1:名無しのJ民
ほんまそれ
海渡るってだけで命がけなのに、当時やぞ
5:名無しのJ民
当時の船ってマジで丸太に毛が生えたようなもんだったんやろ?
しかも羅針盤とかねえし
9:名無しのJ民
羅針盤は中国にはあったけど、日本にはまだ来てないし、遣唐使船自体も構造がクソだったんや
外洋航海用の設計じゃねえし
11:名無しのJ民
遭難率ヤバいよな
半分以上帰ってこれないとか頭おかしい
13:名無しのJ民
しかも片道何ヶ月とかかかるし
途中で食料尽きるわ病気になるわで地獄絵図
16:名無しのJ民
まじかよ、じゃあなんでそこまでして行ったんや?
そんな価値あるもんあったんか?
19:名無しのJ民
そら当時の唐は世界の最先端やからな
文化も制度も仏教も技術も全部欲しいもんだったんやろ
22:名無しのJ民
とはいえ命と天秤にかけるもんちゃうやろ
ガチャかなんか?
24:名無しのJ民
ソシャゲで例えるなら、確率0.5%くらいのSSRキャラを天井なしで取りに行く感じやろ
しかも課金は命
27:名無しのJ民
草
うまい例えやめろ
31:名無しのJ民
空海とか最澄とか、あんなエリート中のエリートが命懸けで行ってるってのがすごいよな
34:名無しのJ民
空海はエリートどころか天才だったからな
それでも船揺られながら必死に唐語覚えてたとか鬼気迫る話や
37:名無しのJ民
当時の日本ってどれくらい遅れてたの?
39:名無しのJ民
文明レベルで言うと、唐は超大国、日本は地方の小国くらいの差はあったんちゃうかな
平安時代初期ですら、唐は国際都市やし
43:名無しのJ民
そこまでして習得した知識が、その後の日本を形作ったんやからな
当時の人たちは未来見てたんやろか
46:名無しのJ民
いや未来とかじゃなくて、当時の指導者が「うちの国ももっと発展させたい!」って純粋な向上心だったんやろ
国威発揚的な意味合いもデカい
47:名無しのJ民
でもさ、そこまでして行っても、帰ってこれない人も多かったわけでしょ?
なんのためにって思わないのかな
49:名無しのJ民
当時は仏教信仰がめっちゃ強かったから、布教のためなら死んでもいいって本気で思ってた層もいたんやろ
あと、国からの命令だから断れないとか
50:名無しのJ民
死を恐れないってのが現代人には理解できんわ
53:名無しのJ民
現代でいうと、火星に片道切符で移住しに行くくらいの感覚やろ
57:名無しのJ民
まじか火星かよ
想像したら震えるわ
61:名無しのJ民
しかも火星には高度な文明があって、そこの技術を手に入れたら地球が超発展するって言われてる状況
65:名無しのJ民
命懸けで学びに行った結果、阿倍仲麻呂みたいに帰ってこれなくなったエリートもいるしな
中国で官僚になって亡くなるまで日本に帰れなかったんだっけ
68:名無しのJ民
せやで
あの人、李白とも交流あったガチエリートや
日本に帰りたい歌残してるの切ないわ
69:名無しのJ民
唐の人が「こいつ有能だから帰したくない」って囲ったんやろな
外交官としては成功なんかもしれんけど、本人は辛かったやろ
72:名無しのJ民
ほんまそれ
でも、それが日本の国際化の黎明期なんやな
75:名無しのJ民
じゃあ遣唐使って結局、プラスだったの?マイナスだったの?
76:名無しのJ民
トータルで見れば間違いなくプラスやろ
日本の文化の基盤はほぼ唐からもたらされたものやし
漢字、仏教、律令制度、建築、医学、暦、陶芸…全部や
77:名無しのJ民
でもさ、なんであんな無謀な航海してたんだろ?
もっと安全なルートとかなかったんか?
81:名無しのJ民
当時は対馬海峡を渡って朝鮮半島から陸路で行くのが主流だったけど、新羅との関係悪化で直行便が増えたんや
85:名無しのJ民
なるほどね
政治的な理由で命懸けのルートを選ばざるを得なかったと
86:名無しのJ民
しかも直行便って言っても、東シナ海を突っ切る「南路」と、朝鮮半島沿岸を航行する「北路」があってな
南路が特にリスキーだった
90:名無しのJ民
南路は黒潮に乗って行くから早いけど、遭難したら終わりやからな
北路は遠回りやけど比較的安全
92:名無しのJ民
いや、当時の航海技術で「比較的安全」とか言われても信用ならんわ
96:名無しのJ民
当時の航海術は星とか太陽とか風向きと勘が全てや
現代のGPSもレーダーもない時代に大海原に出るとか狂気や
97:名無しのJ民
遭難した船の乗組員ってどうなってたの?
99:名無しのJ民
漂流して異国に流れ着くか、海賊に襲われるか、普通に餓死病死するかやな
運良く生きて帰れても、数年後にやっととかザラ
101:名無しのJ民
地獄やん
そんなんワイなら絶対行かんわ
103:名無しのJ民
お前は行かないだろうな、^
105:名無しのJ民
草
109:名無しのJ民
でもさ、その命懸けで得た情報や技術が、その後の日本を豊かにしたって考えると、やっぱり偉大だよな
111:名無しのJ民
そうやね
当時の日本人はリスクとリターンを冷静に計算してたのか、それとも勢いだけだったのか
112:名無しのJ民
命が安い時代としか言いようがない
114:名無しのJ民
いや、命が安かったわけじゃなくて、それ以上に「国を良くしたい」「仏教を広めたい」って想いが強かったんやろ
116:名無しのJ民
そんで唐が衰退し始めて、新羅との関係も改善しなかったから、菅原道真が遣唐使廃止を提言したんやろ?
