1:名無しのJ民
あれってガチの信仰心なん?それとも単なる旅行みたいなもん?
4:名無しのJ民
いや、あれは信仰と娯楽がごっちゃになった、江戸時代の一大イベントやろ
7:名無しのJ民
現代で言うところのコミケと聖地巡礼が合体したようなもんか?
8:名無しのJ民
草
それは草生える
12:名無しのJ民
ワイのじいちゃん、伊勢参りの話好きやったわ。一生に一度の大冒険みたいなもんって言ってた
15:名無しのJ民
庶民が一生に一度の贅沢する機会だったんやろ?
18:名無しのJ民
でもさ、貧乏な農民とかどうやって伊勢まで行ってたわけ?金かかるやろ
19:名無しのJ民
そこがポイントやで。村とか組で金を出し合って、代表者を行かせたり、若者が集団で抜け駆けで行ったりしてたらしい
23:名無しのJ民
抜け駆けって何や?
25:名無しのJ民
親とか主人に黙って、集団で家出して伊勢に行っちゃうやつ。咎められなかったんやで、神仏の思し召しやからって
28:名無しのJ民
ええ…そんなんアリなんか
29:名無しのJ民
江戸時代って結構フリーダムだったんやな
31:名無しのJ民
今の感覚だと無断欠勤で伊勢旅行みたいなもんか
32:名無しのJ民
それや!現代のワイらがそれやったらクビやろ
36:名無しのJ民
しかも何十万、何百万人が一斉に動き出すんやから、そら社会現象にもなるわな
37:名無しのJ民
数年に一度、しかも天災とか飢饉の後によく起きるんやろ?
39:名無しのJ民
そうそう。社会不安が高まると、人々が救いを求めて伊勢を目指したんや。一種の集団ヒステリーみたいな側面もあったって言われてる
40:名無しのJ民
でもそれだけじゃ説明つかなくない?ただの信仰だけなら、もっと地元の寺社巡りとかでええやん
41:名無しのJ民
経済効果もデカかったらしいで。道中の宿屋、飯屋、土産物屋が大儲け。参宮道が一大商業ルートになった
44:名無しのJ民
なるほど、旅行産業の走りのようなものか
46:名無しのJ民
現代のGWとかお盆の移動ラッシュと渋滞を想像すると分かりやすいかもしれん
47:名無しのJ民
むしろ現代の伊勢神宮参拝者数より多かったんちゃうか?
48:名無しのJ民
1830年の「おかげ年」には半年で500万人近くが伊勢に押し寄せたらしいで。当時の人口からするとエグい数字や
50:名無しのJ民
当時の人口何人だよ…
54:名無しのJ民
江戸時代の人口が3000万人くらいだから、全人口の1/6が半年で伊勢に集まった計算になる。異常やろ
58:名無しのJ民
エグすぎやろ…
61:名無しのJ民
そら幕府も困惑するわな。治安悪化とか食料問題とか
65:名無しのJ民
でも禁止にはしなかったんやろ?
69:名無しのJ民
禁止しても無理やろ。神の思し召しって言われたら止められへんし、民衆のガス抜きにもなってたから、黙認してた部分が大きい
70:名無しのJ民
ええじゃないか騒動とリンクしてるって聞いたことあるけど、どうなん?
71:名無しのJ民
あれはまた別物やな。「ええじゃないか」は幕末の世情不安の中で起きた民衆運動で、お蔭参りとは時期も性格も違う。ただ、どちらも民衆のエネルギーが爆発したって点では共通してるかも
73:名無しのJ民
なるほど、別のムーブメントだったんか
75:名無しのJ民
お蔭参りって、お伊勢さん行く途中で宿代とか飯代が無くなると、周りの人が助けてくれるって風習があったらしいで。お蔭様やからって
79:名無しのJ民
マジ?今の日本じゃ考えられへんやん
83:名無しのJ民
道中助けてもらえるって安心感があったから、貧乏人でも行けたんやろな
84:名無しのJ民
そこは信仰心と共同体の精神がまだ強かった時代ってことか
85:名無しのJ民
現代で道端で金ないからって助け求めるやついたら、まず詐欺やと思われるしな
87:名無しのJ民
悲しいけどそれが現実や
91:名無しのJ民
なんかちょっとロマン感じるわ。知らない土地を旅して、見知らぬ人に助けられながら夢を叶える的な
93:名無しのJ民
途中で病気になったり、盗賊に襲われたりってのもザラにあったらしいけどな
95:名無しのJ民
そりゃそうやろ。旅は命がけや
99:名無しのJ民
それでも行きたかったんやな。よっぽど抑圧された生活やったんやろな
102:名無しのJ民
そうやね。日々の重労働とか、身分制度とか、厳しい社会の中で、唯一の息抜きだったんやろう
105:名無しのJ民
女性も子供も結構参加してたって聞くけど、それも本当なん?
