1:名無しのJ民
あれって今で言うシェルターとか弁護士とか役所のワンストップサービスみたいなもんやろ?
2:名無しのJ民
そうそう。三下り半じゃ離縁できない女が逃げ込むとこ。
5:名無しのJ民
ワイも詳しくないけど、男が迎えに来ても寺が拒否したら終わりって聞いたで。
9:名無しのJ民
現代にもあれ欲しいわ。DVとかパワハラから逃げる場所。
11:名無しのJ民
ガチで男社会の中で女を守る最後の砦だったんだよな
14:名無しのJ民
女は離婚できんからな、昔は。
17:名無しのJ民
しかも一度入ったら3年とか強制的に匿われるんやっけ?
19:名無しのJ民
3年じゃなくて2年やね。東慶寺と満徳寺が有名やったな。
23:名無しのJ民
へー、2年か。その間は修行とかさせられんの?
27:名無しのJ民
まあ、衣食住は保証されるからな。寺社奉行がバックにおるし。
28:名無しのJ民
実家が受け入れない場合とか、他に頼る場所がない女にとっては救世主だったろうな。
32:名無しのJ民
当時は女が働き口なんてろくにないし、家から追い出されたら野垂れ死にやからな。
33:名無しのJ民
でもさ、男側からしたらたまったもんじゃないよな。嫁が勝手に逃げ出して、もう戻ってこないとか。
34:名無しのJ民
そらそうよ。だから「駆け込み寺」って名前なんやろ。
37:名無しのJ民
そこまでして別れたい妻と、別れたくない夫の攻防があったんやろな。
38:名無しのJ民
夫が寺の門前で座り込みとかあったんかな。
41:名無しのJ民
あったで。寺側は門を閉じて一切応じない。
44:名無しのJ民
クソワロタ。平安時代の怨霊合戦みたいやな。
47:名無しのJ民
夫側も訴えたい場合は、寺社奉行に訴えるしかなかったけど、よほどの理由がないとひっくり返せない。
49:名無しのJ民
へー、寺社奉行がそんな権力持ってたんか。
52:名無しのJ民
幕府公認のシステムだからね。ある種の司法機関みたいなもん。
54:名無しのJ民
でもさ、女側も駆け込んだら「はい離婚成立」じゃなくて、2年間は寺で過ごすんやろ?
56:名無しのJ民
そう。その間に夫側と交渉したり、自分の身の振り方を考えたりする期間。
58:名無しのJ民
ワイがもし江戸時代の女だったら、絶対駆け込んでたわ。
59:名無しのJ民
現代でも駆け込み寺があったら、ワイも仕事辞めて入るわ。
60:名無しのJ民
お前は男やろがい!
62:名無しのJ民
いや、現代版駆け込み寺って意味で。社畜から逃れる場所。
63:名無しのJ民
草。それええな。
64:名無しのJ民
ブラック企業から逃れる寺。
65:名無しのJ民
住職「お前はまず心を清めなさい」
67:名無しのJ民
寺でプログラミングとかさせられそう
70:名無しのJ民
寺で修行してスキルアップして転職する制度とか。
74:名無しのJ民
それもう職業訓練校やんけ!
