1:名無しのJ民
スレタイ通りなんやけど
当時の日本人って土着の神様とか自然信仰とかあったんちゃうの?
そこにいきなり仏像とか経典とか持ち込まれて、はいこれ崇拝します!ってなるもんなんか?
感覚的に理解できんわ
5:名無しのJ民
異文化に弱い日本人やからな
新しいもん好きなんよ
8:名無しのJ民
はいはい、神道と仏教でまたレスバ始まるで
結局は渡来人パワーよ
10:名無しのJ民
渡来人パワーとか雑すぎやろ
具体的に説明してくれや
13:名無しのJ民
そりゃあ当時の最先端文化が仏教だったからやろ
中国や朝鮮半島の文化とセットで入ってきたんやし
iPhoneとかPCみたいなもんや
17:名無しのJ民
iPhoneとかPCは実用性あるけど
仏像って当時の日本人からしたらただのデカイ人形やんけ
それをありがたがるってのが謎なんよ
21:名無しのJ民
当時って疫病とか天災すごかったんやろ?
そういう時に「これで疫病が鎮まる」って言われたら縋るんやろ
現代人が宗教に走るのと一緒や
24:名無しのJ民
それなら土着の神様でもええやん
なんでわざわざ舶来品なん?
27:名無しのJ民
権力闘争の道具やろ
蘇我氏が仏教を権威として利用しようとしたんや
保守派の物部氏とバチバチやったやろ
29:名無しのJ民
これマジレスすると、当時中国や朝鮮諸国との外交に利用できたからやで
仏教が世界標準の教養みたいなもんやったんや
仏教を受け入れることで「ウチは先進国っすよ!」アピールできた
31:名無しのJ民
外交道具ってのはわかる気がするわ
でもなんでそこまで深く浸透したんやろ
権力者が利用しただけなら、民衆はそこまで入れ込まなくない?
34:名無しのJ民
民衆は上に従うもんやからな
あと、仏教って死後の世界とか、来世の概念とか教えてくれるやん
当時の日本人には新鮮やったんちゃうか?
漠然とした死生観しかなかったわけやし
36:名無しのJ民
当時流行りの思想やったんやろ
今でいうSDGsとか多様性とか、そういうやつ
流行りモンに飛びつくのが日本人や
40:名無しのJ民
当時のSDGsは草
でもそういう側面はありそう
42:名無しのJ民
結局は蘇我氏が最強やったからやろ
物部氏が負けて仏教を崇める一択になったんや
勝てば官軍よ
43:名無しのJ民
仏教美術とか建築とか、当時の日本にはない技術がてんこ盛りだったからな
すごいものを見せつけられて、あ、これヤベエってなったんやろ
44:名無しのJ民
技術は魅力的やろけど、それが信仰に直結するもんかね?
「この仏像、すげー技術で作られてる!だからこの教えは真実!」ってなるか?
47:名無しのJ民
いやなるやろ
最先端技術で作られたものって、なんか超自然的な力があるんちゃうかって思わされるもんや
今でも新技術にオカルト的な力を見出す奴いるやん
50:名無しのJ民
聖徳太子がマジで有能だったからやろ
あの人、超人伝説多すぎやけど、実際はかなり現実的な政治家やん
51:名無しのJ民
太子は仏教の教えを政治に取り入れたかったんやろな
十七条憲法も仏教思想が根底にあるし
53:名無しのJ民
でも仏教伝来って言っても、最初はただの金ピカの像と経典だったんでしょ?
それを「ありがたいものだ」って理解するまで結構なタイムラグがあったんちゃうか?
55:名無しのJ民
むしろ最初は怪しい薬みたいに思われてたんちゃうか?
「これを拝むと災いが去る!しかし逆らうと呪われる!」みたいな
56:名無しのJ民
天皇家の権威を高めるためやろ
天皇は人間やけど、仏教の守護者となることで神聖視できる
万世一系のルーツを強固にするための一手や
59:名無しのJ民
なるほど、それも一理あるな
神道とは別ベクトルで神聖化するってことか
60:名無しのJ民
蘇我氏がガチでヤバい奴らだったからってのもあるやろ
力で押し通したんや
仏教を推して自分たちの権力を絶対的なものにしたかった
64:名無しのJ民
当時の天皇ってそこまで絶対的な権力持ってたわけちゃうやろ?
豪族の連合国家みたいなもんやし
だからこそ、新しい権威が必要だったんやないか
67:名無しのJ民
飛鳥時代は国際情勢も絡むで
朝鮮半島は仏教国家ばっかりで、中国も仏教を重んじてた
日本が国際社会の一員として認められるには仏教導入は必須やったんや
71:名無しのJ民
これが一番大きい理由やろな
周りがやってるからやる、日本人の常套手段や
75:名無しのJ民
当時の中国って儒教が主流じゃなかったの?
