1:名無しのJ民
これもう半分、太平洋戦争の予行演習だろ
4:名無しのJ民
ほんまそれ
インパールといい、日本軍の指揮官ってどうなってんの?
6:名無しのJ民
精神論でゴリ押せると思ってたアホが多すぎただけやろ
9:名無しのJ民
ソ連の機械化部隊相手にバンザイアタックとか、狂気の沙汰やで
12:名無しのJ民
だって上層部が優秀な指揮官を左遷して、イエスマンばっかり残してたから…
16:名無しのJ民
辻政信とかいう戦犯中の戦犯
18:名無しのJ民
あいつガチでヤバいやつだったよな
ノモンハンでもインパールでもヤバいムーブかましすぎ
22:名無しのJ民
独断専行が過ぎる
結局、誰が責任取ったんやあれ
25:名無しのJ民
誰も責任取ってない定期
28:名無しのJ民
当時の日本軍って兵站とか情報収集とか全部軽視して「気合でなんとかしろ」みたいなノリだったらしいな
32:名無しのJ民
気合で戦車は倒せないんだよなあ…
36:名無しのJ民
しかもソ連側のジューコフはガチ有能だったからな
相手が悪すぎた
38:名無しのJ民
ジューコフが後にベルリンを落とすんだから、そりゃ日本軍じゃ無理やろ
40:名無しのJ民
ソ連の戦車と飛行機の物量、あれは無理や
日本軍はまだ騎兵とか使ってたんやろ?
43:名無しのJ民
日本側も戦車はあったけど、ソ連の主力戦車と比べたらおもちゃレベルだったって聞いたぞ
47:名無しのJ民
いや、当時の日本戦車は決して劣ってなかったぞ
ただ運用がクソだっただけや
歩兵支援にしか考えてなかった
48:名無しのJ民
はえ〜そうなんか
でもやっぱ物量と兵站の差はデカいんやろな
52:名無しのJ民
物量もそうだが、ソ連は無線も砲兵も航空支援も連携が取れてた
日本は突撃して壊滅するまで連絡も取れないとかザラ
56:名無しのJ民
日本の通信技術が遅れてたのもあるけど、そもそも通信を軽視してたからな
「敵に聞かれるから無線使うな!」とかアホか
57:名無しのJ民
そんなアホな理由あったんか…
60:名無しのJ民
あったんだよなあ
だから伝令が敵弾に倒れて指揮系統がガタガタになる
62:名無しのJ民
ノモンハンって日本軍の損害がソ連の何倍もあったんだっけ
65:名無しのJ民
公式発表はそうだけど、実際の死傷者数はソ連もかなり多かったらしい
ただそれでも日本軍の方がはるかに酷い
68:名無しのJ民
日本軍は死んでも遺体を回収しないとか、そういうのもあったから実態把握も困難だったろうな
71:名無しのJ民
精神論と補給軽視、情報軽視
これ全部太平洋戦争でも繰り返してて草も生えない
全く学んでないやん
73:名無しのJ民
ノモンハンの戦訓を活かせなかったのが致命的
「ソ連は強い」ってのは分かったけど、その対策は全然進まなかった
75:名無しのJ民
というか関東軍が暴走して始めたのに、東京の陸軍中央が止められなかったのもアカン
77:名無しのJ民
関東軍ってなんか特殊な権限持ってたんか?
80:名無しのJ民
満州国の防衛を任されてたから、ある程度独自の判断が許されてた
でもそれがエスカレートして独走に繋がった
82:名無しのJ民
軍部内の派閥争いも絡んでたらしいで
ソ連との戦いを主戦場にしたい派閥と、中国との戦いを優先したい派閥
84:名無しのJ民
結局、満州防衛という名目でソ連に喧嘩売ってボコボコにされて、ドイツが独ソ不可侵条約結んで停戦
日本は「ドイツに裏切られた!」とか言い出したんだよな
88:名無しのJ民
いや、それは被害者ヅラやろ
外交戦略もクソもないわ
91:名無しのJ民
ヒトラーとかいう日独伊三国同盟の裏切り者
95:名無しのJ民
ドイツは自国の利益のために動いてるだけだから…
日本が勝手に期待しすぎただけや
97:名無しのJ民
ノモンハンでソ連の強さを肌で感じた関東軍は、太平洋戦争ではソ連との交戦を回避しようとした、という皮肉
100:名無しのJ民
だからシベリア出兵とか日ソ中立条約とか、ソ連との関係は複雑なんだよな
101:名無しのJ民
ノモンハンは日本軍にとって「負けられない戦い」だったけど、実際には負けまくった結果、負けを認められなかった
104:名無しのJ民
「転進」とかいう敗北を認めない用語の発祥やね
105:名無しのJ民
いや、転進はもっと後からだろ
ノモンハンのときは「撤退」とか「作戦中止」とか言ってたはず
107:名無しのJ民
とにかく、現場の兵士たちが気の毒すぎる
まともな食料も弾薬もない中で突撃させられて…
111:名無しのJ民
当時の兵士の手記読むと泣けるわ
「なぜこんな無意味な死に方をしなければならないのか」って
114:名無しのJ民
精神主義って結局、現場の兵士にだけ負担を押し付ける最悪の思想だよな
上層部は安全な場所から「突撃しろ!」って言うだけ
117:名無しのJ民
今のブラック企業と変わらんな
「気合と根性で売上達成しろ!」
121:名無しのJ民
草
確かに構造は一緒やな
124:名無しのJ民
ノモンハンを教訓にしてれば、太平洋戦争もあそこまで酷くならなかったかもな
125:名無しのJ民
いや、そもそも開戦しない選択肢を取れたはずなんや
126:名無しのJ民
それができたら歴史は変わってたろうけど、当時の日本にはもう止められない流れだったんやろな
127:名無しのJ民
軍部の暴走、情報軽視、精神主義、兵站無視
これらが全部ノモンハンで凝縮されてる感じ
129:名無しのJ民
ソ連の航空優勢もやばかったらしいな
日本軍の飛行機、全然勝てなかったんだっけ?
