1:名無しのJ民
あれだけ強かったのに、なんで急にUターンしたん?
ポーランドとかハンガリーとかボコボコにしてたやん
3:名無しのJ民
オゴタイハーン死んだからやろ
後継者争いでみんな帰ったんや
6:名無しのJ民
それよく言われるけど、ガチでそれだけの理由なんか?
ヨーロッパってなんかモンゴルにとって魅力なかったんか?
10:名無しのJ民
魅力とかじゃなくて、単に「西の果て」って認識やったんちゃう?
ルーシ征服が主目的で、それ以上は別にええやって
13:名無しのJ民
まあでも、あのまま行ってたら今のヨーロッパなかったかもしれんのやろ?
歴史のifってやつやな
17:名無しのJ民
歴史とかいうクソゲーのチートキャラだったモンゴルが自滅したみたいなもんやな
18:名無しのJ民
オゴタイハーンの死はでかいよ
モンゴル帝国って皇帝死んだら一回全軍撤退して、後継者会議するのが慣例やったから
21:名無しのJ民
でもさ、それって「皇帝死んだから一旦帰るわw」って言われて、将軍たちが「へい、かしこまり!」って素直に帰るもんかね?
そのまま占領した土地に居座るとか、反乱とか起きなかったんか?
22:名無しのJ民
それが起きないのがモンゴルの統制力や
チンギス・ハーンの時代から引き継がれてる規律の厳しさよ
25:名無しのJ民
規律以前に、一族の者が皇帝になる権利あるから、みんな我先にと帰って会議出たいんやろ
自分にもチャンスあるし、出遅れたら損やん
28:名無しのJ民
草
結局自分の出世のためかよ
29:名無しのJ民
そらそうよ
戦場で手柄立てるより、内政で偉くなる方が楽やし
31:名無しのJ民
じゃあ、オゴタイハーンが死ななかったら、ヨーロッパはモンゴルに支配されてたんか?
32:名無しのJ民
さすがに無理やろ
ヨーロッパって城塞都市多すぎやし、森林地帯も多いから騎馬民族には向かん
33:名無しのJ民
ポーランドとかハンガリーの平地はボコボコにできたけど、フランスとかドイツの山がちな地形や森はアカンかったんちゃう?
36:名無しのJ民
あと補給線も限界やろ
東欧から西欧まで食料とか馬の飼料運ぶとか無理ゲーやん
39:名無しのJ民
モンゴル軍って現地調達が基本だけど、西欧は人口密度も高くないし、略奪も限界があったんちゃう?
43:名無しのJ民
それもある
それに西欧の騎士団、ガチで強かったらしいで
ポーランド・ハンガリー連合軍はボコられたけど、フランスとかの騎士団はまた別格や
45:名無しのJ民
いやいや、騎士団とか所詮重装甲歩兵やろ?
モンゴルの機動力には勝てんやろ
46:名無しのJ民
そうでもないんやで
中世ヨーロッパの騎士団って、地形利用とかゲリラ戦も得意やから
50:名無しのJ民
なんJ民「騎士とか雑魚!」←エアプ
54:名無しのJ民
ガチ勢きたな
55:名無しのJ民
実際、モンゴルもヨーロッパの城攻めには苦労したって記録がある
攻城兵器は持ち込んだとはいえ、あれだけ数を攻めるのは消耗が激しすぎる
58:名無しのJ民
じゃあ、オゴタイハーンの死は言い訳で、本当は「やべえ、これ以上西行くとやばい」ってなったんか?
61:名無しのJ民
両方やろ
撤退する大義名分が欲しかったところに、ちょうどハーンの訃報が届いたと
64:名無しのJ民
有能な言い訳やんけ
66:名無しのJ民
まぁでもモンゴル側の記録だと、ハーンの死がメインやね
他の将軍もみんな「これで帰れるわー」って内心思ってたかもしれんけど
70:名無しのJ民
モンゴルの西征の目的って、元々どこまでだったん?
世界征服とか言う割には、あんま西に興味なかったんか?
