1:名無しのJ民
無理ンゴ
2:名無しのJ民
こんなん3行でまとめられるわけないやろガイジか?
3:名無しのJ民
>>2
なんでや!ひろゆきならできるやろ!
6:名無しのJ民
まずカール大帝が偉大すぎた。終わり。
9:名無しのJ民
>>4
全然3行じゃないし説明にもなってないやろ
11:名無しのJ民
カール大帝が死んで息子がアホで、その息子らが喧嘩したから。
13:名無しのJ民
>>6
うん、もうこれでええわ。
15:名無しのJ民
>>6
ええやん、これで。
16:名無しのJ民
これもうわかんねぇな
17:名無しのJ民
実際、カール大帝がデカすぎたからな。フランク王国って範囲が広すぎたんや
19:名無しのJ民
ドイツ、フランス、イタリアの原型になったって覚えとけばええやろ
23:名無しのJ民
>>11
それが一番分かりやすいな
24:名無しのJ民
ヴェルダン条約
メルセン条約
リブモン条約
26:名無しのJ民
>>13
これもうわかんねぇな
28:名無しのJ民
>>13
これこれ、こういうのが欲しかった。で、結局何がどうなったんや
29:名無しのJ民
>>13
はい4行
31:名無しのJ民
>>13
条約名だけ言われても意味わからんやろ
34:名無しのJ民
カール大帝が死ぬ
↓
後継者の敬虔王がアホ
↓
その息子3人が揉める
↓
結果、西フランク、東フランク、中部フランクに分かれる
35:名無しのJ民
>>18
うーん、これはわかりやすい。サンガツ。
38:名無しのJ民
>>18
敬虔王って名前なのにアホってところがもうなんJ民好きそう
40:名無しのJ民
敬虔王がアホなのは、息子たちを平等に愛しすぎたせいちゃうんか
41:名無しのJ民
>>21
それも才能やろ
42:名無しのJ民
>>21
有能な親の子供が無能って歴史上よくあることやね
43:名無しのJ民
結局、いまのフランスとドイツとイタリアの原型になったってことやろ?
45:名無しのJ民
>>24
ざっくり言えばそう。でも中部フランクがすぐ消滅するからややこしい。
46:名無しのJ民
中部フランクとかいう空気
49:名無しのJ民
中部フランクは、後のイタリアになる部分と、ドイツとフランスの間のややこしい地域になるからね
50:名無しのJ民
ロタールが真ん中の領土もらって、西にカール、東にルートヴィヒだったかな?
51:名無しのJ民
>>28
せやな。ロタールが長男で帝位継承したけど、一番揉めやすい地域もらって損したまである
53:名無しのJ民
>>29
真ん中が一番価値あるとこだったんちゃうんか?首都とか
55:名無しのJ民
>>30
当時は物流とかもあって、真ん中が栄えてたのは確かやで
57:名無しのJ民
>>30
ローマに近いし、帝位って意味では一番重要やろ。でも維持が難しすぎた。
59:名無しのJ民
中部フランクが短命だったのは、領土が細長すぎて守りにくかったからって説もあるな
60:名無しのJ民
国境線が川とか山じゃなくて、線引いただけやからそりゃ揉めるわな
63:名無しのJ民
>>34
なんでそんなアホなことするんや?
65:名無しのJ民
>>35
当時の感覚で言えば、ローマ帝国の再興を目指して「帝位」を継ぐロタールが支配する地域を「本流」としたかったんやろ。
67:名無しのJ民
>>35
当時は「国境」という概念が現代とは全然違うんや。土地を分割するってより、家族で領地を分け与える感覚に近い
69:名無しのJ民
なるほどねー
72:名無しのJ民
結局、神聖ローマ帝国の始まりは東フランクなんやっけ?
75:名無しのJ民
>>39
せや。オットー1世が帝位受けて神聖ローマ帝国になった。
77:名無しのJ民
>>40
はい、ますます複雑になりましたね
81:名無しのJ民
>>40
え、フランク王国と神聖ローマ帝国って別物やったんか?
85:名無しのJ民
>>42
そこがまたややこしいんや。
ざっくり言えば、東フランク王国が神聖ローマ帝国の「母体」になったって感じ。
西フランクはフランス王国の原型に。
86:名無しのJ民
つまり、ロタールがアホやったってこと?
