1:名無しのJ民
いやいや、さすがに無理があるやろ
4:名無しのJ民
あいつら天皇家の血筋に口出ししまくってただろ
5:名無しのJ民
仏教広めたのは評価できるけどやりすぎ感は否めない
7:名無しのJ民
当時の朝廷が腐敗しまくってたからな
蘇我氏が改革しようとしたのは事実やろ
8:名無しのJ民
物部氏との抗争も仏教絡みでしょ?
宗教戦争仕掛けた側が正当防衛とか草
10:名無しのJ民
仏教公伝は大陸からの文化流入で避けられない流れだったし、それに乗っかった蘇我氏が合理的だっただけやろ
12:名無しのJ民
当時の天皇家に権威がなさすぎたんだよ
蘇我氏が実質的なリーダーで国を動かしてた
13:名無しのJ民
正当防衛というよりは、新興勢力が旧来の権力ぶっ潰そうとしてただけに見えるが
16:名無しのJ民
日本を近代国家に導こうとした先駆者と見ることもできる
20:名無しのJ民
歴史は勝者が書くからな
蘇我氏が勝ってたらまた違う評価だったかも
24:名無しのJ民
入鹿が山背大兄王一家皆殺しにしたのはどう言い訳すんねん
あれは完全に横暴やろ
25:名無しのJ民
↑あれはやりすぎだったな
太子の子孫潰したのはアカン
26:名無しのJ民
正当防衛ってか、力と力のぶつかり合いで勝った方が正義みたいな世界やろ
30:名無しのJ民
蘇我氏って土着の豪族で、物部氏が軍事貴族だっけ
なんかイメージと逆転してるな
32:名無しのJ民
物部氏は大連、蘇我氏は大臣やで
どっちも超エリート
34:名無しのJ民
蘇我馬子は聖徳太子と協力して改革進めてたわけだし
そこだけ見ると有能だよな
35:名無しのJ民
でも聖徳太子って実は存在しなかった説もあるやん?
37:名無しのJ民
↑それは言い過ぎ
太子の実在は否定されてない
40:名無しのJ民
蘇我氏が海外の進んだ文化を積極的に取り入れたのは評価すべき点やろ
唐とか百済とかとの外交も蘇我氏が主導してたし
41:名無しのJ民
でも権力集中させすぎた結果、天智天皇にぶっ潰されたやん
自業自得だろ
44:名無しのJ民
あれを正当防衛って言ったら、織田信長も全部正当防衛になるやん
47:名無しのJ民
ぐうの音も出ない
51:名無しのJ民
乙巳の変で入鹿が暗殺されたのも、結局はクーデターやん
正当防衛とは違うだろ
53:名無しのJ民
入鹿が調子乗りすぎただけ
蝦夷も大概だったし
57:名無しのJ民
天皇の権威をないがしろにしすぎたのが最大の敗因やろ
いくら有能でもそれは許されん
59:名無しのJ民
当時の天皇って、なんか神輿みたいなもんだったんちゃうの?
実権は豪族が握ってて
61:名無しのJ民
そうだよ
だから蘇我氏が実質的な支配者だった
で、それを律令制に移行させようとしたのが天智天武
62:名無しのJ民
蘇我氏が天皇に口出ししたのは、当時の日本の国際的な位置を考えたら必然だったんやないか?
中央集権国家を形成しないと、隋や唐に飲み込まれる危機感があったんやろ
65:名無しのJ民
はえ~、そこまで考えてたのか
じゃあ正当防衛ってのは言い過ぎにしても、日本のためだったって面はありそうだな
67:名無しのJ民
まあでも、権力は腐敗するからね
最初は志高くても、世代が変わるとただの既得権益になる
69:名無しのJ民
蘇我氏も蝦夷、入鹿の代になって、初代の馬子の頃の志を失ったんやろな
73:名無しのJ民
そういや蘇我氏のルーツって何なん?
なんで急にあんな力持ったんや?
75:名無しのJ民
渡来系との繋がりが深いって言われてるな
だから仏教とか大陸文化に積極的だった
76:名無しのJ民
マジ?じゃあ純粋な日本人じゃなかったんか?