76:名無しのJ民
まあでもそれくらい画期的なシステムだったってことやな。
80:名無しのJ民
ただ、駆け込み寺に入れるのは、特定の条件を満たした女だけやったらしいで。
82:名無しのJ民
え、そうなの?誰でもOKじゃなかったんか。
83:名無しのJ民
基本的に武家の女性とか、身分がある程度しっかりしてる人が対象だったって話もある。
85:名無しのJ民
庶民の女も駆け込めたけど、身元がしっかりしてないと寺側も受け入れを渋ったとか。
88:名無しのJ民
うわー、結局は身分制度かよ。
89:名無しのJ民
まあ、そうなんよな。全ての人を救えるわけじゃない。
92:名無しのJ民
でも、それでも救われた人は多かったやろ。
95:名無しのJ民
そうやね。女が自力で離婚できなかった時代に、国の後ろ盾で離婚を可能にしたのは画期的。
97:名無しのJ民
現代のシェルターもそうだけど、受け入れ体制とか予算の問題もあるからな。
100:名無しのJ民
江戸時代にそこまで整備されてたってのが凄い。
103:名無しのJ民
やっぱ昔の人って賢いよな。
105:名無しのJ民
賢いっていうか、それだけ社会問題として深刻だったってことやろ。
109:名無しのJ民
夫からの暴力とか、借金とか、跡継ぎ問題とか、色々あったんやろな。
113:名無しのJ民
「亭主元気で留守がいい」レベルじゃなくて、命の危険もあったやろうしな。
116:名無しのJ民
そう考えると、寺はマジで命の恩人やな。
117:名無しのJ民
東慶寺って今でも鎌倉にあるよな。
118:名無しのJ民
そうそう、花の寺として有名。
120:名無しのJ民
へー、そこが昔の駆け込み寺だったんか。歴史感じるわ。
124:名無しのJ民
お寺巡りとかしたら、そういう背景を知るとまた面白いんやろな。
125:名無しのJ民
あと、駆け込み寺って、必ずしも離婚前提じゃなかったらしいで。
127:名無しのJ民
え、そうなの?
128:名無しのJ民
夫婦仲がこじれて一時的に避難する場所としても機能してたとか。
130:名無しのJ民
ある種の夫婦カウンセリング的な?
132:名無しのJ民
寺が仲介して、夫婦が和解して家に戻るケースもあったらしい。
133:名無しのJ民
へー、ただの離婚工場じゃなかったんやな。
136:名無しのJ民
そう。だから「縁切り寺」って呼ばれてたけど、実際は「縁切り」も「縁結び」もやってたってこと。
139:名無しのJ民
なるほど、深いな。
141:名無しのJ民
現代の弁護士が調停とかもやるようなもんか。
144:名無しのJ民
その寺、偉大すぎやろ。
147:名無しのJ民
でも、駆け込み寺に逃げ込むまでには、相当な覚悟と準備が必要だったと思う。
149:名無しのJ民
家を飛び出すって、当時の女性にとって死ぬほど大変な決断やろ。
150:名無しのJ民
確かに。親兄弟にも相談できんかったりとか。
153:名無しのJ民
夫に見つかったら連れ戻されるし。
156:名無しのJ民
夜逃げ同然やったんやろな。
158:名無しのJ民
想像しただけで胃が痛くなるわ。
159:名無しのJ民
そして無事寺にたどり着いたとしても、今度は寺での生活。
161:名無しのJ民
厳しい修行とか、寺の規則とかあったんやろな。
163:名無しのJ民
でも、少なくとも命の危険はなくなって、食うに困ることもない。
165:名無しのJ民
現代のシェルターも大変やけど、それよりはマシだったかもな。
169:名無しのJ民
当時、女性の地位が低かったからこそ、逆にこういうシステムが生まれたんやろうな。
170:名無しのJ民
そう考えると、現代の日本はまだまだやな。
172:名無しのJ民
まだDVとかモラハラとかで苦しんでる人多いしな。
175:名無しのJ民
駆け込み寺の制度って、明治維新で廃止されたんだっけ?
179:名無しのJ民
そうやね。明治政府になって、夫婦関係の法律が変わったから。
182:名無しのJ民
妻から離婚訴訟を起こせるようになったし、戸籍制度も変わったから必要なくなったんやろ。
185:名無しのJ民
時代が変わって、その役割を終えたんやね。
188:名無しのJ民
でも、その精神だけは受け継がれてほしいな。
192:名無しのJ民
困ってる人を助けるって意味では、現代にも通じる話やな。
193:名無しのJ民
それにしても2年って絶妙な期間だよな。
197:名無しのJ民
あんまり短すぎると勢いだけで離婚しちゃうし、長すぎると社会復帰が難しくなる。
198:名無しのJ民
その辺もよく考えられてたんだろうな。
200:名無しのJ民
当時の人たちの知恵と工夫の結晶やな。
201:名無しのJ民
なんか、ちょっと感動したわ。
202:名無しのJ民
江戸時代って意外と進んでる部分あるよな。
204:名無しのJ民
庶民の教育水準とかも高かったらしいし。
207:名無しのJ民
世界史的に見ても、かなり先進的な制度だったんじゃないかな。
読み込み中...