1:名無しのJ民
普通途中で諦めるやろあんな困難
5:名無しのJ民
ガッツがエグすぎる
8:名無しのJ民
よっぽど日本に来たかったんやな
10:名無しのJ民
当時の中国からしたら「こいつ何回死にかけてんねん」って思われてそう
13:名無しのJ民
いやいや、日本側が無理やり誘致したんやで
15:名無しのJ民
それもあるけど、鑑真自身も「仏法のためなら命惜しまず」みたいなスタンスだったらしいやん
17:名無しのJ民
失明してまで来る執念よ
19:名無しのJ民
船で遭難しまくるって今の感覚で言うと飛行機が何回も墜落するようなもんやろ
21:名無しのJ民
しかもその都度、仲間が死んでいくっていう地獄
22:名無しのJ民
何回か捕まって監禁もされてるからな
24:名無しのJ民
なんでそこまでして来ようと思ったんやろな
26:名無しのJ民
真面目な話、当時の日本って僧侶の質がガバガバだったんや
29:名無しのJ民
私度僧とかいうヤバいやつらが野放しで、ちゃんとした戒律を授けられる人間がいなかったから、聖武天皇とかが熱心に招請したんやで
30:名無しのJ民
ほう、なるほど
34:名無しのJ民
仏教界の健全化のためにってことか
37:名無しのJ民
日本の仏教が腐敗してたってこと?
39:名無しのJ民
そうそう、得度(僧になること)が超適当で、勝手に坊主名乗ってやりたい放題なやつらが多かったんや
43:名無しのJ民
今のインフルエンサーみたいなもんか
46:名無しのJ民
いや草生えるわそんなん
50:名無しのJ民
だからちゃんとした師匠から戒律を授けてもらって、まともな僧侶を育ててくれって依頼やったんやな
51:名無しのJ民
向こうからしたら「は?うちの優秀な人材をなんでそんな辺境の島国にやらなあかんねん」って感じやったんやろな
52:名無しのJ民
そりゃそうやろ、中国の方が文明が進んでた時代やし
56:名無しのJ民
でも結局鑑真は日本に帰化したんやっけ?
57:名無しのJ民
帰化というか、最終的に唐招提寺を建てて日本の戒律の基礎を築いたから、もはや日本の坊主やな
59:名無しのJ民
日本の仏教の父みたいなもんか
60:名無しのJ民
ガチで命がけのミッションだったんやな
61:名無しのJ民
失明したのも、航海中に感染症にかかったとかじゃなかったっけ
63:名無しのJ民
目に塩水とか入ったんちゃうか知らんけど
65:名無しのJ民
いや、当時の衛生環境考えたら何でもありやろ
66:名無しのJ民
結局日本には来たけど、目的は達成できたんか?
69:名無しのJ民
大成功やろ。唐招提寺で戒壇を築いて、ちゃんとした僧侶を育成した。今の日本仏教の基礎ができたと言っても過言ではない
71:名無しのJ民
あの人のおかげで日本の仏教がちゃんとした道を歩めたわけか
72:名無しのJ民
マジで偉人やん
75:名無しのJ民
日本史の授業で鑑真って習ったけど、そこまで詳しく教えてくれなかったよな
77:名無しのJ民
教科書じゃ「失明しながら来日」の一行で終わりやからな
79:名無しのJ民
その裏には何回も死にかけた壮絶なドラマがあるわけか
81:名無しのJ民
今の感覚で言うと、何回も海外からのオファーを断られまくって、それでも現地に辿り着こうとするブラック企業の社員みたいやな
85:名無しのJ民
ブラック企業草
87:名無しのJ民
仏教のブラック企業は草
89:名無しのJ民
でもそれぐらいの情熱と使命感がなきゃ無理だよな
92:名無しのJ民
当時の航海技術考えたら、よくぞ無事に来てくれたって感じやな
95:名無しのJ民
遭難しまくって、漂着先で海賊に襲われたりもしたらしいで
98:名無しのJ民
マジかよ、そんなサバイバルまでしてたのか
102:名無しのJ民
鑑真って僧侶なのに武勇伝ありすぎやろ
106:名無しのJ民
そりゃ当時の船は木造やし、羅針盤もまだ精度低いし、嵐に遭えばひとたまりもないやろ
110:名無しのJ民
しかも船は倭寇とかも使ってたから、勘違いで襲われたりもありそう
112:名無しのJ民
鑑真和上って何歳で亡くなったんやっけ?
