1:名無しのJ民
最初は土塁ちゃうかったっけ
いつの間にかゴツいのになってたよな
4:名無しのJ民
城好きなんJ民おるかー?
8:名無しのJ民
ワイは好きやで
安土城とか姫路城の石垣見てると興奮するわ
9:名無しのJ民
戦国時代中期くらいから急激に発達したイメージやな
信長あたりが本格的に取り入れたんちゃう?
10:名無しのJ民
元々はただの土塁に木柵やろ
山城とかまさにそんな感じ
12:名無しのJ民
野面積みが最初やろ?
適当に石積んでるように見えてあれも技術やねんてな
15:名無しのJ民
穴太衆とかいう石垣職人のプロ集団がいたって聞くけど、あれっていつ頃から?
20:名無しのJ民
あれは延暦寺の門前町にあった石工集団やで
室町時代後期には既におったんやないかな
信長や秀吉の築城で大活躍した
24:名無しのJ民
信長が安土城で高石垣を使い始めたのがターニングポイントやろ
それまでは単なる補強材みたいなもんだったのが、権力の象徴になった
25:名無しのJ民
安土城の石垣はホンマにヤバい
あんなデカいもんよう作ったなと
26:名無しのJ民
当時の技術と人力でどうやってあんなデカい石運んだんやろな
29:名無しのJ民
そらもう人海戦術よ
あと技術と創意工夫やろ
テコの原理とか滑車とか使って
30:名無しのJ民
大阪城の石垣とかもバケモンだよな
あれ一枚岩かと思ったら、加工して積んでるんだろ?
36:名無しのJ民
加工して積むのが打ち込みはぎとか切り込みはぎやな
最初は石の形をほとんどそのまま使う野面積み
だんだん石を加工して隙間なく積むようになる
38:名無しのJ民
野面積みって見た目ボコボコしてるけど、水はけ良くて崩れにくいらしいな
素朴な強さがある
39:名無しのJ民
打ち込みはぎは石の表面を平らに加工して積み上げるやつやろ
石垣がより垂直になって高くなった
40:名無しのJ民
切り込みはぎは石と石の隙間がほとんどないやつ
精度が半端ない
見た目が美しい
43:名無しのJ民
熊本城の武者返しとかいう、上に行くほど角度が急になる石垣は天才の発想やろ
あれ見るとゾクゾクするわ
44:名無しのJ民
加藤清正は築城の神様やからな
熊本城は石垣だけじゃなくて水の手とかもすごい
47:名無しのJ民
つまり信長以前はそこまで石垣って重要視されてなかったってこと?
51:名無しのJ民
防御施設としては土塁や堀がメインで、石垣は補助的なものだった
見栄えとか権力誇示の要素が加わって一気に進化し始めた感じ
53:名無しのJ民
信長が鉄砲取り入れて戦い方変えたのと一緒で、城の作り方も変えたってことか
54:名無しのJ民
まさにそれ
信長は革新者やからな
55:名無しのJ民
秀吉の大阪城は規格外やろ
あれ築城した時の人夫とか資材の量とか考えたら頭おかしくなる
58:名無しのJ民
各地の大名に石を運ばせて競争させたんやろ
「石垣普請」とか言って
61:名無しのJ民
石垣普請は秀吉の権力誇示と大名統制のツールやったな
資材と人足を出させて疲弊させる
62:名無しのJ民
当時の土木技術って実はかなり高かったんやな
64:名無しのJ民
現代の重機がない時代に、あんなもん作れるとかロマンあるわ
67:名無しのJ民
石垣って地震に強いって聞くけどマジ?
この前の能登半島地震でも結構耐えた城あったんやろ?
74:名無しのJ民
石垣は中に栗石とか砕石を詰めて、排水性良くしてるからな
柔軟性もあって、ある程度の揺れには強いんや
まあ限界はあるけど
75:名無しのJ民
へー、コンクリートで固めてるわけじゃないんやな
78:名無しのJ民
そう、だから水抜き穴とかも重要やねん
水が溜まると石垣の裏側から崩れる原因になるから
81:名無しのJ民
石垣って積み方が地味にアートだよな
曲線とか勾配とか
83:名無しのJ民
城マニアのワイ、石垣の下から見上げてニヤニヤする
85:名無しのJ民
変態湧いてて草
89:名無しのJ民
でもわかるで
あの無骨な美しさ、ええよな
92:名無しのJ民
小田原城の総構えとか、規模がデカすぎてビビるわ
あれも石垣とはちょっと違うけど、防御施設としてはえぐい
93:名無しのJ民
関東の城は土塁が発達してるイメージ
石垣あんまり使われてない
101:名無しのJ民
関東ローム層とか土がしっかりしてるから土塁でも十分やったんちゃうか
あと石を運ぶコストとかも関係あるんかな
105:名無しのJ民
石垣って結局、高い金を払って見栄えと権威を誇示するためのものなんやろ?
