1:名無しのJ民
まじでヤバい。全国に寺建てまくるとか正気の沙汰やない。
5:名無しのJ民
当時の土木技術で全国津々浦々にお寺とか、スケールデカすぎて草
7:名無しのJ民
税金どんだけ使ったんやろな
11:名無しのJ民
今の公共事業も真っ青やろ
12:名無しのJ民
国分寺って聞くと奈良の東大寺が有名だけど、全国に建てられたってのがミソよな
16:名無しのJ民
あれって結局何がしたかったんや?
17:名無しのJ民
鎮護国家やろ。仏教の力で国を守ろうとしたんやで
20:名無しのJ民
なんか天皇が病気だったからとか、世の中が乱れてたからとか聞いたことあるわ
23:名無しのJ民
どっちもや。天然痘とか飢饉とか災厄続きで、天皇も病弱やったから、仏教にすがったんや
25:名無しのJ民
当時の民衆からしたら、宗教の力で救われるって信じてたから、まあ、そういう方向になったんかな
26:名無しのJ民
でもさ、その寺建てるために駆り出された民衆はたまったもんやないよな
29:名無しのJ民
強制労働やろ?現代で言えばブラック企業も真っ青なレベル
32:名無しのJ民
全国に大仏作らせたのも聖武天皇だっけ?
35:名無しのJ民
せやで。東大寺の大仏も聖武天皇の時代や。セットやね
38:名無しのJ民
なんでそこまで仏教に傾倒したんやろな
39:名無しのJ民
政治が不安定で、疫病蔓延して、人心荒廃してたから、精神的な拠り所が必要やったんやろ
40:名無しのJ民
あと、貴族同士の権力闘争も激しかったしな
44:名無しのJ民
今で言うたら、全国にワクチン工場建てまくって、ついでに巨大なモニュメントも作るみたいなもんか?
48:名無しのJ民
例えが分かりやすいけど、ちょっと違う気もするなw
49:名無しのJ民
国分寺って、各令制国ごとに一つずつ建てられたんやろ?
50:名無しのJ民
そうそう。男僧の国分寺と、女尼の国分尼寺がセットでな
52:名無しのJ民
尼寺も建てたのは意外と知られてないよな
56:名無しのJ民
尼寺の方は規模が小さかったんやっけ?
60:名無しのJ民
せやな。尼寺は国分寺に比べて規模も小さかったし、維持も大変やったみたいや
64:名無しのJ民
当時の建設技術ってどんなレベルやったんやろ
65:名無しのJ民
丸太を運ぶだけでも大変そう
66:名無しのJ民
現代の重機とかユンボとかない時代やで。人力しかない
67:名無しのJ民
大仏とか、木を組むだけでも相当な職人技やろな
71:名無しのJ民
当時の大工とか、今でいうスーパーゼネコンの職人レベルやろ
73:名無しのJ民
全国に資材運ぶだけでも大変そうやな。物流どうなってたんや
77:名無しのJ民
そらもう人夫が担いで山越え谷越えやろ
78:名無しのJ民
川とか使って運んだりもしたんやろな
82:名無しのJ民
材木は山から切り出して、船で運べる所は運んで、そこからまた人力や
84:名無しのJ民
なんかそういうの見ると、古代人も結構頑張ってたんやなって思うわ
88:名無しのJ民
今の寺院がその国分寺の跡地だったりすることもあるんやろ?
90:名無しのJ民
あるある。国分寺は廃れても、その跡地に別の寺が建ったり、地名として残ったりしてる
91:名無しのJ民
例えば、武蔵国分寺跡とか、今でも史跡として残ってるな
95:名無しのJ民
結局、このプロジェクトって成功やったんか?
96:名無しのJ民
長期的に見れば、地方への仏教文化の伝播と、中央からの支配体制の強化には繋がった面もある
99:名無しのJ民
でも、維持費がハンパなくて、国庫を圧迫したのは間違いない
102:名無しのJ民
坊主がめちゃくちゃ増えて、なんか政治に口出しし始める原因にもなったんやろ?