77:名無しのJ民
当時の「日本人」の概念が今とは違うからな
渡来人もガンガン取り入れてた時代やし
78:名無しのJ民
渡来系だからこそ、既存の日本文化に囚われず新しいものを取り入れられたんやろな
82:名無しのJ民
その新しい文化が仏教だったと
んで、旧来の神道勢力とぶつかったと
84:名無しのJ民
でも仏教を導入したことで、日本に文字や建築技術、学問なんかが一気に発展したのも事実やろ
85:名無しのJ民
それはそう
蘇我氏が居なかったら、日本の文化の発展はもっと遅れてたかもしれん
88:名無しのJ民
やっぱ歴史って奥深いな
単純に善悪で語れない
91:名無しのJ民
正当防衛ってのは無理があるけど、必要悪だったって言われると納得できる
94:名無しのJ民
必要悪ねぇ
山背大兄王一家惨殺は必要悪と呼ぶには残忍すぎるやろ
98:名無しのJ民
あれは入鹿の暴走としか思えん
馬子の時代ならやらなかったはず
102:名無しのJ民
もし蘇我氏がもう少し穏健だったら、日本史はまた違った展開になってたのかもな
104:名無しのJ民
中大兄皇子も、蘇我氏のやり方が気に入らなかっただけで、自分も権力欲は旺盛だったやろ
結局は権力闘争
108:名無しのJ民
聖徳太子がもう少し長生きしてたら、蘇我氏の暴走を止められたんかな
109:名無しのJ民
太子が死んだのがでかすぎる
あれで蘇我氏を抑える存在がいなくなった
110:名無しのJ民
太子も蘇我氏と親戚関係にあったから、完全に敵対はしなかったやろ
うまくバランス取ってたんやろな
112:名無しのJ民
結局、飛鳥時代とかの権力闘争って、現代の派閥争いと大して変わらんよな
114:名無しのJ民
人間の本質は変わらんからな
歴史から学ぶことは多い
116:名無しのJ民
蘇我氏の寺院とか、建築技術すごかったって聞くし
文化的な貢献度はマジで半端ない
117:名無しのJ民
飛鳥寺とか法隆寺とか、蘇我氏絡みやろ?
119:名無しのJ民
法隆寺は聖徳太子だけど、蘇我氏の影響は大きい
123:名無しのJ民
じゃあ蘇我氏がいなかったら、法隆寺も建たなかった可能性あるのか
127:名無しのJ民
建ったとしても、もっと遅れてたり、様式が違ったりしたかもな
128:名無しのJ民
そう考えると、蘇我氏を完全な悪者にするのは違う気がするわ
131:名無しのJ民
正当防衛は無理でも、彼らが果たした役割は無視できないってことやね
133:名無しのJ民
現代でも似たような状況あるよな
古い体質をぶっ壊そうとする勢力と、それを守ろうとする勢力
137:名無しのJ民
で、大体ぶっ壊そうとする勢力が力尽くでやると反感買う
140:名無しのJ民
蘇我氏はもうちょっと世論の味方につけるのが上手かったら、乙巳の変も起こらなかったかもしれん
142:名無しのJ民
民衆からしたら、権力争いなんてどうでもいいんだよな
平和に暮らしたいだけ
144:名無しのJ民
でも当時の民衆なんて、そんな政治に関与できる立場じゃなかったやろ
145:名無しのJ民
支配層の都合で歴史は動く
それが歴史よ
148:名無しのJ民
ワイが蘇我氏の立場だったら、もっと賢く立ち回ってたわ
149:名無しのJ民
↑お前が蘇我氏だったら一日で滅亡してるわガイジ
150:名無しのJ民
草
152:名無しのJ民
でも蘇我氏が倒されたことで、律令国家ができて、天皇中心の国家体制が確立されたわけやろ
結果的には良かったんやないか?
156:名無しのJ民
長い目でみればね
でも、その過程で多くの血が流れた
157:名無しのJ民
歴史に「もしも」はないけど、蘇我氏政権が続いてたらどうなってたか気になるわ
159:名無しのJ民
中華思想に染まって、日本が属国になってた可能性も?
161:名無しのJ民
それは言い過ぎやろ
蘇我氏は日本の独立を保とうとしてたはず
163:名無しのJ民
外交上手だったわけだし
うまくバランス取ってたんじゃないか
164:名無しのJ民
なんかこのスレ、歴史の授業みたいになってて草
165:名無しのJ民
おんJ民、歴史詳しいニキ多すぎやろ
166:名無しのJ民
大学の先生かな?
170:名無しのJ民
結局、蘇我氏の横暴は正当防衛だったのか、ただの権力欲だったのか
174:名無しのJ民
両方の側面があるってことやろ
単純に割り切れないのが歴史の面白いところ
177:名無しのJ民
正当防衛ではないが、当時の情勢を考えれば一定の合理性はあった、ってとこか
180:名無しのJ民
まあ、入鹿がやらかさなければ、もう少し長く政権維持できたかもしれんのにな
181:名無しのJ民
歴史のifを語りだしたらキリがない
182:名無しのJ民
蘇我氏の功績は大きいけど、その末路は自業自得ってことでファイナルアンサー?
183:名無しのJ民
それが一番しっくりくるな
184:名無しのJ民
サンキュー歴史ニキ
色々勉強になったわ
185:名無しのJ民
はえ~
186:名無しのJ民
とりあえず山背大兄王一家殺害は擁護できんわ
あれはアウト
187:名無しのJ民
結局、権力闘争って誰も幸せにならんのやな
191:名無しのJ民
歴史のロマンとか言ってる場合ちゃうな
泥沼や
192:名無しのJ民
でもその泥沼から日本の骨格が作られたんだからすごいことだよ
195:名無しのJ民
そう考えると、蘇我氏も日本の礎を築いた一人ではあるな
199:名無しのJ民
スレタイの問いに対する直接の答えは「ノー」だけど、彼らの果たした役割は「イエス」って感じか
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