1:名無しのJ民
教科書読んでも全く頭に入ってこないんやが
5:名無しのJ民
あれマジで意味不明だよな
結局誰が勝って何が変わったのかもわからん
7:名無しのJ民
東軍西軍ってネーミングもなんかモヤッとする
プロ野球チームかよ
11:名無しのJ民
ワイ「応仁の乱?室町幕府が弱体化したんやな」
ここまでしか理解できん
14:名無しのJ民
京都が焼け野原になったってことしか覚えてないわ
17:名無しのJ民
足利義政が趣味に走ってたからやろ
将軍がやる気ないんだからそりゃぐちゃぐちゃになるわ
20:名無しのJ民
細川勝元と山名宗全の私闘に周りが巻き込まれただけちゃうんか?
22:名無しのJ民
しかもその二人、途中で死んでるんだろ?
残された連中「え、まだ続けるの?」みたいな感じだったんかな
23:名無しのJ民
むしろ死んでから惰性で続いたのがヤバい
26:名無しのJ民
畠山と斯波の家督争いがこじれたところに、周りの大名が便乗して代理戦争になったんだよな
29:名無しのJ民
当時の公家とか武士って暇だったんか?
33:名無しのJ民
いや暇ってわけじゃないけど、中央の権力が弱まると地方の連中が勝手にゴタゴタし始めるのは歴史の常や
36:名無しのJ民
京都のど真ん中で10年戦争とか頭おかしいやろ
今でいうと東京駅前で自衛隊がドンパチしてるようなもんやぞ
40:名無しのJ民
草
それは草
43:名無しのJ民
当時の京都民どんな気持ちだったんやろな
「またあの人ら争い始めたわ…」みたいな?
45:名無しのJ民
いや「また」どころか10年やぞ
引っ越しもできずに地獄やったろ
46:名無しのJ民
結局、室町幕府の求心力が地に落ちて、守護大名が戦国大名に変わっていくきっかけになったってのが一番デカい影響やろ
50:名無しのJ民
戦国時代のプロローグやね
53:名無しのJ民
応仁の乱は戦国時代の開幕戦であり、室町幕府の終焉を告げるゴングだった
56:名無しのJ民
それっぽく言ってみたけど、ゴングのくせに10年鳴りっぱなしとか意味わからん
57:名無しのJ民
ゴング鳴らしすぎてゴング自体が壊れたんやろ
60:名無しのJ民
草
それな
61:名無しのJ民
戦後処理も何もないまま自然消滅したってのがほんま闇深い
62:名無しのJ民
戦国時代って応仁の乱でボロボロになった京都をスルーして、地方で各々戦い始めたんやろ?
63:名無しのJ民
そうそう。幕府の権威なんて誰も信じなくなったから、地方の有力者が「俺が天下取るわ」ってやり始めた
64:名無しのJ民
つまり応仁の乱がなければ、信長も秀吉も家康も出てこなかった可能性が微レ存?
66:名無しのJ民
いや、遅かれ早かれああなってたと思うわ
室町幕府のシステム自体に無理があったんやろ
将軍家が有力守護をコントロールしきれてなかった
69:名無しのJ民
幕府の権威が地に落ちたってのはわかるけど、なんであんなに泥沼化したんやろ
途中で「もうやめへん?」ってならんかったんか
70:名無しのJ民
途中でボス死んでんのに続けるとか草生えるわ
72:名無しのJ民
多分、各々の利権が絡みすぎて、誰か一人が「やめよう」って言っても止められなかったんやろ
引き際を見失った典型例
73:名無しのJ民
ワイの会社の上司みたいやな
75:名無しのJ民
それは草
77:名無しのJ民
戦い方もダラダラしてて、決戦とかじゃなくて小競り合いがずっと続いてた感じやろ?
79:名無しのJ民
そうそう。籠城戦とかならまだしも、ゲリラ戦みたいなのが京都のど真ん中で10年間
80:名無しのJ民
応仁の乱は「戦国時代はもうすぐそこまで来てますよ」っていうサインだったんやな
84:名無しのJ民
細川勝元と山名宗全の対立は、将軍家を巡る利権争いと、守護大名間の勢力争いが複雑に絡み合った結果やな。畠山家や斯波家の家督争いが引き金になったけど、結局は中央権力の弱体化が根本原因。
87:名無しのJ民
ほー、真面目なレス助かる
88:名無しのJ民
義政が銀閣寺建ててる間に京都燃えてたってマ?
90:名無しのJ民
建て始めたのは乱の後やけどな。乱の最中や直後はめちゃくちゃな状況だったから、再建とか復興よりも自分の趣味に走ったのは事実。
93:名無しのJ民
マジかよ義政最低だな
97:名無しのJ民
でもそのおかげで、今の我々が銀閣寺を見れるんやで?
99:名無しのJ民
草
ポジティブすぎるやろ
101:名無しのJ民
応仁の乱って、今の政治家が誰かの足を引っ張り続けて国会が機能しないみたいなもんか?
