1:名無しのJ民
1860年代のオスマン帝国のエリート知識人グループや
西欧の議会制を導入して国を救おうとした模様
4:名無しのJ民
なお結果
7:名無しのJ民
何したんや?
9:名無しのJ民
愛国心強すぎて「オスマン主義」とかいう全民族平等の思想を掲げる
↓
ギリシャ人「いや独立するわ」
アラブ人「ワイらアラブ人やぞ」
ブルガリア人「露助、助けて」
↓
崩壊へ
13:名無しのJ民
草
15:名無しのJ民
これ半分自爆やろ
17:名無しのJ民
ナムク・ケマルとかいう愛国ポエマー
18:名無しのJ民
でも当時のオスマンってマジで瀕死やったからな
「瀕死の病人」って言われてたししゃーない
22:名無しのJ民
タンジマート(恩恵改革)で行けると思った時期がワイにもありました
23:名無しのJ民
>>ギリシャ人「いや独立するわ」
ここほんま非情
26:名無しのJ民
そもそもキリスト教徒とイスラム教徒を同じ「オスマン人」としてまとめようとするのが無理あったわ
29:名無しのJ民
多民族国家の末路
30:名無しのJ民
オーストリア・ハンガリー帝国「せやな」
32:名無しのJ民
ソ連「せやせや」
36:名無しのJ民
ユーゴスラビア「ほんまこれ」
37:名無しのJ民
新オスマン人「西欧の議会制は素晴らしい!でもイスラムの教えにも合致してるからセーフ!」
これすき
38:名無しのJ民
言い訳が苦しすぎて草
40:名無しのJ民
でもそう言わんと当時の保守派(ウラマー)に消されるからな
44:名無しのJ民
実際、ミドハト憲法(アジア初の近代憲法)作ったのは偉大やろ
大日本帝国憲法より早かったんやぞ
47:名無しのJ民
なおアブデュルハミト2世に即座に停止された模様
50:名無しのJ民
アブデュルハミト2世とかいう有能にして暗君
54:名無しのJ民
アブデュルハミト2世「露土戦争始まったから憲法停止するわ、議会も解散なw」
56:名無しのJ民
ミドハト・パシャ「ファッ!?」
59:名無しのJ民
ミドハトとかいう改革派の星、流刑先で暗殺されて悲しい
63:名無しのJ民
新オスマン人と青年トルコ人って何が違うんや?
いつもごっちゃになるわ
67:名無しのJ民
新オスマン人は1860年代~70年代、主に文学者とか官僚
青年トルコ人はもっと後の20世紀初頭、軍人主導
71:名無しのJ民
サンガツ
青年トルコ人の方がガチの軍事クーデター起こしてて過激なイメージあるな
72:名無しのJ民
青年トルコ人は最終的にトルコ民族主義に走って、帝国崩壊を決定づけたからな
新オスマン人はまだ「みんなで仲良くオスマン帝国維持しようや」っていう甘い夢を見てた
73:名無しのJ民
夢見るポエマー集団が新オスマン人で
現実見てキレた軍人が青年トルコ人か
分かりやすい
74:名無しのJ民
ナムク・ケマルの演劇「祖国」が上映されたとき、観客が熱狂しすぎて暴動寸前になって政府に禁止されたの草生える
75:名無しのJ民
演劇で国が揺らぐとか当時のオスマン帝国豆腐メンタルすぎやろ
79:名無しのJ民
皇帝からしたら「こいつら愛国愛国言うてワイの権力奪おうとしてるだけやんけ」ってなるわな
80:名無しのJ民
実際、新オスマン人の言う「祖国」って皇帝(スルタン)じゃなくて「国家と国民」やからな
そら皇帝はキレるよ
84:名無しのJ民
ロンドンとかパリに亡命して新聞発行しまくって批判するの、現代のネット弁慶みたいで親近感わくわ
87:名無しのJ民
フランスの支援受けてイキってた模様
91:名無しのJ民
当時の英仏「オスマン帝国くん、ロシアにボコされて滅びそうやから延命リフォーム(タンジマート)手伝ってあげる。あ、ついでにキリスト教徒の権利守れよ」
これ実質内政干渉やろ
92:名無しのJ民
実質植民地一歩手前やな
95:名無しのJ民
なお、借金まみれでデフォルトした模様
96:名無しのJ民
1875年に国家破産してて草
99:名無しのJ民
新オスマン人「国が破産した?せや、議会作って憲法制定すれば解決するやろ!」
102:名無しのJ民
何そのお花畑思考
103:名無しのJ民
でも当時の知識人からしたら「西欧が強いのは憲法と議会があるからや!」って本気で信じてたんや
日本も明治維新で同じことやったしな
107:名無しのJ民
日本は島国やし単一民族(に近い)から成功したけど
オスマン帝国は地続きで周り敵だらけ、中身は民族宗教バラバラやからハードモードすぎる
108:名無しのJ民
トルコ「大和魂みたいなもんやな」
110:名無しのJ民
実際、日露戦争で日本がロシアに勝ったとき、オスマン帝国の知識人めちゃくちゃ興奮したらしいな
「東洋の憲法国家が専制国家ロシアを倒した!」って大騒ぎよ
112:名無しのJ民
なお、そのせいで青年トルコ人革命が加速した模様
113:名無しのJ民
東郷平八郎の名前を子供につけるトルコ人おったらしいな
114:名無しのJ民
「トーゴー」通りとかあるしな
117:名無しのJ民
脱線しすぎや
新オスマン人の話に戻せ
118:名無しのJ民
新オスマン人のメンバーって、みんなフランス語ペラペラやったんやろ?
