1:名無しのJ民
また歴史の授業やんけ
5:名無しのJ民
いうてそこまで隠してないやろ。普通に教科書載ってるし。
6:名無しのJ民
でも一般の知名度は低いよな。水俣病とかの方が有名やし。
8:名無しのJ民
あれマジでひどかったらしいな。公害の原点みたいなもんやろ
10:名無しのJ民
田中正造しか知らんわ
12:名無しのJ民
彡(゚)(゚)「川の色がヤバいンゴねぇ…魚も死んでるンゴねぇ…」
14:名無しのJ民
当時の政府と企業、マジでクソofクソやったろ
16:名無しのJ民
ワイ栃木県民、これ定期的に掘り返されるのつらい
17:名無しのJ民
結局どうなったんやっけ?解決したんか?
18:名無しのJ民
解決はしてないで。遊水地とか作って「対策」はしたけど、根本解決には至ってない。
19:名無しのJ民
当時あの規模の公害って想像つかんよな
22:名無しのJ民
今の環境基準から考えたらありえんレベルやろ
23:名無しのJ民
明治時代やろ?「文明開化」とか言ってる裏でこれやからな
26:名無しのJ民
なんか銅山って響きがもう闇深い
29:名無しのJ民
公害って今の時代でもあんのに、当時の人らが原因特定して対策しろって言っても無理ゲーやろ
31:名無しのJ民
無理ゲーじゃねーんだよなぁ…被害が出てるのに見て見ぬ振りしてたのが問題なんだわ
32:名無しのJ民
政府は「鉱業奨励」とか言って企業側を擁護してたからな。農民とか二の次や
34:名無しのJ民
当時の帝国議会で田中正造が直訴しようとした話は熱い
38:名無しのJ民
直訴って、時代劇かよってレベルやん
39:名無しのJ民
しかも成功しなかったんだろ?無力感すごいわ
43:名無しのJ民
天皇に直訴するとか、完全に命がけやで
47:名無しのJ民
なお天皇は「知らん」だった模様
50:名無しのJ民
いや、当時の天皇が直接政治に介入する権限はほとんどなかったから、知らんも何も…
52:名無しのJ民
それでも国民としては最後の頼みだったんやろな
56:名無しのJ民
結局、農民は泣き寝入りしたんか?
58:名無しのJ民
一部は補償金受け取ったりしたけど、それで生活が元通りになったわけじゃないし、補償も不十分だったり揉めたりしたみたいやね
59:名無しのJ民
現代でも公害訴訟って時間かかるし、当時の司法じゃ絶望的やろ
61:名無しのJ民
当時の新聞とかでも報じられてたんか?
64:名無しのJ民
報じられてたけど、政府や企業の圧力がすごかったらしいで。
65:名無しのJ民
現代のSNSがあったらどうなってたやろな
66:名無しのJ民
秒で炎上してそう
69:名無しのJ民
「〇〇銅山がヤバすぎる」みたいなハッシュタグでトレンド入り不可避
72:名無しのJ民
当時の政府「デマやろ」
76:名無しのJ民
企業「風評被害ニダ!」
79:名無しのJ民
なんJ民なら田中正造に加勢するんか?
83:名無しのJ民
彡(゚)(゚)「公害反対デモに参加するンゴ!」→翌日、銅山のバイトでせっせと働く
86:名無しのJ民
草
90:名無しのJ民
当時の財閥ってほんま悪どいイメージしかないわ
93:名無しのJ民
いうて日本を近代化させたのも財閥やし、功罪あるやろ
97:名無しのJ民
功は享受して、罪は隠蔽かよ。ええ身分やな
101:名無しのJ民
足尾銅山自体は江戸時代からあったんやろ?
104:名無しのJ民
そうやね。本格的に採掘量が増えたのが明治以降、近代技術導入してからや
108:名無しのJ民
だからこそ被害もデカくなったと
109:名無しのJ民
田中正造ってどんな人だったん?聖人か?