なんで仏教がそんなに権威あったん?
76:名無しのJ民
中国は南北朝時代とか隋・唐の時代で、仏教文化がすごく発展してた時期やで
儒教は為政者の倫理だけど、仏教は民衆の精神的な支柱にもなってた
79:名無しのJ民
日本の神様って、わりと現世利益的なもんばっかりやん?
仏教は倫理観とか死生観とか、もっと深いところを説くから、当時の知識人には響いたんちゃうかな
82:名無しのJ民
確かに、八百万の神は身近だけど、死んだらどうなる?みたいなのはぼんやりしてたかも
83:名無しのJ民
聖徳太子が仏教に傾倒した理由って、私利私欲じゃなくて本気で国の未来を考えてたからって説もあるよな
争いの多い世の中を仏教の教えで平和にしたい、みたいな
85:名無しのJ民
聖徳太子はぐう聖とか言われてるけど、結局は仏教というツールを使って中央集権化を進めただけって見方もあるやろ
89:名無しのJ民
仏教が当時の最先端科学でもあったんやで
暦とか医学とか建築とか、色々な知識が仏教と一緒に伝来したんや
だから知的エリート層が食いついたんやろ
92:名無しのJ民
マジ?仏教って科学も教えてたのか
93:名無しのJ民
せやで。僧侶が知識人だったからな
数学や天文学、医学なんかも仏典と一緒に学ばれたりしたんや
それまで日本の学問ってほぼ口伝だったから、文字文化とセットで導入された仏教は超ハイテクだったわけ
94:名無しのJ民
日本って仏教のおかげで文字が普及した側面もあるしな
経典読むために文字が必要になった
97:名無しのJ民
それはデカいな
文字がないと文明って発展せんからな
100:名無しのJ民
そもそも、神道と仏教ってバチバチに対立してたわけちゃうやろ
結局は神仏習合してごちゃ混ぜになったんやし
101:名無しのJ民
最初の頃はガチ対立してたやん
物部氏と蘇我氏の戦いがそれやろ
仏像燃やしたりとかしてたし
102:名無しのJ民
物部氏が負けて「ああ、やっぱり仏教には力があったんだ!」ってなったんやろ
敗者が勝者の文化を受け入れるのはよくあること
105:名無しのJ民
現代でも宗教戦争みたいなもんやな
負けた方が勝った方の神様を信じるみたいな
106:名無しのJ民
渡来人が持ってきた進んだ文化とセットやったから
当時の日本人には眩しかったんやろ
107:名無しのJ民
寺が建てられるたびに、大工さんとか職人さんとかいっぱい来るわけやん
技術交流も盛んになったやろし、それはそれで経済効果もあったんちゃう?
110:名無しのJ民
日本人は元々、外来の文化を積極的に取り入れて自分たちのものにするのが得意やからな
仏教もその一つやろ
114:名無しのJ民
聖徳太子って当時から「仏教すごい!」って信じてたわけ?
それとも政治利用のつもりで取り入れたん?
117:名無しのJ民
おそらく両方やろ
真剣に仏教に魅せられた部分はあっただろうけど、それを政治に活かそうとしたのも事実やろな
賢い人間なんてそんなもんや
118:名無しのJ民
飛鳥時代の仏教って、現代の仏教とは全然違うって聞くで
どっちかというと呪術的な側面が強かったんやろ?
現世利益を求める民間信仰みたいなもん
119:名無しのJ民
そうそう
病気治したり、雨乞いしたり、国家の安泰を祈ったり
そういう方面で需要があったんや
123:名無しのJ民
日本が世界から見た辺境の島国だったからこそ、新しい文化に飢えてたんやろ
仏教は当時の情報源であり、外交パスポートであり、最新テクノロジーやったんや
125:名無しのJ民
辺境の島国とか言われるとちょっと悲しいけど
事実やから反論できんな
128:名無しのJ民
今の感覚だと分かりにくいけど、当時の仏教は単なる宗教じゃなくて、政治、経済、文化、学問、技術、医療、すべてを包含するような一大ムーブメントだったんやで
129:名無しのJ民
なるほどね、全部セットだったから受け入れられたと
133:名無しのJ民
当時の神道って、体系化されてないバラバラの土着信仰だったから、仏教みたいに立派な教義や施設がないと、権威では勝てなかったんちゃう?
