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蒙古襲来時の神風って奇跡じゃなくて必然だった説

1:名無しのJ民

は?奇跡やろガイジ

5:名無しのJ民

いや実際は必然やったろ
あの時期のあの海域は台風多発地帯やし

8:名無しのJ民

でも偶然のタイミングで来たから神風なんやろ

12:名無しのJ民

偶然って言うか、モンゴル軍が遠征時期を選び間違えただけやで

16:名無しのJ民

第一次(文永の役)と第二次(弘安の役)で状況全然違うんだよなぁ

19:名無しのJ民

第一次は台風ちゃうやろ
冬の嵐やろあれは

22:名無しのJ民

そうそう、第一次は冬の季節風と海が荒れただけ。嵐は嵐だが台風とは違う。

24:名無しのJ民

第二次はガチの台風直撃や
あれは流石に運が悪いとしか

27:名無しのJ民

運が悪いっていうか、当時の航海技術で台風シーズンに遠征する方がアホやろ

28:名無しのJ民

モンゴル軍は陸戦のプロやから海のこと知らんかったんやろ

30:名無しのJ民

知らんかったじゃ済まされんやろ。高麗の水軍がアドバイスせーや

34:名無しのJ民

高麗の水軍も無理やり付き合わされてただけやろ

38:名無しのJ民

高麗はモンゴルの属国やから逆らえんかったんやろ

39:名無しのJ民

でも船作らされたのも高麗やろ?なんでそんな雑魚船作ってん?

43:名無しのJ民

粗製濫造やで。短期間で大量に作らせたから品質ガタガタやったんや

45:名無しのJ民

しかも船底が平らな河川用の船を改造して使ったとかいう話もあるな
外洋航海には向いてない

47:名無しのJ民

ああ、だから波に弱かったのか

48:名無しのJ民

日本側も第一次の時はボコられてるからな
神風なかったらやばかった

51:名無しのJ民

いや、日本軍も後半は慣れてきて善戦してたやろ
集団戦法に切り替えたし

53:名無しのJ民

でも多勢に無勢は変わらんかったやろ

54:名無しのJ民

第二次は日本側も準備万端やったからな
防塁も築いてたし

56:名無しのJ民

石塁な。博多湾沿いにずっと築いたやつ
あれがマジでデカかった

57:名無しのJ民

あれのおかげで上陸できずに消耗したところに台風ドーンやからな

61:名無しのJ民

つまり、日本側の準備とモンゴル側の準備不足、そして季節的な要因が重なった結果ってことか

65:名無しのJ民

必然やんけ!

67:名無しのJ民

神風って言いたがるのは日本人のロマンやな

71:名無しのJ民

ロマンもクソもあるか。史実を歪めるな

73:名無しのJ民

まあでも、あのタイミングで巨大台風ってのは、流石に出来過ぎ感あるよな

75:名無しのJ民

当時の台風は今と違って情報も何もないから、避けようがないんよ

78:名無しのJ民

避けるって言うか、最初から台風シーズンを避けて遠征計画立てろって話やん

80:名無しのJ民

モンゴルは大陸の覇者だから海なんか舐めとったんやろ

83:名無しのJ民

チンギスハーンが海を渡るのに苦労したって話聞いたことないしな

85:名無しのJ民

馬ならどこでも行けると思っとったんやろ

89:名無しのJ民

海は馬で渡れんからな。残念!

90:名無しのJ民

騎馬民族が海を渡るって時点で無謀やろ

94:名無しのJ民

中国江南軍とか高麗軍は船の扱いに慣れてたはずやろ?
なんで止めへんかったんや

96:名無しのJ民

止められなかったんやろ。モンゴル皇帝の命令は絶対やから

98:名無しのJ民

現代でも台風直撃したら船沈むやろ
ましてや当時の木造船なんてひとたまりもないわ

102:名無しのJ民

日本海を横断するって、実はめちゃくちゃ大変なことやで

105:名無しのJ民

海が荒れやすいし潮の流れも複雑やからな

107:名無しのJ民

台風シーズンに日本海横断とか自殺行為や

110:名無しのJ民

つまりモンゴル軍が自殺しただけってことか

114:名無しのJ民

言い方は悪いけど、そういう側面は確実にあるな

118:名無しのJ民

神風って言葉が独り歩きしてるだけで、実態は戦略ミスと悪天候のコンボ

121:名無しのJ民

日本が誇れるものが一つ減ったような気分や

123:名無しのJ民

別に誇らんでもええやろ。事実が大事や

127:名無しのJ民

じゃあ織田信長の桶狭間も奇跡じゃなくて必然?