130:名無しのJ民
戦闘機は五分五分だったけど、爆撃機とかはソ連の方が圧倒的だった
制空権取られると地上部隊は終わりや
131:名無しのJ民
やっぱ兵器の性能差は埋められんよな
F-15と零戦で戦うようなもんやろ
135:名無しのJ民
それはさすがに言い過ぎ
当時のソ連機もそこまで傑出してたわけではない
ただ物量と運用が上手かっただけ
137:名無しのJ民
はえ~
じゃあやっぱり兵站と運用か…
138:名無しのJ民
ノモンハンってモンゴルと満州の国境紛争から始まったんだよな
142:名無しのJ民
そうそう、満州国の国境画定問題
日本側が主張する国境線と、モンゴル・ソ連側が主張する国境線が違ってて、そこを巡ってドンパチ始まった
146:名無しのJ民
なんでそんな遠い場所で日本軍がソ連と戦ってたのか、今でもよく分からんってやつもおるやろな
150:名無しのJ民
歴史の授業でもあんまり詳しくやらないもんな
日中戦争と太平洋戦争の影に隠れがち
151:名無しのJ民
でも、第二次世界大戦の初期段階で、日本とソ連がガチで戦争してたってのは知っとくべきやろ
155:名無しのJ民
この後、独ソ不可侵条約が結ばれて、日本は「裏切られた!」ってなって、北進論から南進論に切り替わるんだよな
159:名無しのJ民
ドイツがソ連と手を組んだことで、日本はソ連と戦う大義名分を失った
それが対米開戦への道を進む大きな要因の一つになった
162:名無しのJ民
そういう意味では、ノモンハン事件は太平洋戦争の遠因とも言えるな
165:名無しのJ民
日本軍の幹部がノモンハンで学んだことは「ソ連は強いから手を出さない方がいい」という皮肉な教訓
167:名無しのJ民
そのせいで、第二次世界大戦末期にソ連が参戦してきた時に、関東軍は抵抗らしい抵抗もできずに壊滅した
168:名無しのJ民
結局、最後まで精神論を捨てられなかったのが敗因やな
171:名無しのJ民
組織が悪いと、どれだけ現場に優秀な人間がいても潰されるってことやね
174:名無しのJ民
ノモンハン事件は、現代の日本社会にも通じる教訓が詰まってるわ
175:名無しのJ民
ほんこれ
責任の押し付け合いと精神論
178:名無しのJ民
無能な働き者が一番組織をぶっ壊すってやつ
181:名無しのJ民
上層部の無責任さ、現場の苦労
いつの時代も変わらんな
183:名無しのJ民
ノモンハンで学ばなかったからインパールとかガダルカナルとかやらかしたんやで
185:名無しのJ民
学ばない組織は滅びる
まさにそれ
189:名無しのJ民
でも当時の軍人たちも、みんながみんな無能だったわけじゃないやろ?
真面目に日本のためを思ってた人もいたはず
190:名無しのJ民
それはそうやろな
でも、その真面目さが悪い方向に行ったり、組織の中で声を上げられなかったりしたんやろ
194:名無しのJ民
空気を読む文化の弊害やな
197:名無しのJ民
ノモンハンはまさに「失敗から学べなかった歴史」の典型例やと思うわ
200:名無しのJ民
結局、この事件で一番可哀想なのは前線で突撃させられた兵士たちや
202:名無しのJ民
ワイもそう思うわ
犠牲者の冥福を祈るしかない
203:名無しのJ民
このスレ見てちょっと勉強になったわサンガツ
207:名無しのJ民
はえ~
歴史って奥深いな
209:名無しのJ民
ノモンハン事件について、もっと調べてみるか
211:名無しのJ民
ノモンハンは現代日本の組織論の教科書にもなりそう
215:名無しのJ民
組織の病理って感じやな
218:名無しのJ民
また歴史のスレ立ててくれや
面白かった
220:名無しのJ民
イッチ乙やで
224:名無しのJ民
乙やで~
226:名無しのJ民
ノモンハン事件、これマジでヤバイ話だよな
230:名無しのJ民
第二次世界大戦で日本がソ連と直接ドンパチやってたって事実、もっと知られてもいいと思うわ
234:名無しのJ民
まさに隠れた戦史やな
237:名無しのJ民
辻政信のクズっぷりも再評価されるべき
238:名無しのJ民
クズは再評価しなくていいです
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