1:名無しのJ民
ぐうわかる
政子の演説もあれだし、子孫にまでってのがデカかったんやろな
4:名無しのJ民
実際あの時代に子孫まで約束とか破格すぎるわな
普通に一代限りとかがザラやろ
7:名無しのJ民
ワイ後鳥羽上皇、愕然
11:名無しのJ民
まあそりゃそうよ
上皇は恩賞くれる約束できる立場じゃないしな
鎌倉幕府はちゃんと見返り約束できるから強い
15:名無しのJ民
これって「幕府は実力行使できる集団だけど朝廷はできんから信用ない」って話?
18:名無しのJ民
まさにそれ
朝廷には御家人を食わすだけの実力がもうなかった
21:名無しのJ民
幕府側はマジでこの一件で「武士の政権」としての地位を確立した感ある
23:名無しのJ民
恩賞はまあそうなんだけど、当時の御家人たちの「土地に縛られる」価値観も大きいわな
土地が全てって時代やし
25:名無しのJ民
上皇さん、貴族のノリで「ワイの言うこと聞けや!」言うてもそりゃあかんわな
29:名無しのJ民
後鳥羽院は完全に時代見誤ったな
武士をなめすぎた
31:名無しのJ民
政子「頼朝公のご恩を忘れたのか!」
御家人「うおおおおおおお!!!」
35:名無しのJ民
そらそうよ
家のため、血筋のために戦う時代やからな
子孫まで保証って言われたら命張るわ
39:名無しのJ民
今の会社で「お前の子孫まで定年保証な!」って言われたら残業代タダでも働くわ
40:名無しのJ民
↑これマジで言い得て妙
44:名無しのJ民
現代の我々の感覚だと「え?子孫まで?」ってなるけど、あの時代なら人生最大のモチベーションやろ
45:名無しのJ民
結局、後鳥羽院って何がしたかったん?
幕府が邪魔だったん?
47:名無しのJ民
邪魔だったし、自分こそが日本のトップであるというプライドがあったんやろ
でも実権は武士が握ってたから、そのギャップに耐えられなかったというか
48:名無しのJ民
幕府も幕府で、源氏の将軍が絶えて「もう頼るべき源氏はいねーから!」ってタイミングで煽り散らしたからな
そりゃ反撃するわ
51:名無しのJ民
言うて将軍絶えたのは幕府側も痛手やったやろ
それを北条がうまいこと転換したのがすごい
52:名無しのJ民
北条政子の演説、あれはガチでレジェンド
御家人たちの心を鷲掴みにした
53:名無しのJ民
現代で例えるなら、会社の社長が急死して、社長夫人が社員に「あなたたちの家族のために、会社を守ろう!」って演説する感じ?
55:名無しのJ民
↑結構近いかもなw
でも夫人は権力ないからな
政子には権力あったけど
59:名無しのJ民
てか、御家人ってそんな幕府に不満あったんか?
不満あったからこそ子孫への恩賞で釣れたみたいな言い方もできる?
61:名無しのJ民
不満がないわけではないやろ
戦国時代みたく裏切りが日常茶飯事じゃないだけで、そりゃあ人間だもの
62:名無しのJ民
北条が実権握りすぎって不満はあったと思うよ
だからこそ、ここで裏切ったら全部終わりってのを明確にした
66:名無しのJ民
政子が「朝廷の命令に従うか、幕府のために戦うか、よく考えろ」って言ったのがミソやね
ちゃんと選択肢を与えて、選ばせた形
70:名無しのJ民
ワイなら速攻で幕府側につくわ
だって朝廷側は具体的な見返りないもん
71:名無しのJ民
後鳥羽院側についた武士もいたわけでしょ?
彼らってどうなったん?
74:名無しのJ民
当然、所領没収とか処罰されたで
悲しいけどこれが現実
77:名無しのJ民
まあ、恩賞目当てってのは否定できない事実やな
でもそれが当時の「正義」だったんやからしゃーない
78:名無しのJ民
御恩と奉公のシステムが完璧に機能した事例よ
81:名無しのJ民
ワイが幕府を擁護する立場なら、あの演説の前に密約で「勝ったらお前の子孫まで安泰な」ってやってる気がする
85:名無しのJ民
密約なんてしなくても、御家人制度自体がそういうもんやからな
頼朝からの御恩と、それへの奉公
それが途切れるのが一番怖いことや
86:名無しのJ民
結局、朝廷が「お前ら武士どもは下賤な奴ら」って見下してたのがあかんかったんやろ
武力だけは頼るくせに、実力は認めないみたいな
87:名無しのJ民
それな
「ワイらは支配者層」って貴族様は思ってたんやろうけど、世の中はもう武士が回してた時代だったっていう
89:名無しのJ民
戦後、幕府は朝廷の権限をさらに制限して、西国にも守護を置いて支配を強化したよな
承久の乱は鎌倉幕府の全盛期をもたらしたとも言える
90:名無しのJ民
てかあの乱、朝廷側が完全に舐めプしてたよな
「京都に武士が集まってきたやべー!」って慌てた時にはもう遅い
92:名無しのJ民
そうそう
後鳥羽上皇「兵を集めろ!」
側近「え?どこから?」
後鳥羽上皇「知らん!そこら辺の武士どもを呼んでこい!」
みたいなノリだったらしいからな
94:名無しのJ民
京都の治安も悪かったらしいし、武士が普通に横暴だったりしたんだろう
それで貴族は「何とかせんと!」と思ったのかもしれん
98:名無しのJ民
後鳥羽院は文化人としては超優秀だったらしいけど、政治家としては無能だったな
100:名無しのJ民
和歌とかめちゃくちゃ上手かったんやろ?