114:名無しのJ民
確か76歳やったかな。日本に来てからも10年くらい生きたんやで
117:名無しのJ民
失明した状態で、異国の地でそんな高齢まで頑張ってたんか…
121:名無しのJ民
普通なら引退して隠居するレベルやのに
124:名無しのJ民
どんだけ体力と精神力あるねん
125:名無しのJ民
日本に来たのが66歳やったはず
128:名無しのJ民
66歳で大冒険とかレジェンドやん
131:名無しのJ民
今の66歳とか年金生活エンジョイしてるのに
132:名無しのJ民
当時の66歳はもっと老衰してたやろ
133:名無しのJ民
そんな老体で海渡るって考えられへんわ
137:名無しのJ民
日本から唐への留学僧も、命がけやったって言うしな
141:名無しのJ民
遣唐使とかも帰ってこれない人ばっかりやったし
143:名無しのJ民
じゃあ鑑真が日本に来るのも、ほぼ片道切符みたいなもんやったんやな
144:名無しのJ民
そうやね。もう二度と中国には戻れない覚悟やったんやろ
147:名無しのJ民
しかも日本に来てからも、東大寺に仮の戒壇が認められただけで、唐招提寺を建てるまでは紆余曲折あったらしいで
151:名無しのJ民
苦労の連続やな
155:名無しのJ民
結局、最初に来日要請したのは誰なん?
157:名無しのJ民
日本の僧侶が唐に留学してて、そこで鑑真に会って「日本にも戒律を伝える人が必要です!」って懇願したんや
160:名無しのJ民
日本側から強く求めたんやな
162:名無しのJ民
仏教の純粋な信仰心と、日本の仏教界を立て直したいっていう強い思いが両方にあったんやな
164:名無しのJ民
そういう経緯を知ると、唐招提寺の見方も変わるわ
167:名無しのJ民
奈良行った時に唐招提寺行ったけど、なんか渋くて地味やなって思ってたわ
168:名無しのJ民
もっと人気出てもええんちゃうか
172:名無しのJ民
地味とか言うな。あの伽藍の雰囲気は独特やろ
174:名無しのJ民
鑑真が亡くなった時に、弟子の像(鑑真和上像)を作らせたっていうのもエモいよな
177:名無しのJ民
あれが国宝なんやっけ?
181:名無しのJ民
そうやで。日本最古の肖像彫刻と言われてる
184:名無しのJ民
あれ、見るたびに「この人、ほんまに頑張ったんやなぁ」って思うわ
185:名無しのJ民
仏像なのにリアルな肖像彫刻ってのがまたすごい
186:名無しのJ民
あの像を見ると、鑑真の穏やかな表情の中に、壮絶な人生が凝縮されてるのがわかる気がするわ
189:名無しのJ民
仏像っていうか、もうほとんど人間やん
193:名無しのJ民
まさに「生き仏」って感じやな
197:名無しのJ民
鑑真の功績って、仏教だけじゃなくて、医学とか建築技術とかも伝えたことにもあるんやろ?
199:名無しのJ民
そうやで。薬草の知識とか、当時の最先端の技術も日本に持ち込んだんや
201:名無しのJ民
すごいな、ただの僧侶じゃないやん
204:名無しのJ民
まさに文化の伝道師やな
205:名無しのJ民
今の日本に、鑑真クラスの情熱を持った人おらんの?
208:名無しのJ民
日本が誇るべき偉人の一人やろ
211:名無しのJ民
そう考えると、日本の歴史って結構ドラマチックな人多いよな
214:名無しのJ民
そりゃ歴史の授業も眠くなるわ、こんな面白い話教えてくれへんもん
216:名無しのJ民
教科書はもっとそういうエピソードを盛り込むべきやな
220:名無しのJ民
もっと鑑真リスペクトせなアカンわ
223:名無しのJ民
唐招提寺、今度奈良行くことあったら絶対行くわ
226:名無しのJ民
当時の人々の信仰心と、それを支えた鑑真の情熱、マジで半端ないわ
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