1:名無しのJ民
そうなんか?キリシタン弾圧のイメージしかないわ
4:名無しのJ民
ワイも弾圧の犠牲になった可哀想な人たちの話って教わったけど
6:名無しのJ民
むしろキリスト教は口実に過ぎなくて本質は重税やで
8:名無しのJ民
は?キリスト教徒が団結したから鎮圧に苦労したんやろ
11:名無しのJ民
↑それも一理あるけどな。でも根本は支配者の圧政や
15:名無しのJ民
松倉勝家とかいうクソ代官がヤバすぎたんだろ?
18:名無しのJ民
あれはマジで地獄絵図だったらしいな
22:名無しのJ民
年貢率が異常だったって話やろ。五公五民どころか四公六民とかだったとか
25:名無しのJ民
しかも宗門改めとかでキリシタンをあぶり出すフリして財産奪ってたしな
28:名無しのJ民
はぇ~知らんかったわ
31:名無しのJ民
キリスト教徒じゃなくても反乱に加わるレベルの苛政ってことか
33:名無しのJ民
そらそうよ。仏教徒も一揆に参加しとる。キリシタンだけやなかったんやで
34:名無しのJ民
↑それどこソース?普通はキリシタン中心やろ。エアプか?
37:名無しのJ民
キリシタンじゃない人間も参加したってのは有名な話やぞ。
天草四郎自身はキリスト教徒やけど、彼の旗の下に集まったのは全員がそうじゃない
38:名無しのJ民
マジか。ワイの教科書の知識はなんだったのか
42:名無しのJ民
教科書は簡略化されてるからな。表面的な部分しか教えんのよ
45:名無しのJ民
島原の乱をキリシタン弾圧としか認識してない奴は歴史エアプって言われても仕方ない
48:名無しのJ民
うわ出たよ歴史マウントガイジ
49:名無しのJ民
でも実際、キリスト教が求心力になったのは間違いないんやろ?
50:名無しのJ民
それはそう。旗印としては強力だった。困窮してる人間に希望を与えた
54:名無しのJ民
貧困にあえぐ民衆にとって、死後の救済ってのはめっちゃ魅力的なんやろな
55:名無しのJ民
まさに「最後の審判」やね。現世はクソやけど天国はあるって信じたら戦えるやろ
56:名無しのJ民
幕府側からしたら異教徒の反乱ってことにしたかったんだろうけどな。正当化しやすいし
60:名無しのJ民
まぁ幕府的にはキリスト教徒が暴れてるって体裁の方が鎮圧しやすいわな。大義名分が立つ
64:名無しのJ民
カトリックって当時から貧しい人に寄り添うみたいなイメージあったんか?
67:名無しのJ民
あるで。困窮してる人に施しをしたり、病人を助けたりしてたから布教がうまくいった側面もあるんや
70:名無しのJ民
そっかー。じゃあ結局どっちも要因ってことか
74:名無しのJ民
重税と飢饉でギリギリの生活してた所に、キリシタン弾圧っていう精神的苦痛がダメ押しした感じやね
77:名無しのJ民
地獄の三重苦やな
80:名無しのJ民
あと、肥前松倉藩がめちゃくちゃ酷いことしてたってのも大きい
83:名無しのJ民
松倉勝家とかいうクズ中のクズ。マジでゴミ
84:名無しのJ民
しかもその松倉勝家が幕府に処罰された初の藩主なんだっけ?
86:名無しのJ民
そうそう、連座で父親の勝家も処罰されて改易になったんや。幕府もさすがに庇いきれなかった
88:名無しのJ民
幕府もさすがにヤバいと思ったんやろな。ここまで大規模な反乱は前代未聞やったし
92:名無しのJ民
まぁあんな大規模な反乱起こされたら、藩主の責任追及は必須やろ。むしろそうしないと幕府の権威が揺らぐ
94:名無しのJ民
あの乱のせいで鎖国がさらに強化されたんだよな。ポルトガル船の入港禁止とか
96:名無しのJ民
ポルトガルとの貿易も完全に途絶えたしな。儲かってたのに惜しいことした
98:名無しのJ民
出島はオランダと中国だけになったんだっけ?