137:名無しのJ民
神道の体系化って後世のことやしな
記紀編纂とかも仏教伝来後やし
140:名無しのJ民
聖徳太子が遣隋使送ったのも、隋の国力が仏教由来の文明レベルの高さにあると感じたからちゃうか
日本もああなりたいって
143:名無しのJ民
まあ、そうやろな
当時の隋は最強国家やったし
144:名無しのJ民
結局、飛鳥時代の支配層が自分たちの権力を強化するためのツールとして仏教を選んだってのが一番大きいと思うわ
民衆はその後からついてきただけ
145:名無しのJ民
歴史ってだいたいそうよな
上層部の都合で動く
147:名無しのJ民
でもそれだけじゃ、あんなに全国に寺が建つわけないやろ
民衆にも響く何かがあったはずや
150:名無しのJ民
民衆向けにアレンジされたんやろ
例えば、厄除けとか病気平癒とか
わかりやすい現世利益を全面に出したんちゃうか
153:名無しのJ民
蘇我氏が仏教を推し進めたのは、天皇とは別の権威を持つことで、自分たちの立場を確立したかったからってのもあるよな
157:名無しのJ民
天皇を凌ぐ勢力になろうとしてたってこと?
161:名無しのJ民
まあ、結果的にそうなった節もあるやろ
仏教を通して権力を握ろうとしたが、最終的には天皇家に排除されたんやけどな
162:名無しのJ民
推古天皇や聖徳太子といったトップが熱心だったってのも大きいやろ
トップが推すと、周りも従わざるを得ん
163:名無しのJ民
そらそうよ
現代だって社長がハマった趣味を社員もやらされるみたいなもんや
166:名無しのJ民
聖徳太子が冠位十二階を定めたのも、血縁じゃなくて能力で人材登用するって考えでしょ
それも仏教的な平等を意識してたのかもしれんね
167:名無しのJ民
へー、そういう見方もできるんか
太子ってやっぱりすごいな
171:名無しのJ民
てか、仏教を受け入れたおかげで日本独自の文化が花開いた部分もあるからな
寺院建築とか仏像とか、見事なもんやで
172:名無しのJ民
それは間違いない
法隆寺とか飛鳥寺とか、今でも国宝級の文化財やし
176:名無しのJ民
もし仏教が入ってこなかったら、日本はどうなってたやろな
ずっと土着信仰のまま?
179:名無しのJ民
中国や朝鮮半島の文化圏から孤立して、発展が遅れてたかもしれん
あるいは別の宗教が入ってきてたか
180:名無しのJ民
仏教伝来って、単なる宗教伝来じゃなくて、文明伝来なんよな
文字、建築、美術、医学、政治思想、全部乗せや
182:名無しのJ民
まさに文明開化やな
しかもそれがたった数十年でドカッと入ってきたんやから、そりゃあ価値観変わるわ
183:名無しのJ民
日本人の感覚的に、複数の神仏を同時に信仰するのに抵抗がないってのもあるやろ
土着の神様も大事にするけど、新しい仏様も拝むみたいな
185:名無しのJ民
神仏習合ってやつやな
あれ日本独特らしいで
187:名無しのJ民
八百万の神々がいるから、もう一つ仏様が増えても別にええかって感覚なんちゃうか
188:名無しのJ民
仏教って結構、寛容な部分もあるからな
土着の神様を仏の仮の姿とする「本地垂迹説」とか、後世に生まれたけど、最初からそういう受け入れやすい素地があったんやろ
192:名無しのJ民
結局、神様も仏様も偉いんだ!っていう精神性に落ち着いたんやな
争いより調和を選んだ日本人らしいとも言える
195:名無しのJ民
聖徳太子は法華経の思想に惹かれてたんやろ?
法華経ってわりと救済の思想が強いから、当時の世の乱れを憂いてたんかもな
199:名無しのJ民
そういう高尚な理由だけなら、権力闘争に勝てたか分からんけどな
現実的な側面も大きかったはず
201:名無しのJ民
蘇我氏の横暴と、それを制御しようとする天皇家の思惑、そして海外からの新しい文化と知識。
全部がうまく噛み合って、仏教が根付いたってことやろな
203:名無しのJ民
なんか壮大なドラマやな
204:名無しのJ民
今の日本人も、結局は海外の流行りモンに飛びついてるだけやろ?
昔から変わらんな
207:名無しのJ民
それ言うたら歴史は繰り返されるってことやな
208:名無しのJ民
仏教伝来のおかげで、日本文化は世界に誇れるものになったのは間違いない
法隆寺とか興福寺とか、マジで素晴らしいからな
209:名無しのJ民
ぶっちゃけ、当時の人らは詳しい教義とかあんま理解してなかったんちゃう?
ご利益あるならええやろ!くらいのノリで
210:名無しのJ民
そりゃそうやろ
今だって仏教徒と自称してる人らでも、お経の意味まで理解してる人なんてほぼいないし
211:名無しのJ民
でも、それくらいの軽いノリがあったからこそ、抵抗なく広がったって側面もあるんやろな
ガチガチの教義を押し付けられてたら反発も大きかったはず
読み込み中...