1:名無しのJ民
まじでこれ
片道切符っていうか、そもそも往復の概念すらなかったやろあれ
5:名無しのJ民
遭難率エグすぎて草も生えない
よくあんなもん行ったわ
9:名無しのJ民
あの頃の日本って海外の情報に飢えすぎてたからな
最新の文化とか制度とか欲しくてたまらんかったんやろ
13:名無しのJ民
船が木造とかいうギャグ
沈んで当たり前やんけ
14:名無しのJ民
海図とか緯度経度とかない時代やで
マジで勘と度胸と運任せのギャンブル
17:名無しのJ民
阿倍仲麻呂とかいう唐に気に入られすぎた男
帰国させてもらえなくて草
18:名無しのJ民
空海とか最澄とか、ガチで命張って仏教持ち帰ったレジェンドやな
あいつらがいなかったら今の日本仏教は全然違ったやろ
20:名無しのJ民
唐の文化が当時の最先端すぎてビビるわ
今の感覚で言うと、途上国からGAFAの本社に研修に行くようなもんか?
23:名無しのJ民
なんであんな危険なことしてたのに急にやめたんや?
26:名無しのJ民
唐が弱体化したのと、日本が独自路線で発展できるようになったからやろ
あと航海技術も向上して、わざわざ大陸南岸ルートとか通らなくても良くなったとか諸説あるで
29:名無しのJ民
菅原道真とかいう遣唐使フィニッシャー
31:名無しのJ民
>>唐が弱体化したのと、日本が独自路線で発展できるようになったからやろ
はえ〜
サンガツ
33:名無しのJ民
今の留学生とか海外赴任とか比にならんレベルのデスゲーム
そら出世もするわ
37:名無しのJ民
現代で例えるなら、火星に片道切符で行くようなもんやろ
成功率10%とかで
39:名無しのJ民
よく考えたら、なんでそんな危険なことしてまで中国の真似したかったんやろ
43:名無しのJ民
>>よく考えたら、なんでそんな危険なことしてまで中国の真似したかったんやろ
だって当時の唐は世界最強の文明国やぞ?
今の日本がアメリカのシステム取り入れるようなもんやん
むしろ行かなかったら周りから置いてかれる危機感があったんやろ
47:名無しのJ民
日本って昔から海外の優れた文化を取り入れるのが上手いよな
遣唐使もそうやし、明治維新もそうやし
50:名無しのJ民
>>日本って昔から海外の優れた文化を取り入れるのが上手いよな
吸収して自分たちのものにするのが天才的やね
まさに和魂洋才
51:名無しのJ民
片道切符なのに、帰ってきたらヒーロー扱いされたんやろ?
そらそうよ
52:名無しのJ民
今でも、海外で何か成し遂げて帰ってきたら評価されるのと一緒やな
命懸けの留学みたいなもんか
55:名無しのJ民
あの頃の天皇とか貴族ってマジで命知らずやな
よく許可出したわ
56:名無しのJ民
まあ実際、行く奴も帰る奴も、みんなそれなりの地位があったからな
エリート中のエリートや
57:名無しのJ民
遣唐使船の復元とか博物館にあるけど、あれで大海原とか無理ゲーやろ
木造船で波乗りとか自殺行為
61:名無しのJ民
遭難して無人島漂着とか、そのまま海賊になるとか、もう漫画の世界やん
65:名無しのJ民
日本から唐に行くって、距離的にも現代で言うと東京からロンドンくらいあるんやろ?
しかも技術は段違い
68:名無しのJ民
唐の皇帝とか、よくわけわからん東の島国から来たやつを重用したよな
阿倍仲麻呂とかどんだけ有能やったんや
70:名無しのJ民
阿倍仲麻呂は唐の科挙に合格して、高官まで登り詰めたエリート中のエリートやぞ
日本に帰れるチャンスもあったけど、結局唐の地で没した
71:名無しのJ民
すげえな
日本の外交官がアメリカで大統領補佐官になるようなもんか
74:名無しのJ民
遣唐使の船団って何隻くらいで行ってたんや?