101:名無しのJ民
そう。キリスト教国は締め出された。プロテスタントのオランダはセーフ
105:名無しのJ民
日本史の流れで「鎖国」って習うけど、その原因の一つとして島原の乱はデカい
107:名無しのJ民
鎖国って言うけど、実際は完全な鎖国じゃないんだよね。あれは「海禁」政策って呼ぶべきやろ
109:名無しのJ民
海外との交流が全くなかったわけじゃないってことね。限定的ながら交易は継続してた
113:名無しのJ民
四つの窓口論とかいうやつやな
116:名無しのJ民
松前口(アイヌ)、対馬口(朝鮮)、薩摩口(琉球)、長崎口(中国・オランダ)や
117:名無しのJ民
なるほどね。でもキリスト教は本当に排除したかったんやな。よっぽど怖かったんやろ
119:名無しのJ民
それだけキリスト教が持つ求心力が危険視されてたってことや。支配層からしたら脅威でしかなかった
122:名無しのJ民
宗教と政治って切り離せないんやねぇ。今もどこかの国で戦争してたりするしな
126:名無しのJ民
切り離せてる国なんて今も昔もそうないやろ。人間の営みやからね
127:名無しのJ民
てかあの戦い、幕府軍も相当苦戦したんやろ?死者も結構出たとか
128:名無しのJ民
ポルトガルから艦隊借りたりしてたレベルやからな。援軍要請したんやで
130:名無しのJ民
結局、板倉重昌が討ち死にして、松平信綱が指揮官になってから総攻撃で落としたんよな。あの板倉は無能やった
134:名無しのJ民
その時の援軍で九州諸大名も動員されたんやろ?
138:名無しのJ民
そうやで。加藤家とか黒田家とか、豊臣恩顧の大名が多かった気がする。幕府への忠誠心を見せるチャンスでもあった
139:名無しのJ民
あと鍋島藩がやたら強かったって聞くわ。有馬も頑張ったらしい
143:名無しのJ民
島津も動員されてたはず。総動員や。幕府の本気度が見える
146:名無しのJ民
原城での籠城戦とかいう地獄。食料不足と疫病でどんどん人が死んでいったらしい
149:名無しのJ民
あの城、めちゃくちゃ守り堅かったらしいな。天然の要塞だった
151:名無しのJ民
有明海に面してて、天然の要塞だったらしい。補給路も断ち切られたら終わりやけど
153:名無しのJ民
最終的に食料尽きて、疫病蔓延して内から崩れたんやろ?
155:名無しのJ民
悲惨すぎるわ…生き残ったとしても地獄やろ
157:名無しのJ民
天草四郎って結局何歳だったん?
158:名無しのJ民
16とか17とか諸説あるけど、少年だったのは確か。カリスマ少年リーダー
159:名無しのJ民
少年が指導者ってすごいな。神童扱いされてたんやろ
160:名無しのJ民
カリスマ性半端なかったんやろな。美少年だったとかいう話もあるし
164:名無しのJ民
一揆の参加者みんな死んだんだっけ?
168:名無しのJ民
ほぼ全員処刑されたで。女子供も容赦なく。首は晒された
170:名無しのJ民
えぐすぎる。そこまでやるんか。人権とかない時代とはいえ
173:名無しのJ民
徹底的な見せしめや。二度と反乱を起こさせないっていう幕府の意思表示やろ
174:名無しのJ民
島原の乱の後、キリシタンは絶滅したと思われてたけど、隠れキリシタンとして生き残った人々もいたんだよね
176:名無しのJ民
それが明治時代に再発見されるっていうドラマ。信仰ってすごい
178:名無しのJ民
潜伏キリシタンな。世界遺産にもなったし
182:名無しのJ民
長崎の聖地とか、世界遺産にもなったしな。あのストーリーは感動するわ
186:名無しのJ民
よくぞ生き残ったって感じやわ。想像を絶する苦労があったやろな
190:名無しのJ民
てか、幕府軍ってなんでそんなに時間かかったん?
192:名無しのJ民
攻城戦が苦手だったんやろ?あと当時の兵站がゴミやったし
196:名無しのJ民
あと、一揆勢が結構な数の火縄銃持ってたらしいで。農民なのに
199:名無しのJ民
元々戦国時代を経験した農民兵も多かったって話も聞く。武士と農民の区別が曖昧だった頃や
203:名無しのJ民
へー、農民でも銃使えるんか。結構練度高かったりしたんかな
206:名無しのJ民
昔の農民って割と戦闘訓練されてたからな。戦国時代なら普通や
209:名無しのJ民
百姓って普段は農作業してるけど、いざとなったら戦えるみたいなイメージあるわ
210:名無しのJ民
まぁそうやろな。武士と農民の境目も曖昧な時代やし。村を守るために戦うのは当然だった
211:名無しのJ民
でも、幕府の総力持ってしても数ヶ月もかかったのは想定外だったやろな
214:名無しのJ民
それだけ民衆の怒りが深かったってことよ。命がけで戦うしかなかったんや
216:名無しのJ民
結局、宗教が理由じゃなくて民衆が限界だったってことだよな
219:名無しのJ民
宗教はあくまで団結の道具でしかなかったと。精神的支柱や
221:名無しのJ民
そうだな。現代の社会運動とかも似たようなもんかもな
222:名無しのJ民
「〇〇を掲げてるけど、本質は生活苦」みたいな。プロ市民とか言われるやつな
223:名無しのJ民
今の政治家も昔の代官と変わらんことしてるやつおるやろ。搾取構造は変わってない
224:名無しのJ民
搾取の構造はいつの時代も変わらないってことか。悲しいけどこれが現実
228:名無しのJ民
歴史は繰り返すんやね…
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