1:名無しのJ民
ワイが今から歩いて伊勢まで行くって言われたら死ぬ自信あるわ
5:名無しのJ民
信仰心が違うんやろな
今の旅行はインスタ映えが目的
8:名無しのJ民
マジレスすると、現代の旅行は観光地巡りがメインだけど、お伊勢参りは「生きているうちに一度は」みたいなガチ信仰がベースやからな
11:名無しのJ民
道中が地獄だったって聞くけど、実際どうなん?
15:名無しのJ民
地獄どころかエンタメやぞ
道中こそが旅の醍醐味みたいな
18:名無しのJ民
せやな、宿場町に娯楽施設もぎょうさんあったし、食い物も結構豪華やったらしいで
22:名無しのJ民
旅費どうしてたんだよ。今の感覚で東京から伊勢まで歩くなんて金かかりまくりやろ
25:名無しのJ民
講って仕組みがあったんやで。村とか町内の人たちで金出し合って、順番に行かせてもらうシステム
29:名無しのJ民
はえ~賢いな
32:名無しのJ民
でも抜け参りとかいう、親に内緒で家出同然で行くやつもいたんだろ?クッソワロタ
36:名無しのJ民
江戸のJKが彼氏と駆け落ちして伊勢まで歩くみたいなもんか?
38:名無しのJ民
いやJKは無理やろ
せいぜい若い衆が仕事サボって行く感じやろ
39:名無しのJ民
当時の移動手段って基本徒歩?籠とか馬とかもあったん?
41:名無しのJ民
金持ちは駕籠とか乗れたけど、基本は徒歩やな。
43:名無しのJ民
移動速度ってどれくらいなんや?一日何キロくらい歩くねん
44:名無しのJ民
一日30kmくらいが目安やろ。健脚ならもっといけるけど
47:名無しのJ民
30kmとかマラソンやんけ
51:名無しのJ民
それを何日も続けてとか正気か?
55:名無しのJ民
正気やぞ、それが当時のスタンダードや
56:名無しのJ民
今の足で30km歩いたら翌日立てんわ
58:名無しのJ民
しかもその道中、盗賊とかに襲われるリスクもあったんやろ?
61:名無しのJ民
盗賊はそこまで頻繁じゃないけど、野宿は危険やったらしいな
65:名無しのJ民
まあでも治安は江戸時代の方が良かったって言う人もいるしな
66:名無しのJ民
それは違う、江戸時代は地域によって治安の差がデカかった
67:名無しのJ民
道中、宿場町で食う飯とか美味かったんかな
68:名無しのJ民
結構贅沢したらしいで。ハレの日の食事やからな
72:名無しのJ民
伊勢うどんとか当時からあったん?
73:名無しのJ民
伊勢うどんは江戸時代には原型があったらしいな。旅人がすぐ食べられるように、とか
74:名無しのJ民
へえ、知らんかったわ
78:名無しのJ民
江戸時代にもガイドブックみたいなもんあったんやろ?「東海道中膝栗毛」みたいな
82:名無しのJ民
あれはフィクションやけど、実用的な旅の案内書はあったで
85:名無しのJ民
あの時代に旅に出るって、今の海外旅行レベルのビッグイベントやったんやろな
87:名無しのJ民
それ以上に人生の一大イベントやろ。死ぬかもしれないし
90:名無しのJ民
でもみんな楽しそうにしてたんでしょ?
94:名無しのJ民
そりゃあな、非日常の連続やから。見聞を広める意味もあったし
97:名無しのJ民
ワイも江戸時代に生まれてたら伊勢参り行ったかなあ
101:名無しのJ民
絶対行かへんやろ、お前は家でゴロゴロしてるタイプや
102:名無しのJ民
図星やめろ
105:名無しのJ民
当時の平均寿命考えたら、ほとんどの人が一度行ったら二度と行けない一期一会の旅やで
107:名無しのJ民
だからこそ、みんな必死で行ったんやな
108:名無しのJ民
女の人の一人旅とかはあったん?
112:名無しのJ民
抜け参りの若い娘とかはいたらしいけど、基本は男が多いか、夫婦、家族やな
115:名無しのJ民
講で金貯めていくにしても、庶民はどれくらいで金貯まるんや?