78:名無しのJ民
4隻が基本らしいで。
でも全船無事に帰ってこれることは稀だったとか。
嵐で流されたり、難破したりで。
80:名無しのJ民
当時の日本人からしたら、中国ってどんな国に見えてたんやろな
マジで神の国に見えてたんかな
83:名無しのJ民
仏教とか律令制度とか、当時の最先端のシステムを輸入してたわけやろ?
そら国力も上がるわ
85:名無しのJ民
日本は常に外来文化を消化して、独自に発展させるのが得意な国
遣唐使はその最初のビッグイベント
87:名無しのJ民
遣唐使とかいう国をかけた大博打
90:名無しのJ民
そう考えると、今の日本ってなんか内向きになってるよな
昔のギラギラした感じがない
93:名無しのJ民
>>そう考えると、今の日本ってなんか内向きになってるよな
失われた30年とか言われてるしな
そりゃ命懸けで海外行こうとする奴も減るわ
95:名無しのJ民
でもそのおかげで今の日本の文化の基礎が作られたんやから感謝しかない
漢字とかもそうやし
96:名無しのJ民
漢字は遣隋使とか遣唐使以前から入ってきてたけど、本格的に体系化されたのはこの時代やな
98:名無しのJ民
真面目な話、遣唐使の功績は計り知れないよな
日本が「国」として成り立つのに不可欠だった
100:名無しのJ民
日本書紀とか古事記とか、ああいうのも唐からの影響を受けて書かれた部分もあるんやろ?
歴史書の編纂スタイルとか
104:名無しのJ民
日本の文学も漢詩の影響を強く受けてるしな
万葉集とかもそうやろ
105:名無しのJ民
遣唐使って最終的に道真がやめさせたんだっけ?
109:名無しのJ民
そうやね。894年に菅原道真が「唐は乱れてきてるし、行く意味薄れてきたからもうやめましょう」って進言して、中止が決定した。
中止って言っても、民間レベルの交流はその後も細々と続いてたらしいけど。
110:名無しのJ民
道真有能やんけ
でもそれまでなんであんなデスゲーム続けてたのか不思議やわ
111:名無しのJ民
>>道真有能やんけ
当時は道真が進言した通り、唐がもう末期症状やったからな
安史の乱とかで国力はガタ落ち、地方は節度使が実権握ってて、治安も悪化してた
行くメリットよりリスクの方が大きくなってた時期や
114:名無しのJ民
はえ〜サンガツ
時代の流れを読める男だったんやね
115:名無しのJ民
まあその道真も左遷されるんやけどな!
人間万事塞翁が馬や
118:名無しのJ民
でも遣唐使の中止って、日本が独自の国風文化を育むきっかけにもなったんやろ?
ある意味、自立の象徴みたいなもんか
120:名無しのJ民
藤原氏の専横が始まったのもこの頃やし、日本の歴史の転換点やったんやろな
123:名無しのJ民
マジレスすると、遣唐使の派遣中止は「唐というモデル国家が崩壊しつつあった」という外交的判断と、「日本国内の律令国家体制が安定し、自力で文化を創造・発展させる段階に入った」という内政的判断が合致した結果や。
126:名無しのJ民
有能ニキはえ〜
つまり日本はもうチャイナから卒業したってことやな
129:名無しのJ民
>>有能ニキはえ〜
>>つまり日本はもうチャイナから卒業したってことやな
せやね。
それまでは「唐の属国じゃないけど、文化的には兄貴分」みたいな関係性だったのが、
「もう兄貴分の世話はいらない、自分の道を行く」ってなった感じ。
133:名無しのJ民
空海とか最澄とか、今の感覚で言えばハーバードとかMITに留学して、最先端の学問を身につけてきたスーパーエリートやん
しかも命懸け
136:名無しのJ民
当時の留学って、今みたいに奨学金とかないんやろ?
自費で命懸けとか凄すぎやろ
137:名無しのJ民
>>当時の留学って、今みたいに奨学金とかないんやろ?
国費留学生みたいなもんやで。
遣唐使に選ばれること自体がエリート中のエリートやし、バックアップはあった。
でもそれでも死ぬ確率は高かったんやけどな。
141:名無しのJ民
遣唐使って、結局何回くらい派遣されたんや?