121:名無しのJ民
翻訳局っていうエリート養成機関出身やからな
外務省の若手官僚みたいなもん
125:名無しのJ民
エリートが机の上の空論で国家改革しようとして失敗したんか
127:名無しのJ民
まあでも彼らが種を蒔いたからこそ、のちのトルコ共和国(アタテュルク)に繋がるわけやし
無駄ではなかったやろ
128:名無しのJ民
アタテュルク「宗教は政治に持ち込むな、文字はアルファベットにする、一夫多妻禁止な」
新オスマン人「そこまでやれとは言ってない」
131:名無しのJ民
アタテュルクはガチの異次元改革者やからな
新オスマン人が「イスラムと調和~」とかモタモタしてたのを全部力技で解決した
134:名無しのJ民
アタテュルクは青年トルコ人崩れやけど、完全に別格やな
138:名無しのJ民
新オスマン人のズィヤ・パシャとかいうおっさん、最初は改革派やったのに途中から保守化して「やっぱり伝統が一番や!」ってなったのリアルで好き
140:名無しのJ民
若いやつ「ズィヤ・パシャ先輩、なんで裏切ったんですか!」
ズィヤ「お前らも歳とればわかる」
141:名無しのJ民
草
身につまされるわ
142:名無しのJ民
結局、近代化(西欧化)=世俗化(イスラム捨てる)になるのが耐えられんかったんやろな
キリスト教の国が作ったシステムをそのままイスラムの国に導入するのって、脳移植するようなもんやし
146:名無しのJ民
でもオスマン帝国ってそれ以前も軍事改革(イェニチェリ全滅作戦など)とかやってたよな
マフムト2世とかいうガチの虐殺皇帝
149:名無しのJ民
イェニチェリとかいうただの既得権益暴力団
粛清されて当然や
150:名無しのJ民
軍隊近代化しても、中身(政治システム)が古いままやから勝てんかったんや
だから新オスマン人が「システム変えろ」って言うたのは正論ではある
154:名無しのJ民
ただ時期が悪すぎた
ロシアが南下してくるわ、バルカン半島で反乱起きまくるわで
じっくり議会政治育てる余裕なんて一ミリもなかった
158:名無しのJ民
アブデュルハミト2世「せや、戦争やから憲法は棚上げな(30年間放置)」
161:名無しのJ民
有能な独裁者アブデュルハミト2世、なお最後は青年トルコ人に廃位される模様
165:名無しのJ民
因果応報で草
166:名無しのJ民
新オスマン人が掲げた「オスマン主義」って、要するに「アメリカ人」みたいな国籍ベースのアイデンティティを作りたかったんやろ?
167:名無しのJ民
そうそう。宗教とか民族関係なく、みんな「オスマン帝国の臣民」やでっていう
169:名無しのJ民
でもアメリカと違って、元々それぞれ歴史も独自の宗教組織(ミッレト)もあるから無理ゲーや
ギリシャ正教徒が「今日から君たちもオスマン人ね」って言われて喜ぶわけない
173:名無しのJ民
「税金だけ取られて差別されるオスマン人とか嫌やわ、独立してギリシャ王国になるわ」
妥当すぎる
177:名無しのJ民
ちなみにイブラヒム・シナースィーはオスマン帝国で最初の民間新聞「翻訳の鏡」を作った人や
180:名無しのJ民
新聞で世論を動かそうとしたんやな
181:名無しのJ民
それまで政府の公式官報しかなかったからな
民間新聞ができたことで一気に世論形成が進んだ
184:名無しのJ民
メディアの力で国を変えようとするの、いかにも19世紀のインテリって感じでええな
188:名無しのJ民
でも当時の識字率って10%以下とかやろ?
新聞読めるの都市部の一部エリートだけやん
189:名無しのJ民
せやから、カフェ(カフェハネ)で読める奴が周りの奴らに読み聞かせしてたんや
193:名無しのJ民
草
昭和の街頭テレビみたいやな
195:名無しのJ民
「おい!ナムク・ケマルがまた面白いこと書いとるぞ!」って集まるの楽しそう
198:名無しのJ民
そら政府も警戒して検閲するわな
200:名無しのJ民
検閲が厳しくなったからロンドンに逃げて新聞刷ってたのたくましい
201:名無しのJ民
ロンドンで「自由(ヒュッリイェト)」って新聞作ってたな
204:名無しのJ民
やってることが完全に革命家で草
206:名無しのJ民
新オスマン人「ワイらは革命家ちゃう!愛国者や!スルタンを正しく導きたいだけや!」
207:名無しのJ民
スルタン「うるさい、流刑」
209:名無しのJ民
無慈悲
210:名無しのJ民
まあアブデュルハミト2世の気持ちも分からんでもない
周りの国から常に領土狙われてる時に「議会で議論しよう!」とか言われたら「うるせえ今はそれどころじゃねえ!」ってなる
213:名無しのJ民
実際、ミドハト憲法ができた翌年にロシアと戦争(露土戦争)になってボコボコに負けたからな
214:名無しのJ民
憲法作った直後にボコられるの悲惨すぎる
217:名無しのJ民
サン・ステファノ条約でバルカン半島ほぼ全部失いかけて草
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