でも戦は下手くそだったという
101:名無しのJ民
逆に言えば、北条政子が現代まで語り継がれるレベルで有能やったってことやな
103:名無しのJ民
当時の貴族社会の価値観と、武士社会の価値観の激突やな
幕府側は武士の価値観を熟知してた
105:名無しのJ民
北条政子、女傑過ぎる
息子殺されても幕府守り抜くとか人間じゃねぇ
106:名無しのJ民
承久の乱は、日本の歴史において朝廷から武士への権力移行を決定づけた戦いやからな
すごく重要
108:名無しのJ民
これ以後、朝廷は実権を完全に失っていくんやな
112:名無しのJ民
それでも天皇制は残ったんだから、日本の文化って不思議だよな
114:名無しのJ民
権力と権威は違うってことやね
朝廷は権威の象徴として残った
118:名無しのJ民
歴史の転換点って感じやな
121:名無しのJ民
でも、これで幕府が調子乗って北条の独裁になってったのも事実
124:名無しのJ民
結果論やな
でもあの時は幕府が正解だった
127:名無しのJ民
後鳥羽院に忖度する奴が少なかったってことやろ
129:名無しのJ民
忖度って言葉も当時からあったんかな
132:名無しのJ民
「忖度」は現代の言葉だけど、人の気持ちを察して行動するって意味合いなら昔からあるやろ
133:名無しのJ民
歴史って結局「誰が得をするか」で動いてるんだなぁって痛感するわ
134:名無しのJ民
当たり前やろ
きれいごとだけじゃ国は動かん
135:名無しのJ民
なんか現代のブラック企業とホワイト企業みたいやな
ホワイト企業「君の頑張りはきちんと評価するし、子どもの代まで面倒見るで!」
ブラック企業「お前は社畜。金は出してやるから黙って働け」
139:名無しのJ民
↑例えが酷くて草
でも分かりやすい
142:名無しのJ民
いや、当時の朝廷は給料すらろくに出せないブラック企業やったんやで
幕府はちゃんと見返り用意してるホワイト企業
143:名無しのJ民
そういう意味では、承久の乱ってめちゃくちゃ合理的だったんだな
145:名無しのJ民
まあ、幕府が信用できる集団だったってのが一番デカい。
裏切ったら恩賞パーだし、朝廷側についたら命パーだし。
148:名無しのJ民
武士「給料と福利厚生がしっかりしてる方につくで」
149:名無しのJ民
武士はサラリーマンだった?
150:名無しのJ民
半グレからサラリーマンになったみたいなもんか
153:名無しのJ民
いや、当時の武士は独立自営のオーナー社長みたいなもんやで
幕府は「全国オーナーズクラブ」の会長みたいなもん
155:名無しのJ民
↑なるほど、分かりやすい
159:名無しのJ民
つまりオーナー社長が、より条件の良い商談を求めて鞍替えしたってことか
163:名無しのJ民
結果的に北条がうまくやったから美談になってるけど、一歩間違えば逆転してた可能性もあるんか?
164:名無しのJ民
可能性はゼロじゃないけど、状況的に厳しかったやろな
後鳥羽院の準備不足は致命的だった
166:名無しのJ民
朝廷側についた武士がもっと多かったらどうなってたやろな
167:名無しのJ民
それでも最終的には幕府が勝ったと思う
東国の武士団の規模が違いすぎる
169:名無しのJ民
西国にも幕府に不満持ってる武士はいたし、全くの絶望的状況ではなかったと思うが、やはり東国の武士の数は圧倒的だった。
172:名無しのJ民
鎌倉武士団、数もそうだけど練度も高かっただろうしな
175:名無しのJ民
この一件で、御家人が「天皇よりも幕府の方が偉い」って意識を持つようになったんかな
176:名無しのJ民
それは違う。天皇は依然として権威の頂点。
ただ、実質的な支配者は幕府だってことが明確になっただけ。
177:名無しのJ民
権威と権力の分離が明確になったってことやな
この構造が幕末まで続くんだからすごい
179:名無しのJ民
日本史ってこういう権威と権力の分離が多いよな
上皇・天皇と摂関家
天皇と武士政権
180:名無しのJ民
その度に力関係が逆転してるのが面白い
182:名無しのJ民
でも承久の乱が一番ドラスティックに変わった気がする
185:名無しのJ民
ほんまあの政子の演説は教科書にも載るレベル
188:名無しのJ民
政子のセリフの何がヤバいって、「頼朝公のご恩を忘れるな」って言いつつ、実際は北条家を安泰させるための演説なんだよな
192:名無しのJ民
そこが歴史の面白さやね
大義名分と本音が必ずしも一致しない
194:名無しのJ民
でも御家人側からしたら、頼朝公のご恩を無視して朝廷側につく理由もないわけやし
195:名無しのJ民
北条も源氏の血を絶やしたのは痛手やったやろ
でもそれを補って余りある統治システムと実力があったと
198:名無しのJ民
後鳥羽院がマジで哀れに見えてくるわ
202:名無しのJ民
配流先で歌詠んでたらしいから、文化人としては幸せだったのかもしれん
206:名無しのJ民
承久の乱って日本史の中ではマイナーな部類だよな?
209:名無しのJ民
いや、全然マイナーじゃないよ
高校日本史でもしっかりやるし、歴史好きにはかなり有名
213:名無しのJ民
むしろ、その後の日本の権力構造を決定づけた大事件やろ
215:名無しのJ民
源氏将軍の滅亡と北条氏の台頭をセットで考えると、まあまあ有名やね
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