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長谷堂城の戦いとかいう地味だけど熱い攻防www

1:名無しのJ民

あれ?長谷堂城?なんか聞いたことあるけどすぐ出てこん

5:名無しのJ民

関ヶ原の裏でやってたやつやろ?上杉と最上・伊達の

8:名無しのJ民

そうそう、関ヶ原の影に隠れてるけど、これめっちゃ面白いんだよな

10:名無しのJ民

兼続VS義光・政宗って構図やっけ

13:名無しのJ民

兼続「ワイ天下の知将、最上ごときに手こずるとかありえんやろ」

14:名無しのJ民

実際最上義光ってそんなに強くないイメージあるけど、どうなん?

17:名無しのJ民

強いぞ。キチゲェって言われてるけど有能や。

20:名無しのJ民

戦国大名としてはトップクラスやろ。ただ息子がアレやった。

24:名無しのJ民

信長に「上手に踊った」って褒められたんやろ?策士やで

27:名無しのJ民

でもこの戦いだと、最上が追い詰められて政宗が渋々援軍に来たイメージ

31:名無しのJ民

援軍来たのは長谷堂城が落とされそうになったからでしょ?

35:名無しのJ民

直江兼続の水攻め、マジでえぐいよな。あれ成功してたら最上終わってた。

38:名無しのJ民

水攻めって言っても実際は不十分やったらしいで。

39:名無しのJ民

でも城兵はみんな「もうダメだ…」って思ってたらしいし、メンタル攻撃としては有効やったんやろ

43:名無しのJ民

そこに援軍来たから士気上がりまくったんやろな

44:名無しのJ民

援軍は伊達の他に、最上家臣団の奮戦がでかい。

46:名無しのJ民

志駄義秀とかいう地味に有能な守将

50:名無しのJ民

城の守りマジでガチってたよな

54:名無しのJ民

最上義光が本当にキレ者だって分かるのが、息子を人質に出してまで伊達に援軍頼んだとこ

58:名無しのJ民

最上と伊達は昔から仲悪いからな。よく援軍来たわ

61:名無しのJ民

政宗も上杉が奥羽全土を席巻するの避けたいからな

62:名無しのJ民

でも政宗、結局は義光を助けるふりして漁夫の利狙ってたんやろ?

66:名無しのJ民

まぁ戦国武将なんてみんなそんなもんやろ

67:名無しのJ民

そして関ヶ原で西軍が壊滅した報が入ってきて、兼続が撤退決めるんや

68:名無しのJ民

そこからの兼続の撤退戦がマジで鬼がかってる

72:名無しのJ民

日本史に残るレベルの撤退戦だよな

74:名無しのJ民

殿を務めたのが前田慶次ってのがまたロマンある

76:名無しのJ民

慶次が殿ってだけでもうカッコええやん

78:名無しのJ民

慶次が殿って聞いて「うおおお!」ってなったわ。マジで強かったんかな?

79:名無しのJ民

兼続自身も殿の指揮をとってたし、冷静な判断力は半端ない

80:名無しのJ民

最上・伊達連合軍も追撃してきたんやろ?

84:名無しのJ民

追撃してきた。でも上杉軍が統制取れてて崩せなかった

86:名無しのJ民

上杉って義のイメージあるけど、戦もバリバリ強いんだよな

88:名無しのJ民

軍記物では慶次が槍一本で何十人も倒したとかあるけど、実際どうなんやろ

91:名無しのJ民

あの場面で敵の追撃を食い止めながら撤退するって、相当練度高くないと無理やろ

94:名無しのJ民

関ヶ原で西軍が負けたって情報が遅れて伝わったのが上杉にとって不幸やったな

96:名無しのJ民

いや、遅れて伝わったからこそ長谷堂城攻防に集中できたとも言える

100:名無しのJ民

もし早く伝わってたら、上杉は西上してたかもな

101:名無しのJ民

そう考えると、歴史って紙一重だよな

104:名無しのJ民

結局、長谷堂城は落ちなかったけど、上杉は領地を大幅に減らされた

106:名無しのJ民

最上義光は領地増えたんやっけ?

