルト学派やね
32:名無しのJ民
で、結局何が言いたかったんや?
34:名無しのJ民
簡単に言うと、アドルノはホロコーストみたいな悲劇を経験した後に、これまでと同じような美しい言葉で詩を書くことは、その悲劇を矮小化する野蛮な行為だって主張したんや
36:名無しのJ民
なるほどね
37:名無しのJ民
でもツェランはそれでも詩を書こうとしたんやろ?
40:名無しのJ民
せや。ツェラン自身がユダヤ人で、家族もホロコーストで失ってる。それでも彼はドイツ語で詩を書き続けた。
42:名無しのJ民
うーん、難しい問題やな
44:名無しのJ民
アドルノの言ってることもわかる気がするわ
47:名無しのJ民
詩なんて所詮慰めにもならんってことか
49:名無しのJ民
いや、そこがポイントや。ツェランは「言葉は沈黙を破るためにある」ってスタンスやった
50:名無しのJ民
詩を書くことで、消された記憶や言葉を取り戻そうとしたんやろ
54:名無しのJ民
結局、どっちが正解なんや?
58:名無しのJ民
正解なんてないやろ。哲学や文学に正解求めてどうすんねん
60:名無しのJ民
正解はなくても、なんかこう、納得できる答えが欲しいわ
61:名無しのJ民
アドルノは後に「アウシュヴィッツの後でも詩を書くことは可能か」と問い直してるし、彼の言った「野蛮」って言葉も、詩そのものを否定したわけじゃないんやで
64:名無しのJ民
マジ?なんか印象と違うな
65:名無しのJ民
「野蛮」ってのは、従来の「美しい」とか「調和」みたいな詩のあり方に対する批判やね
68:名無しのJ民
既存の美学が通用しなくなったってことやろな
70:名無しのJ民
ツェランの詩ってどんなん?
73:名無しのJ民
なんか難解らしいで
77:名無しのJ民
「死のフーガ」とか有名やな。ホロコーストを題材にした詩で、めちゃくちゃ重い
79:名無しのJ民
詩なんて読まないJ民にゃわからん話やな
82:名無しのJ民
お前らアウシュヴィッツで何があったか知ってるか?
83:名無しのJ民
もちろん知ってるよ。人類史の汚点や
84:名無しのJ民
そこで詩を書くって、どんな気持ちなんやろうな
88:名無しのJ民
表現する側の人間として、ツェランの気持ちも理解できるわ
89:名無しのJ民
何もせず沈黙するよりはマシってことか
93:名無しのJ民
でも表現の仕方を間違えると、それはそれで冒涜になる可能性もある
96:名無しのJ民
そこの線引きが難しいんやろね
100:名無しのJ民
アドルノ「ラーメンは哲学である」
101:名無しのJ民
急になんJ語挟むなやw
105:名無しのJ民
ツェラン「味噌ラーメンは死」
106:名無しのJ民
アドルノはラーメンは食ってたんかな
109:名無しのJ民
哲学者の飯の話とかどうでもええわ
111:名無しのJ民
ツェランは精神を病んで自殺してるからな
113:名無しのJ民
マジか…
116:名無しのJ民
そんな重い背景があるんか
117:名無しのJ民
アドルノの言葉が彼を追い詰めたってことはないんか?
119:名無しのJ民
直接的な原因ではないやろうけど、あの時代の知識人たちはみんな重いもの背負っとったんやろ
121:名無しのJ民
ツェランはバッハマンとも往復書簡書いてるやろ?そっちも有名やで
125:名無しのJ民
誰やそれ?
128:名無しのJ民
インゲボルク・バッハマン。オーストリアの女流作家で、ツェランとは恋仲やった時期もある。
129:名無しのJ民
へー、なんかロマンチックやん
130:名無しのJ民
ロマンチックどころか、かなり病んでる関係やで。お互い精神的に不安定やったから
133:名無しのJ民
草
135:名無しのJ民
文豪ってなんでみんな病んでるんや?
138:名無しのJ民
繊細なんやろ
142:名無しのJ民
アドルノの「哲学用語によるツェラン詩の解釈」とかいう論文もえぐいらしいで
145:名無しのJ民
なんかもう全部難解で草
149:名無しのJ民
結局、アドルノは「詩は野蛮」って言ったけど、ツェランの詩を評価してたってこと?
152:名無しのJ民
そうや。アドルノはツェランの詩には「沈黙」が内在していると評価した。つまり、既存の美学を否定する形で、新しい詩の可能性を見出したんや。
153:名無しのJ民
なるほど、ただの喧嘩じゃなかったんやな
154:名無しのJ民
弁証法みたいなもんか
157:名無しのJ民
否定の否定、みたいな
158:名無しのJ民
哲学ってややこしいな
159:名無しのJ民
ツェランの詩は言葉を分解して、その中に隠された意味を炙り出すような感じらしいで
160:名無しのJ民
もはや文学というよりは宗教に近いとすら言われる
161:名無しのJ民
否定神学に通じるものがあるって言う人もおるな
162:名無しのJ民
否定神学とか難しすぎやろ
164:名無しのJ民
要は、言葉で表現できないもの、名前を付けてはならないものを、あえて言葉で表現しようとする試みや
166:名無しのJ民
それで沈黙を破るんやな
168:名無しのJ民
深いな
171:名無しのJ民
現代社会で同じような議論ってあるんか?
174:名無しのJ民
東日本大震災とかコロナ禍とか、大きな悲劇の後には常に表現のあり方が問われるやろ
175:名無しのJ民
「不謹慎」とか「自粛」とか、そういうのと近い?
176:名無しのJ民
そこまで単純じゃないけど、表現に対する倫理的な問いかけって点では共通してるな
178:名無しのJ民
なんか文学って役に立たねぇなと思ってたけど、こういう側面もあるんやな
180:名無しのJ民
人間の根源的な問いと向き合うのが文学やからな
183:名無しのJ民
ツェランの詩集、読んでみようかな
186:名無しのJ民
「死のフーガ」は重いけど、一度は読んでみる価値あるで
189:名無しのJ民
アドルノの『ミニマ・モラリア』も面白いからおすすめや
190:名無しのJ民
意識高いJ民が増えてきて草
192:名無しのJ民
こういうスレもたまにはええな
193:名無しのJ民
アウシュヴィッツ後も詩は書かれたし、哲学も続いた
194:名無しのJ民
人間って強くて弱いな
196:名無しのJ民
ツェランは最後の詩集のタイトルを「光の強制」ってしたんや。絶望の中でも光を求め続けたんやな
198:名無しのJ民
うおおおおお
201:名無しのJ民
感動したわ
202:名無しのJ民
でも結局ツェランは自殺したんやろ?光は見つけられなかったってこと?
206:名無しのJ民
いや、それはまた別の話や。彼の精神的な苦悩は詩とは別次元の個人的なものやった
210:名無しのJ民
詩は彼の「生」そのものやったんやろ
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