108:名無しのJ民
まあそうやな
防御力だけなら土塁と堀でもそこそこいけるし
でも高くて美しい石垣は「ワイはこんなに金と力があるんやぞ」ってアピールには最高やった
111:名無しのJ民
ワイが城主なら石垣に「^」ってデカく彫るわ
115:名無しのJ民
草
敵「なんやこれ…」
118:名無しのJ民
「石垣に『^』って彫るの流行ってんのか?」
「いや、あれは^様のお城だけで…」
121:名無しのJ民
天守閣もええけど、城の本体は石垣と堀やからな
天守はシンボルや
122:名無しのJ民
現存天守より現存石垣の方が貴重だったりする?
125:名無しのJ民
石垣は残ってる城が多いから、天守よりは珍しくないけど、その歴史的価値は高いで
当時の土木技術や職人の技を今に伝える貴重な遺構や
129:名無しのJ民
石垣見てると、昔の人もちゃんと機能美ってものを理解してたんだなって思うわ
132:名無しのJ民
石垣が発達したのって日本だけなん?
海外の城ってレンガとかコンクリートみたいなの多いイメージ
137:名無しのJ民
欧州の城も石造り多いで
ただ日本の石垣は独特やな
城壁として積み上げるというより、土台として積む感じ
141:名無しのJ民
日本の石垣は石を「積む」って感覚やけど、西洋の城壁は石を「組む」って感じなんかな
144:名無しのJ民
そうそう、積み方が違うんよな
日本の石垣は自然石を活かしつつ、計算し尽くされた積み方してる
148:名無しのJ民
石垣って水戸黄門の印籠みたいなもんか?
これ見よがしに「わしが作った城やで!」って
149:名無しのJ民
草
まさにそれやな
152:名無しのJ民
結局、石垣が一番発達したのはいつ頃なん?
やっぱり関ヶ原後とかの江戸初期?
157:名無しのJ民
江戸初期の太平の世になってから、実戦的な防御よりも、権威の象徴としての城が増えたから、さらに石垣の技術と美しさが追求されたな
天下普請とかで各地に大規模な城が作られたし
159:名無しのJ民
姫路城とか名古屋城とか大阪城の石垣は江戸初期の技術の集大成やな
162:名無しのJ民
姫路城の石垣は曲線がほんま美しい
あれは芸術やろ
163:名無しのJ民
名古屋城の石垣の石一つ一つがデカすぎてビビる
加藤清正が奉行したやつだっけ?
166:名無しのJ民
名古屋城は天下普請やから、加藤清正も福島正則も前田利家も、みんな石垣普請に参加してるで
清正の担当した部分の石垣は特にデカい石が多いと言われるな
167:名無しのJ民
清正ってほんま土木のエキスパートやん
169:名無しのJ民
石垣って苔むしてるのがまた風情あるよな
173:名無しのJ民
たまに石垣から木が生えてるの見るけど、あれって大丈夫なん?
177:名無しのJ民
木が根を張ると石垣を破壊する原因になるから、基本的には除去するべきやで
管理が行き届いてない城とか、見かけだけになってる城だと放置されてたりするけど
179:名無しのJ民
なるほどなー
なんか自然と一体化しててええな、とか思ってたわ
180:名無しのJ民
石垣の裏側ってどうなってるんやろ?
ただ土で埋まってるだけ?
184:名無しのJ民
石垣の裏側は裏込石(うらごめいし)っていう砕石とか栗石が詰められてる
排水性を高めて、石垣の安定性を保つ役割がある
187:名無しのJ民
石垣って見えないところに工夫が凝らされてるんやな
189:名無しのJ民
戦国時代って石垣作るのにいくらくらいかかったんやろ?
今の貨幣価値で換算したら凄まじい額になりそう
190:名無しのJ民
そりゃ当時の大名の財政を圧迫するレベルやろ
だからこそ権力誇示になった
192:名無しのJ民
城跡巡り好きだけど、石垣見るの好きやわ
天守閣なくても石垣だけで十分ロマン感じられる
195:名無しのJ民
ワイもわかる
石垣見ながら当時の人々の汗と努力に思いを馳せる
197:名無しのJ民
石垣の上を歩いてみたい
201:名無しのJ民
それは無理やろ
205:名無しのJ民
石垣の下に埋められた人柱の話とかあるけど、あれってマジなん?
210:名無しのJ民
伝説の域を出ない話が多いけど、実際に人柱や生贄が捧げられたという記録が残ってるケースも皆無ではないな
ただ石垣の強度を上げるためってよりは、築城の安全祈願とか、迷信的な意味合いが強い
211:名無しのJ民
やっぱり当時の土木技術者ってすごいわ
現代の技術でもああいう積み方って再現できるんかな
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