107:名無しのJ民
もちろん。特に「おかげ年」なんかは、子供連れの家族や、女だけのグループも多かったらしいで。普段は外出もままならない女性にとっては、貴重な自由の時間だった
109:名無しのJ民
江戸のJKが伊勢旅行とか、なんかかわいいな
112:名無しのJ民
道中で食べ歩きとかしてたのかな
116:名無しのJ民
当時は旅の途中で遊郭に寄ったりするのも普通にあったみたいやで
118:名無しのJ民
草。信仰心とは一体…
120:名無しのJ民
信仰のついでにエンジョイするってのがミソやろ
124:名無しのJ民
神様もたまには息抜きしろって言ってそう
128:名無しのJ民
ワイも仕事休んでお伊勢さん行きたいわ
130:名無しのJ民
現代だと有給使って海外旅行みたいなもんかな
133:名無しのJ民
そう考えるとめっちゃ理解できるわ。日常からの逃避とリフレッシュや
135:名無しのJ民
ただの旅行とちゃうねん。神様への感謝を伝えるって大義名分があるから、普段は許されないこと(長期間の家を空けるとか)も許されたんや
138:名無しのJ民
なるほど、大義名分は大事やな
141:名無しのJ民
現代の「聖地巡礼」も、半分はアニメへの愛、半分は観光やろ?それに近いものがある
142:名無しのJ民
確かに。推し活と旅行の融合やな
146:名無しのJ民
昔も今も人間が求めるものはあんま変わらんな
148:名無しのJ民
しかし伊勢神宮ってそんなに特別な場所なんか?
149:名無しのJ民
皇室の祖先神である天照大御神を祀る最高峰の神社やからな。他の神社とは格が違う
151:名無しのJ民
江戸時代は特に、伊勢神宮=最高のパワースポットって認識が強かったんやろな
152:名無しのJ民
でもなんか、お蔭参りって聞くと、集団で踊り狂ってるイメージがあるんやけど、それは「ええじゃないか」と混同してる?
155:名無しのJ民
それも混同してる部分やな。「ええじゃないか」は確かに踊り狂うのが特徴やった。お蔭参りは、もう少し静かな信仰の旅って側面が強い
159:名無しのJ民
でも、道中で酒飲んで騒いだり、歌ったり踊ったりはしてたやろな
161:名無しのJ民
そりゃそうやろ。長旅の道中、ずっと真面目な顔してるわけないわ
165:名無しのJ民
お蔭参りの旅から戻ってきたら、その人は村の英雄扱いされたんやろ?
168:名無しのJ民
せやで。神様の御利益を持ち帰ったとして、尊敬されたらしい
169:名無しのJ民
一種の通過儀礼みたいなもんやったんやな
170:名無しのJ民
つまり、お蔭参りってのは、
1. 信仰心(神仏への感謝と救いを求める心)
2. 娯楽(一生に一度の大旅行)
3. 社会現象(集団ヒステリー的な側面、経済効果)
4. ガス抜き(日々の不満からの解放)
全部ひっくるめた、江戸時代の特大イベントってことか
171:名無しのJ民
的確なまとめやな
174:名無しのJ民
現代でもたまに集団でどっか行くイベントあるけど、あれの究極系やな
176:名無しのJ民
例えば、毎年富士山に登る人がおるけど、信仰心と達成感とレジャーが混ざってるやろ?あれを全国規模でやった感じ
178:名無しのJ民
富士山と比較すると分かりやすいな
180:名無しのJ民
しかし江戸時代って現代人が想像するより、遥かにダイナミックな社会だったんやな
181:名無しのJ民
閉鎖的と思いきや、こういう大規模な人の移動があったり、意外とグローバルな視点もあったりするから面白い
183:名無しのJ民
マジで歴史って面白いわ
184:名無しのJ民
教科書だけじゃわからんことだらけや
185:名無しのJ民
お蔭参りの研究書とか読んでみたくなったわ
189:名無しのJ民
漫画「へうげもの」にもちょっと触れられてた気がするわ
192:名無しのJ民
へうげもの面白いよな
195:名無しのJ民
結局、人はいつの時代も、日常から離れて特別な体験をしたいんやな
198:名無しのJ民
それと、どうしようもない不安な状況の時、人は集団で何かを求めるってことやね
200:名無しのJ民
現代のSNSのバズりとかと似てる部分もあるかも
202:名無しのJ民
確かに、何かをきっかけに一気に盛り上がって、みんながそれに乗っかるみたいな
206:名無しのJ民
お蔭参り、ええじゃないか、そしてSNSの炎上も、ある意味で人の集団心理の表れなんやろな
208:名無しのJ民
なんか深い話になったな
211:名無しのJ民
歴史から学ぶことは多いってことやね
214:名無しのJ民
お伊勢さん行きたくなってきたわ
215:名無しのJ民
ワイも!昔の人はこんな気持ちで伊勢を目指したんやなって思いながら行きたい
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