103:名無しのJ民
規模が違いすぎるわw
国会で10年間ドンパチやられたらたまったもんじゃない
105:名無しのJ民
応仁の乱のせいで、地方に文化が拡散したって側面もあるで
京都から地方に公家や文化人が逃げて、それぞれの地方で新しい文化が花開いたりした
109:名無しのJ民
ポジティブな側面もあるんやな
110:名無しのJ民
まあ、結果的にそうなっただけで、当時は悲惨やったろうけどな
112:名無しのJ民
なんか応仁の乱って、現代のSNSの炎上案件が10年続いて鎮火しないみたいなもんやな
誰も収拾つけられず、最終的にみんな疲れて離脱するみたいな
116:名無しのJ民
それめっちゃ的確な例えやな
119:名無しのJ民
「結局何だったんだ?」ってなる感じも似てる
123:名無しのJ民
応仁の乱の始まりを予言した人とかおらんかったんか?
124:名無しのJ民
予言はともかく、当時の知識人の中には「これはヤバいぞ」って察してた人はいたはず
だけど止められなかった
126:名無しのJ民
止められないのが室町幕府の末期状態なんやろな
129:名無しのJ民
将軍の足利義政は政治から逃げて趣味に没頭、細川勝元と山名宗全は個人的な感情と権力欲で突っ走る。
畠山・斯波の家督争いはあくまできっかけで、室町幕府の構造的欠陥が噴出したのが応仁の乱。
133:名無しのJ民
なるほど、要するに「お偉いさんたちが全員無能だった」ってことか
135:名無しのJ民
あながち間違いではない
138:名無しのJ民
応仁の乱、別名「史上最大の無駄骨」
141:名無しのJ民
ワロタ
143:名無しのJ民
この乱のせいで、日本史の年号覚えるのめんどくさくなったわ
144:名無しのJ民
応仁の乱って結局、室町幕府が死んで戦国時代が生まれたってことだけ覚えておけばええんやな
146:名無しのJ民
そう、それで完璧
深掘りすると沼やからな
149:名無しのJ民
沼すぎて当時の人も「もうええわ」ってなったんやろな
153:名無しのJ民
応仁の乱で一番得したのって誰なんやろ?
157:名無しのJ民
多分、地方で力をつけてた守護大名たちじゃない?
中央のゴタゴタ見て「チャンスや!」ってなった奴ら
159:名無しのJ民
信長とか秀吉とか出てくる頃には、応仁の乱の記憶も薄れてたのかな
161:名無しのJ民
当時は資料も少ないし、地方の人にとっては京都の遠い話やったかもしれんな
165:名無しのJ民
でも京都が焼けたって話は、当時の人にとっては結構衝撃的やったはずやで
文化の中心やったからな
168:名無しのJ民
応仁の乱で焼けた神社仏閣、どれくらいあったんやろ
文化財の損失も計り知れないな
170:名無しのJ民
ほとんど焼失したらしいで
だから応仁の乱以前の京都の資料って結構少ないんや
172:名無しのJ民
うわー、それは悲しいな
176:名無しのJ民
応仁の乱がなければ、日本史はもっと平和だったんかな
178:名無しのJ民
いや、戦国時代は避けられなかったと思うわ
応仁の乱はそのトリガーに過ぎない
179:名無しのJ民
つまり応仁の乱は「室町幕府がもうダメです」って全国に知らせるための大イベントだったってことか
182:名無しのJ民
壮大な告知イベントやな
185:名無しのJ民
10年かけて告知するなや
187:名無しのJ民
これ、東軍西軍の旗とかってあったんかな?
191:名無しのJ民
あったで。ただ、途中で寝返りとかも多かったから、今日の味方は明日の敵みたいな
194:名無しのJ民
まるで最近の政党みたいやな
195:名無しのJ民
それは草
198:名無しのJ民
応仁の乱を研究してる学者さんって、どんな気持ちで史料読んでるんやろ
「この人ら、アホやな…」って思ってそう
199:名無しのJ民
いや、彼らも必死だったんや
それぞれの立場や利権があったんや
203:名無しのJ民
当時の公家の日記とか見ると、将軍の無能っぷりとか、戦の理不尽さとか、結構リアルに書いてあるらしいで
207:名無しのJ民
「今日もまたどこかで火の手が上がった。嘆かわしいことなり」みたいな?
208:名無しのJ民
そんな感じやろな
212:名無しのJ民
応仁の乱、結局は権力闘争の末路ってことやな
214:名無しのJ民
そう、その縮図が京都のど真ん中で10年間繰り広げられたと
215:名無しのJ民
応仁の乱で滅亡した家とかあるんか?
218:名無しのJ民
直接滅亡したわけじゃないけど、大打撃を受けて没落した家はいっぱいあるで
逆にこの乱で力をつけた家もいる
219:名無しのJ民
結局、歴史は繰り返されるってことやな
222:名無しのJ民
応仁の乱は、現代の日本社会が抱える問題の縮図とも言えるかもしれない。
中央集権の機能不全、利権争い、リーダーシップの欠如、そしてその結果として長期化する混乱。
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