131:名無しのJ民

それはまた別の話やろがい!

134:名無しのJ民

桶狭間は信長の読みと行動力が半端なかったんや

137:名無しのJ民

信長はリスク管理も一流やからな

141:名無しのJ民

モンゴル軍に戦略的リスク管理はなかったんか

143:名無しのJ民

世界征服を成し遂げたから慢心があったんやろな

147:名無しのJ民

大陸と島国では戦争のやり方が違うってことやな

150:名無しのJ民

日本は島国やから、海からの侵攻には昔から警戒してたやろ

151:名無しのJ民

防塁もその知恵の結晶やな

153:名無しのJ民

つまり神風っていうのは、日本人の知恵と準備、そしてモンゴル側の無謀さが生み出したものってことか

155:名無しのJ民

それはそう
でもロマンは欲しいやん

159:名無しのJ民

神様が日本を護ってくれたって信じる方が夢があるやん

163:名無しのJ民

まあ、そう言いたくなる気持ちはわかるけどな

165:名無しのJ民

あの時もし神風が吹かなかったら、今の日本はモンゴル語喋ってた可能性もあったんやろ?

167:名無しのJ民

いや、占領されても民族が入れ替わるわけじゃないから、言語は残ったやろ

171:名無しのJ民

でも文化は変わったかもな

172:名無しのJ民

武士の時代が終わって、モンゴルの支配になってた可能性はあるな

173:名無しのJ民

それはそれで面白そうではある

174:名無しのJ民

鎌倉武士は日本のために戦ったんや!

178:名無しのJ民

恩賞が少なくて不満タラタラだったけどな

181:名無しのJ民

まあ、そこは人間やからしゃーない

185:名無しのJ民

弘安の役の台風は、8月15日ごろに来たらしいな。旧暦だから今でいう9月ごろか。

188:名無しのJ民

その時期は日本の南海上でも台風発生しやすい時期やね

190:名無しのJ民

現代でもその時期に西日本に台風が来る確率は高いしな

194:名無しのJ民

つまり偶然ではなく、必然的に来るべきものが来ただけと

195:名無しのJ民

モンゴル軍はそれを計算に入れとらんかったと

198:名無しのJ民

計算に入れる知識も経験もなかったんやろ

199:名無しのJ民

当時の世界地図とか見たら、日本なんて豆粒みたいなもんやからな。舐めてかかったんやろ

201:名無しのJ民

その豆粒に煮え湯飲まされたんやな

205:名無しのJ民

ざまぁみろや

207:名無しのJ民

結局、神風ってのは、都合のいい解釈だったってことやな

210:名無しのJ民

まあ、そうなんやけど、そう言いたくなる気持ちもわかるわ

214:名無しのJ民

日本人の精神的な支柱になったのは間違いないからな

218:名無しのJ民

でも、それは歴史的事実とは別物ってことやな

219:名無しのJ民

歴史ってそういうもんだろ

222:名無しのJ民

事実を元に後世が意味付けしていくもんや

225:名無しのJ民

神風もその意味付けの一つってことやね

226:名無しのJ民

ワイは神風は奇跡やったと思いたいわ

230:名無しのJ民

お前のようなロマンチストが歴史を歪めるんや!

233:名無しのJ民

うるせぇ!夢を見させろ!

237:名無しのJ民

まあ、でも当時の日本人が「神様が守ってくれた」って信じたのはわかるわ

240:名無しのJ民

希望がなかったら戦えんしな

243:名無しのJ民

そういや、神風特別攻撃隊の名前の由来もこれやろ?

246:名無しのJ民

そうやね。国難を乗り越えるための切り札って意味で

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