106:名無しのJ民
そうやね。仏教勢力が力持ちすぎて、後に平安遷都の原因の一つにもなったと言われとる
108:名無しのJ民
東大寺とか、まじで金食い虫やもんな
111:名無しのJ民
大仏造立に莫大な費用がかかったし、その後の維持も大変やったからな
112:名無しのJ民
聖武天皇って、メンタル弱かったんかな
113:名無しのJ民
病気や災害続きで精神的に追い詰められてたのはあるやろな。でも、それを乗り越えようとした結果があの巨大プロジェクトなんやから、ある意味すごい
114:名無しのJ民
メンタル強いのか弱いのか分からんな
116:名無しのJ民
今の感覚だと、莫大な税金投入して意味わからんもん作ってる印象しかないわ
117:名無しのJ民
まあ、当時の人にとっては「国を守る」ための最重要インフラやったんやろ
120:名無しのJ民
ワイらの感覚では理解しにくい、信仰心がベースにあったんや
124:名無しのJ民
この時代にタイムスリップしたら、ワイらも駆り出されるんかな
126:名無しのJ民
間違いなく駆り出されて、過労死するやろな
128:名無しのJ民
もしくは逃亡して山賊になるか
129:名無しのJ民
なんか、国分寺建立って、聖武天皇の個人的な「俺の夢」みたいな側面もあるんかな
132:名無しのJ民
仏教への深い帰依もあったし、そういう側面もゼロではないやろな
134:名無しのJ民
でもそれだけじゃなくて、国家の安定という大義名分があったからこそ、あそこまで実行できた
135:名無しのJ民
今で言うと、全国にタワマン建てまくるとか、全国に高速鉄道網張り巡らせるとか、そういうレベルのプロジェクトやろ
137:名無しのJ民
しかも全部手作業でな
139:名無しのJ民
現代なら談合とか利権とかで建設業者がウハウハやろな
142:名無しのJ民
当時も当然そういう「利権」みたいなもんはあったんちゃう?
144:名無しのJ民
そりゃあったやろ。資材調達とか人夫の差配とか、甘い汁吸った奴はいくらでもいたはず
145:名無しのJ民
仏教界も一枚岩じゃなかったし、寺同士の勢力争いもあったやろ
148:名無しのJ民
そういう生々しい部分も歴史の面白いとこよな
150:名無しのJ民
国分寺って、地方の文化レベルを上げるのにも貢献したんかな?
152:名無しのJ民
間違いなく。中央の文化や技術が地方に伝わる拠点にもなったし、僧侶や職人が行き来することで交流も生まれた
153:名無しのJ民
地方の役人とか、国分寺の僧侶から教養を学んだりしたんやろな
155:名無しのJ民
今の都道府県庁みたいなもんか
159:名無しのJ民
いや、もうちょっと宗教色が強い公共施設やな
161:名無しのJ民
当時は寺院が学校の役割も兼ねてたりしたから、教育機関としての側面もあったんやで
165:名無しのJ民
すげえな。ただのお寺じゃなかったんやな
169:名無しのJ民
なんか、聖武天皇が「俺はもう出家するわ」って言って、娘に譲ったのもこの辺りの疲労からきてるんかな
170:名無しのJ民
出家して、大仏開眼供養の時には自ら筆を取ったりしてるからな。相当入れ込んでた
172:名無しのJ民
結局、この国分寺プロジェクトって、後世にどんな影響を与えたんやろ?
176:名無しのJ民
律令制の衰退と共に国分寺自体は力を失っていったけど、その後の地方寺院の発展の基礎になったり、地方文化の種を蒔いたのは確かや
180:名無しのJ民
そして何より、東大寺の大仏は現代まで残ってるもんな。シンボルとしては大成功やろ
183:名無しのJ民
なんだかんだで、すごいことやったんやな
184:名無しのJ民
無駄遣いって言われることもあるけど、それだけじゃ片付けられへん歴史の重みがあるわ
187:名無しのJ民
ま、今の日本に全国規模で何か建てまくるプロジェクトなんて無理やろなぁ
190:名無しのJ民
今の日本に聖武天皇みたいなリーダーはおらんやろ
193:名無しのJ民
というか、今の時代に全国に寺建てられても困るわ
194:名無しのJ民
草
195:名無しのJ民
でもさ、こうやって現代まで語り継がれてるってのが、やっぱりそのプロジェクトの偉大さを示してるよな
196:名無しのJ民
歴史って面白いわ
199:名無しのJ民
ワイも国分寺巡りでもしてみるか
200:名無しのJ民
いい趣味やな。意外と跡地が残ってたり、当時を偲ばせるものが近くにあったりするから面白いぞ
203:名無しのJ民
地元の国分寺跡地行ってみるわ
204:名無しのJ民
国分寺って聞くと、なんか古代ロマンを感じるわ
207:名無しのJ民
結局、国の財政は逼迫したけど、文化的には豊かな時代だったと言えるんかな
211:名無しのJ民
そうやね。天平文化っていう、仏教を基盤とした国際色豊かな文化が花開いた時代でもあるからな
212:名無しのJ民
まさに歴史のダイナミズムや
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