110:名無しのJ民

最上義光は家康に気に入られて57万石の大大名になったで

112:名無しのJ民

義光は最後の最後に大勝ちした感じか

114:名無しのJ民

義光のキチゲェエピソード聞くと、あの人ほんまに生粋の戦国武将やなって思うわ

115:名無しのJ民

妹(義姫)を殺そうとしたり、息子を疑心暗鬼で殺したり、確かにキチゲェだな

117:名無しのJ民

でもそれ全部、家のためだと思ってやってるからタチ悪い

119:名無しのJ民

戦国の世で生き残るってそういうことなんだろうな

123:名無しのJ民

戦国時代の武将って皆メンタル強すぎやろ

124:名無しのJ民

現代人があんな過酷な時代に生きてたら鬱になるわ

126:名無しのJ民

長谷堂城の戦いは、関ヶ原の裏で東北の勢力図を大きく左右した重要な戦いなんだよな

127:名無しのJ民

もっと評価されるべき

131:名無しのJ民

ワイ的には「鮭の故事」の方が印象に残ってる

132:名無しのJ民

鮭の故事?なんやそれ

135:名無しのJ民

上杉軍が撤退中に、地元の農民が鮭を差し出したけど、兼続が「これは毒が入ってるかもしれない」って言って、その農民を切り殺したって話

138:名無しのJ民

えぇ…兼続ってそんなことするんか?

142:名無しのJ民

なんかイメージとちゃうな

143:名無しのJ民

それは江戸時代の創作で、実際はそんなことなかったらしいで。上杉謙信が「戦場で敵兵から水をもらうな」って言った逸話がねじ曲がって伝わったとか

146:名無しのJ民

なるほどね、創作か。でもそういうエピソード生まれるくらい、緊迫した撤退戦だったってことやろな

149:名無しのJ民

戦国時代の逸話って盛ってるの多いからな

151:名無しのJ民

真偽不明な伝説も込みで楽しめるのが歴史の醍醐味や

154:名無しのJ民

この戦いって、上杉の殿を務めたのが慶次だけじゃなくて、兼続自身も殿の指揮を執ったってのがポイントだよな

157:名無しのJ民

つまり上杉の精鋭が総がかりで撤退を成功させたってことやな

160:名無しのJ民

最上・伊達連合軍も強かったのに追撃を振り切るとかマジでレベチ

164:名無しのJ民

あと地味に志駄義秀って人がキーパーソンだと思ってる

165:名無しのJ民

城が持ち堪えなかったら兼続はあそこまで時間を稼げなかっただろうしな

167:名無しのJ民

上杉と最上って、関ヶ原で豊臣方についた上杉を家康が潰しに来た、って認識でええんか?

170:名無しのJ民

いや、正確には家康が会津征伐のために東下した隙に、兼続が家康を挑発する書状(直江状)を送って、それに対して家康がキレた、ってのが発端

173:名無しのJ民

そして会津征伐に向かう徳川軍の背後を襲うために、兼続が最上領に侵攻した

175:名無しのJ民

なるほど、先に兼続が動いたのか。家康からすれば完全に敵やな

176:名無しのJ民

関ヶ原の本戦と同時進行で奥羽でも別の戦があったってのが面白いよな

180:名無しのJ民

天下の行く末を決める戦の裏で、奥羽の覇権を巡る死闘があったってことか

182:名無しのJ民

歴史ってほんと層が厚いよな

184:名無しのJ民

こういう地味な戦いにこそ、人間ドラマがある

185:名無しのJ民

個人的には戦国時代の地方史がめっちゃ好き

187:名無しのJ民

特に九州三国志とか、北条氏と上杉・武田の抗争とか

189:名無しのJ民

中国地方の毛利と尼子の戦いも熱い

190:名無しのJ民

長谷堂城は、最上義光が評価されるべき戦いやな

194:名無しのJ民

というか、最上義光と伊達政宗の因縁も熱い

198:名無しのJ民

伊達が助けに来た理由も、最上を助けるためというより、自分の領地を守るためだったからな

202:名無しのJ民

義光と政宗の関係はドロドロしてて面白いわ

203:名無しのJ民

政宗は東北の覇者になる気満々だったけど、家康に止められたからね

204:名無しのJ民

長谷堂城の戦いは、豊臣政権が瓦解して、徳川政権が樹立する過渡期の縮図みたいな戦いだったのかもしれない

208:名無しのJ民

この戦いがあったから、最上家は生き残り、上杉家は縮小した

209:名無しのJ民

まさに運命の分かれ道だったんだな

210:名無しのJ民

おもしろかった。みんな詳しいな

213:名無しのJ民

こういうマイナーな戦の話もっと聞きたい

215:名無しのJ民

次はどこにする? 河越夜戦とか?

218:名無しのJ民

河越夜戦もいいな! あれは北条氏康の奇襲が光る

222:名無しのJ民

それか、古代の磐井の乱とか

225:名無しのJ民

磐井の乱とか渋すぎやろwww

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