89:名無しのJ民
>>44
アホというか、地政学的に無理ゲーだったんやろ。
93:名無しのJ民
3行で終わる話じゃないのは分かった
97:名無しのJ民
結局、歴史は人が集まって揉めるってだけの話やな
100:名無しのJ民
>>47
身も蓋もないけど真理やね
102:名無しのJ民
ロタールが中部フランクを継いで、ルートヴィヒが東フランク、カールが西フランクやな。
103:名無しのJ民
>>49
これ覚えとくと、後のドイツ、フランス、イタリアの関係性が見えてきて面白いぞ
104:名無しのJ民
神聖ローマ帝国は結局、皇帝と諸侯の関係が複雑すぎて、統一された国家になれなかったのが悲劇やな
106:名無しのJ民
>>51
あれは帝国の名に値しないってよく言われるよな。ヴォルテールが言ったんだっけ?
108:名無しのJ民
>>52
「神聖でもなく、ローマでもなく、帝国でもない」やな。
110:名無しのJ民
>>53
ヴォルテールニキ、ぐう畜で草
113:名無しのJ民
>>53
的確すぎる
115:名無しのJ民
フランク王国って今のドイツとかフランスとかよりデカかったん?
119:名無しのJ民
>>56
カール大帝の時代はそう。今の西ヨーロッパの大部分を支配してた。
122:名無しのJ民
そう考えると、そりゃ分裂するわな。デカすぎると管理できん
125:名無しのJ民
むしろカール大帝が凄すぎただけやな
129:名無しのJ民
カール大帝はローマ帝国の再興を目論んでたらしいけど、結局息子たちがバラバラにしたんやな
133:名無しのJ民
>>60
息子じゃなくて孫たちや。敬虔王の息子たち。
136:名無しのJ民
>>61
細かいこと言うなや
139:名無しのJ民
>>61
キッズかよ
141:名無しのJ民
ワイが思うに、カール大帝が死ぬ時にちゃんと後継者を指名しなかったのが悪い
143:名無しのJ民
>>64
指名してたぞ。ルートヴィヒ敬虔王。
145:名無しのJ民
>>65
じゃあ敬虔王が悪いんじゃん
149:名無しのJ民
>>66
敬虔王は有能だったけど、自分の息子たちの仲が悪すぎて制御できなかったんや。
152:名無しのJ民
>>67
息子たちが悪いじゃん。
153:名無しのJ民
結局、兄弟喧嘩ってこと?
157:名無しのJ民
>>69
だいたい合ってる
160:名無しのJ民
現代の感覚で言うと、会社がデカくなりすぎて、社長の息子たちがそれぞれ子会社を分社化したみたいなもんか?
162:名無しのJ民
>>71
おお、めっちゃ分かりやすい例えやん
165:名無しのJ民
>>71
しかもその子会社同士が仲悪くて、親会社の名前だけは残してるみたいな?
168:名無しのJ民
>>73
そんな感じやな。しかも親会社は名前だけ立派で実権は子会社に移ってる。
170:名無しのJ民
歴史って結局人間関係のもつれよな
171:名無しのJ民
>>75
権力と金と女と土地、これしかない
172:名無しのJ民
カール大帝が強すぎたせいで、後の王が無能に見えるだけ説
173:名無しのJ民
>>77
これあるあるやな。信長の後もそうやし。
175:名無しのJ民
なんでフランク王国って名前なんや?フランク族とかいうのが作ったんか?
176:名無しのJ民
>>79
せやで。ゲルマン民族の一部族、フランク族が建てた国や。
179:名無しのJ民
>>79
クロヴィス1世がフランク族を統一してフランク王国を建国したのが始まりやね。
181:名無しのJ民
神聖ローマ帝国の皇帝選ぶのって、選挙やったんやろ?
184:名無しのJ民
>>82
選帝侯っていう有力諸侯が選んでた。だから皇帝の権力が弱かったりする。
188:名無しのJ民
>>83
日本の天皇とは全然違うんやな。
189:名無しのJ民
>>84
全然違うな。神聖ローマ帝国は世襲ではない。
192:名無しのJ民
これもう応仁の乱より複雑やろ
196:名無しのJ民
>>86
応仁の乱はまだ日本国内の話やからな。フランク王国はもっと広範囲で、現代の国家形成に繋がるからややこしさが増す。
199:名無しのJ民
結局、3行でまとめるとどうなるんや?
203:名無しのJ民
>>88
カール大帝がデカい国作った
息子がそれを維持できずアホ
孫たちが喧嘩して国バラバラ
204:名無しのJ民
>>89
おお、これや!これこそが3行や!
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