116:名無しのJ民
数年単位やろ。積み立てみたいなもんやからな
118:名無しのJ民
江戸時代の貨幣価値で考えると、今のいくらくらいかかるんやろ
119:名無しのJ民
ピンキリだけど、当時の米一石が現代の10万円くらいとして、旅費は今の数十万円~数百万円ってとこちゃう?
122:名無しのJ民
数十万!?庶民には無理やろ…
126:名無しのJ民
だから講で積み立てたり、村の代表として行かせてもらったりするんやで
128:名無しのJ民
なるほど、村の代表は全額タダで旅行行けるってことか
132:名無しのJ民
いや、タダじゃないけど、村の経費で賄われる部分が大きい。その代わり、旅先で土産買ったり、見聞を村に報告する義務があったりする
135:名無しのJ民
いわゆる「代参」ってやつか
137:名無しのJ民
そういうの聞くと、なんか現代の団体旅行の原型みたいやな
140:名無しのJ民
まさにそうや。集団で移動して、宿泊も食事も手配されてる
142:名無しのJ民
でも移動手段は徒歩w
144:名無しのJ民
ワイが伊勢参り行くとしたら、まず靴を新調するわ
145:名無しのJ民
足袋と草履で何百キロも歩くとか狂ってる
148:名無しのJ民
現代の登山靴とか履かせたろか
151:名無しのJ民
多分当時の人からしたら、現代の電車移動とか宇宙人の技術やろな
155:名無しのJ民
電車なんてワープやんけ
158:名無しのJ民
新幹線とか見たらどうなるんやろ
159:名無しのJ民
「これは神の力か…!?」ってなるやろな
162:名無しのJ民
現代の伊勢神宮って、当時の雰囲気残ってるんかな?
166:名無しのJ民
建物は定期的に建て替えられてるから、全く同じではないけど、神域の雰囲気は変わらないんじゃないかな
168:名無しのJ民
遷宮ってやつか。20年に一度やったっけ
172:名無しのJ民
せやな。だから建物そのものは当時のものではないんや
176:名無しのJ民
でもその伝統を何百年も続けてるってのがすごいわ
177:名無しのJ民
当時の伊勢参りの目的って、本当に純粋な信仰心だけだったんか?
181:名無しのJ民
それもあるけど、半分は娯楽やろな。一種のレジャー
185:名無しのJ民
非日常を味わうって意味では、今の旅行と同じやな
187:名無しのJ民
あと、情報交換の場でもあったらしいで。いろんな地域から人が集まるから、新しい情報が手に入る
191:名無しのJ民
なるほど、ネットがない時代の情報網か
195:名無しのJ民
経済効果もすごかったんやろな。宿場町とか潤うし
197:名無しのJ民
そらそうよ。伊勢参りバブルや
200:名無しのJ民
現代のテーマパークみたいなもんか
203:名無しのJ民
交通インフラが発達してない時代に、あれだけの人が動くってすごいわ
207:名無しのJ民
でも、途中でお金なくなったり、病気になったりして帰れなくなる人もいたんやろ?
209:名無しのJ民
それはあったやろな。野垂れ死にとかも
212:名無しのJ民
そういう場合、どうするんや?
216:名無しのJ民
基本は自己責任やな。でも、お伊勢さんだから、困ってる人を助ける風習もあったらしい
219:名無しのJ民
人情やね
223:名無しのJ民
現代人にはあの信仰心は理解できんわ
225:名無しのJ民
信仰心だけじゃなくて、生きていく上での楽しみが少なかったから、数少ない娯楽だったってのもあるやろ
229:名無しのJ民
娯楽っていうか、人生の目標みたいなもんやろな
230:名無しのJ民
死ぬ前に一度は行きたいってやつか
231:名無しのJ民
江戸時代って娯楽ないからな、基本的に
234:名無しのJ民
いや、歌舞伎とか吉原とかあったやろ!
237:名無しのJ民
それは都会の一部やろがい!農民は働いて寝るだけや!
238:名無しのJ民
ワイは江戸時代に生まれても、伊勢参りより吉原に行くわ
242:名無しのJ民
屑で草
244:名無しのJ民
当時の吉原の料金考えると、伊勢参りより金かかりそう
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