118:名無しのJ民
せやな
もう危険冒してまで行く価値が無くなったと判断されたんや
122:名無しのJ民
道真が廃止したことで、日本独自の文化が育っていったんやから、それもまたすごいことやね
123:名無しのJ民
和風文化の発展には遣唐使の廃止が大きく寄与してるのは間違いない
もう学べるもんが少なくなったって判断は賢明だった
127:名無しのJ民
まあでも、今の日本があるのは、あの時代に命懸けで海を渡った先人たちのおかげだよな
131:名無しのJ民
ほんまそれ
先人のチャレンジ精神に感謝や
133:名無しのJ民
今の世の中、ちょっとリスクあるだけで大騒ぎなのに、昔の人は肝据わっとるわ
137:名無しのJ民
便利になりすぎたからね
当時はリスクが日常だったんやろ
138:名無しのJ民
遣唐使の船団って、何隻くらいで構成されてたの?
140:名無しのJ民
大体4隻編成が多かったらしい
それぞれ数百人乗ってたとか
143:名無しのJ民
一隻数百人!?
遭難したら被害が半端ないやん
145:名無しのJ民
船団がばらばらになったり、一隻だけ残されたりするのもよくあった話や
149:名無しのJ民
当時の船って今のタンカーみたいにデカいわけじゃないやろ?
数百人とかギュウギュウ詰めやん
150:名無しのJ民
まあ、今と違って乗船人数とかめちゃくちゃやったやろな
安全基準とかないし
153:名無しのJ民
想像を絶する過酷さやな
現代の快適な船旅とは全く違うわ
156:名無しのJ民
昔の日本人ってガッツありすぎやろ
157:名無しのJ民
逆に言えば、それだけ当時の日本には「外」を知りたいっていう欲求が強かったんやな
161:名無しのJ民
鎖国時代と比べると、古代の日本人の方がよっぽど冒険心に溢れてる
165:名無しのJ民
鎖国はまた別の文脈やろ
遣唐使は国の方針、鎖国も国の方針
167:名無しのJ民
遣唐使が廃止された後も、民間レベルでは密貿易とかで交流は細々と続いてたらしいけどね
170:名無しのJ民
そりゃそうやろ
需要があるなら誰かしらやるわな
174:名無しのJ民
でも、国が主導でそこまでやるってのがすごいわ
177:名無しのJ民
結局、リスクに見合うリターンがあったってことなんやろな
178:名無しのJ民
昔の日本人、タフすぎンゴねぇ
179:名無しのJ民
現代人が平和ボケしてるだけかもしれんけどな
180:名無しのJ民
それ言ったらおしまいだよ
182:名無しのJ民
それでも当時の人たちの勇気と好奇心は尊敬するわ
命懸けで知識を求めたんだから
186:名無しのJ民
歴史のロマンってやつやな
187:名無しのJ民
遣唐使って、日本の歴史におけるターニングポイントの一つだよね
191:名無しのJ民
間違いなくそうやな
日本文化のオリジナリティを確立する上で不可欠なプロセスだった
194:名無しのJ民
奈良時代とか平安時代初期の建築とか仏像とか見ると、やっぱ唐の影響すごいわ
197:名無しのJ民
東大寺とか唐の影響バリバリやもんな
あれも命懸けで持ち帰った技術の結晶や
200:名無しのJ民
なんかちょっと感動してきたわ
明日から仕事頑張れそう
201:名無しのJ民
お前も命懸けで仕事しろってことやな
204:名無しのJ民
それは無理
207:名無しのJ民
てか、日本の遣唐使以外に、外国から唐に派遣されてた使節団ってあったの?
210:名無しのJ民
あったで
唐は当時、周辺諸国からの朝貢使節を積極的に受け入れてた超大国やからな
朝鮮半島の新羅とか、ベトナムとか、色々来てた
212:名無しのJ民
日本の遣唐使は、その中でも結構大規模な方だったらしい
そして日本は対等な関係を求めてたから、他の朝貢国とはちょっと毛色が違った
215:名無しのJ民
へえ、日本ってプライド高かったんやな
217:名無しのJ民
国書とかでも対等意識出してて、唐からしたら「この小国が…」って感じだったらしい
218:名無しのJ民
そこが面白いとこやな
卑屈にならずに堂々としてた
219:名無しのJ民
でもやっぱり、唐から見た日本って、辺境の島国って感じだったんやろ?
223:名無しのJ民
そらそうやろ
でも日本は日本で「東の太陽が昇る国」とか言って譲らなかったんや
226:名無しのJ民
そのメンタルがすごいわ
ある意味、それが日本の外交の原点なんかもしれんな
228:名無しのJ民
命懸けの航海で得たものが、日本の精神性にも影響与えてるってことか
232:名無しのJ民
遣唐使の存在が、日本が「独自の国」としてアイデンティティを確立する上でデカかったのは間違いない
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