111:名無しのJ民
聖人というか、頑固一徹の正義漢って感じやね。自分の身を顧みない行動力はすごい
114:名無しのJ民
政治家としては不器用だったかもしれないけど、その熱意は本物だったんやろな
117:名無しのJ民
政治家を辞めて直訴って、よほどの覚悟やで
120:名無しのJ民
現代の政治家も見習ってほしいわ
122:名無しのJ民
無理やろ。今の政治家はまず票と金やから
125:名無しのJ民
公害問題って、結局金と命どっちが大事かって話になるよな
129:名無しのJ民
当時も今も、金が勝つことが多いのが悲しい
132:名無しのJ民
渡良瀬遊水地って今どうなってるん?
134:名無しのJ民
ラムサール条約登録湿地になってるで。野鳥とかの楽園や。
135:名無しのJ民
え、じゃあ結果オーライってこと?
136:名無しのJ民
全然違うわ。あれは鉱毒汚染された土砂を沈殿させる目的で作られた場所やからな。
137:名無しのJ民
環境保全の観点で見れば価値があるけど、元々は公害対策の負の遺産や
139:名無しのJ民
なんか複雑やな…
140:名無しのJ民
田中正造の功績ってやっぱでかいんかな
142:名無しのJ民
彼は公害問題の先駆者として、日本の環境運動に多大な影響を与えたことは間違いない。
144:名無しのJ民
彼の活動がなければ、もっと被害が拡大してたかもしれんし、公害問題自体がもっと後回しにされてた可能性もある。
148:名無しのJ民
でも、結局銅山は閉山するまで操業してたんだろ?
150:名無しのJ民
戦後まで稼働してたからな。閉山は1973年。
152:名無しのJ民
マジかよ。そんな最近までやってたんか
155:名無しのJ民
鉱毒問題は戦後も続いてたってことやね
156:名無しのJ民
公害って目に見える形で被害が出るまで放置されるのが常やからな
160:名無しのJ民
カネミ油症事件とか水俣病とかイタイイタイ病とかもそうやし
161:名無しのJ民
人間の欲望って醜いな
164:名無しのJ民
じゃあなんJ民が足尾銅山の社長だったらどうする?
165:名無しのJ民
彡(゚)(゚)「利益第一!株主様大満足ンゴ!」
166:名無しのJ民
彡(°)(°)「せや!汚染水は夜中にこっそり流したろ!」
170:名無しのJ民
お前らじゃダメだわ
174:名無しのJ民
当時、海外の反応ってどうだったんやろ?
177:名無しのJ民
まだ日本が近代化途上だったから、そこまで国際的な注目は浴びてなかったんじゃないかな。
180:名無しのJ民
日本が世界に目を向け始めた頃やし、それどころじゃなかったか
184:名無しのJ民
結局、足尾銅山事件から学んだことって何なんやろ
188:名無しのJ民
企業倫理と政府の役割の重要性、そして住民運動の力の必要性やね
191:名無しのJ民
でも、今も企業は利益優先やし、政府は経済優先やし、あんま変わってない気もする
195:名無しのJ民
核廃棄物の処理とか見ると、未来にツケを回すスタイルは変わっとらんな
199:名無しのJ民
人間の進歩って遅いんやな…
202:名無しのJ民
あの時代に環境問題に目を向けてた田中正造は、現代から見てもすごい先見の明があったと言える
204:名無しのJ民
まあ、被害が目に見えてたからやろって言われればそうやけど
208:名無しのJ民
それでも行動できる人は少ない
209:名無しのJ民
最近テレビで足尾銅山の特集やってたの見たわ。廃墟感がすごい
211:名無しのJ民
廃墟マニアにはたまらんらしいな
215:名無しのJ民
歴史の負の遺産、って感じやな
216:名無しのJ民
栃木観光行っても足尾銅山跡地とかは行きたくねえなあ
217:名無しのJ民
いや、逆に見に行くべきやろ。歴史を学ぶためにも
219:名無しのJ民
なんか当時働いてた人たちも可哀想やな
222:名無しのJ民
そりゃ自分たちの生活のために働いてたわけやしな。まさか毒出すとは思わんやろ
223:名無しのJ民
技術革新の影には、いつも犠牲があるってことか
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