143:名無しのJ民
諸説あるけど、だいたい15回から18回くらいと言われてるで。
ただ、計画されたけど出発できなかったり、途中で引き返したりしたケースもあるから、正確な回数を数えるのは難しいらしい。
144:名無しのJ民
15回もあのデスゲームやってたのか…
よく国が持ったな
147:名無しのJ民
それだけ中国から学ぶことが多かったってことやろな
日本が劣等感抱いてた時代なんや
150:名無しのJ民
でも今見ると、その劣等感が向上心に繋がって、結果的に日本を強くしたんやからすごいわ
153:名無しのJ民
遣唐使の船団って、唐に着いたらどんな扱いされてたんやろ?
やっぱり珍しがられたんかな
157:名無しのJ民
そりゃ珍しがられたし、朝貢使節としてそれなりに丁重に扱われたで。
ただ、日本の船は貧弱すぎて、唐の役人からは「こんなボロ船でよく来たな」って思われてたらしい。
その辺は阿倍仲麻呂みたいな高官がうまく取り持ってくれたんやろ。
159:名無しのJ民
日本の外交官有能すぎやろ
ボロ船で乗り込んで行って、国の代表として胸張るって凄いわ
163:名無しのJ民
今の日本の外交官もこれくらいギラギラしてほしいわ
164:名無しのJ民
遣唐使とかいうガチで日本の未来を背負った男たちの物語
166:名無しのJ民
あの時代の日本人が持ってたフロンティア精神、今の日本人は失ってしまったんやろか
167:名無しのJ民
歴史を振り返ると、いつもチャレンジングなことしてる時が日本は強かったな
171:名無しのJ民
そう考えると、幕末の志士とか明治の官僚も、命懸けで海外に学んだという意味では遣唐使と似た精神性を持ってるな
172:名無しのJ民
人類って何でこんな命懸けなことしたがるんやろな
好奇心とか探求心ってすげえわ
176:名無しのJ民
当時の技術レベルで航海とかマジで無理ゲー
方位磁石とかないやろ?
183:名無しのJ民
方位磁石は中国で発明されたのが9世紀頃で、日本に伝わったのはもっと後やから、遣唐使の時代には使われてないな。
基本は太陽と星(北極星とか)と潮の流れ、風向きで判断してた。
だから天候が悪くなると、マジで遭難一直線。
186:名無しのJ民
はえ〜、ガチで星に願いをって感じやったんか
ロマンあるけど怖すぎやろ
190:名無しのJ民
そら死ぬやつ出るわ
生還率50%以下とかいうクソゲー
193:名無しのJ民
でもそのクソゲーをクリアした奴らが、今の日本を作ったんやからな
リスペクトしかないわ
195:名無しのJ民
遣唐使ってさ、行く奴らも帰ってくる奴らも、どういうモチベーションやったんやろ?
名誉?金?仏の教え?
201:名無しのJ民
基本的には名誉と、国のためって意識が強かったと思うで。
あと、仏教僧なんかは、純粋に「仏の教えの真髄を極めたい」っていう信仰心やね。
金銭的な見返りももちろんあったやろうけど、それだけじゃ命張れんわ。
202:名無しのJ民
空海とか最澄とか、ガチの求道者やったんやな
205:名無しのJ民
その時代に、異文化交流の最前線に立つってどんだけ刺激的やったんやろ
今の時代からは想像もつかん
207:名無しのJ民
昔の日本って、意外と海外に開かれてたよな
鎖国とかしてた時代の方が特殊なんかも
208:名無しのJ民
>>昔の日本って、意外と海外に開かれてたよな
飛鳥時代から平安初期くらいまでは、東アジアの国際社会に積極的に参加してた感じやな。
鎖国は、キリスト教問題とか幕府の統制強化が目的やったし、あれはあれで理由があったんやけど。
212:名無しのJ民
日本史って深くて面白いな
遣唐使とかいうロマンの塊
216:名無しのJ民
>>日本史って深くて面白いな
歴史って、結局は人間が何を考えて、どう行動したかの積み重ねやからな
だから面白いんやで
219:名無しのJ民
これもう現代の宇宙飛行士と変わらんな
いや、もっとリスク高かったか
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