74:名無しのJ民
チンギス・ハーンの「日出る所から日沈む所まで」って言葉が有名やけど、あれは多分比喩やろ
実際は遊牧民が住める範囲とか、交易路の確保が目的だったんちゃうか
78:名無しのJ民
まあフビライ・ハーンの時代には、日本に興味持ったけどな
「おい、島国征服しに行くぞ!」って
82:名無しのJ民
文永の役、弘安の役とかいうモンゴル軍の数少ない敗北
あれも天候に恵まれただけやし
86:名無しのJ民
神風すげえな
89:名無しのJ民
ヨーロッパも神風吹かなかっただけマシだったな
もしモンゴルがガチでヨーロッパに攻め込んできたら、どうなってたんやろ
93:名無しのJ民
人口半分くらいになって、その後ルネサンスとか起きずに暗黒時代が続いてたやろなあ
97:名無しのJ民
ルネサンスとか産業革命とか、全部モンゴルが潰してた可能性あるんか
怖すぎやろ
101:名無しのJ民
モンゴルも強すぎたからな
あんな軍隊、後にも先にもないやろ
104:名無しのJ民
騎兵の圧倒的な機動力と弓術、そして通信網
現代の電撃戦の原型みたいなもんやで
108:名無しのJ民
あの通信網って何気にすごいよな
駅伝制とかいう古代のインターネット
112:名無しのJ民
ウーラ!ウーラ!って叫んでリレーしてただけやぞ
113:名無しのJ民
それを数千キロ繋げるのがすごいんやろが
現代でも大変やぞ
115:名無しのJ民
でもモンゴル帝国も、最終的には分裂したやん
あれも後継者争いが原因?
118:名無しのJ民
そうやで
オゴタイハーンの死は最初の一歩に過ぎんかった
モンゴル帝国の規模がデカくなりすぎて、一人の皇帝で統治しきれなくなったんや
121:名無しのJ民
ユーラシア大陸のほとんどを支配してたからな
そら各地で独立志向も芽生えるわ
124:名無しのJ民
カザフスタンとかウズベキスタンとか、あの辺りの国名ってモンゴルの子孫が建てた国が多いんだっけ?
127:名無しのJ民
せやで
チャガタイ・ハン国とか、イル・ハン国とか、ジョチ・ウルスとか
みんなモンゴル系や
128:名無しのJ民
じゃあ今のロシアって、モンゴルの血が流れてるんか?
132:名無しのJ民
ロシアの貴族には、結構モンゴル系の血筋が入ってるらしいで
タタールのくびきとか言われる時代があったからな
133:名無しのJ民
タタールのくびきって、そんなにひどかったん?
137:名無しのJ民
そらロシアからしたら屈辱やろ
200年以上支配されてたわけやから
139:名無しのJ民
でもそのおかげで、ロシアは中央集権的な国家になったっていう見方もある
モンゴルの統治技術を学んだって
142:名無しのJ民
モンゴル帝国って、良くも悪くも世界史にめちゃくちゃ影響与えてるよな
145:名無しのJ民
日本も元寇で、武士の時代が終わりに向かった一因になったしな
恩賞払いきれなくて御家人ブチギレたやん
146:名無しのJ民
鎌倉幕府崩壊の原因の一つやね
歴史って繋がってるんやなあ
148:名無しのJ民
で、結局ポーランドから引き返した理由は何なん?
オゴタイハーンの死がメインでええんか?
150:名無しのJ民
諸説あるけど、一番の理由は「オゴタイ・ハーンの死」やな
それに加えて、以下の要因が複合的に作用したと考えられてるで
1. 後継者問題:モンゴル帝国の慣習で、ハーンが死ぬと一族の者がクリルタイ(部族会議)に集まり後継者を決める必要があった。各将軍は自らの権益確保のため、この会議に出席する必要があった。
2. 補給線の限界:西欧は東欧に比べて人口密度が高くなく、略奪による現地調達が困難になりつつあった。また、広大な距離を安定して補給するのは困難だった。
3. 地形と気候:西欧は森林や山岳地帯が多く、騎馬民族の機動力を活かしにくい地形だった。また、冬の寒さも厳しく、東欧での戦いに比べて不利な要素が多かった。
4. 西欧諸国の抵抗:ポーランド、ハンガリーは敗れたものの、神聖ローマ帝国やフランスなどの諸侯はモンゴルの侵攻に警戒を強め、防衛体制を強化し始めていた。特に城塞都市の多さはモンゴル軍にとって大きな負担だった。
ってウィキペディアに書いてあった
152:名無しのJ民
コピペ乙
でも分かりやすい
156:名無しのJ民
結局全部やんけ!
158:名無しのJ民
複合的な要因ってやつやね
歴史ってそんな単純ちゃうねん
161:名無しのJ民
歴史学者「全部です」
162:名無しのJ民
モンゴル軍がもし撤退しなかったら、今の世界地図はどうなってたやろな
想像するとワクワクするわ
164:名無しのJ民
ワクワクするけど、確実に今よりは暗い世界になってたやろな
167:名無しのJ民
いや、モンゴルがユーラシアを統一して、その後の大航海時代とかどうなってたんやろ
モンゴル帝国が大航海時代を主導してた可能性も?
168:名無しのJ民
無理やろ
モンゴルは大陸国家やし、海に興味ないやろ
というか、そもそも海軍力もなかったし
172:名無しのJ民
日本への侵攻は、高麗に作らせた船で行っただけやしな
173:名無しのJ民
モンゴル「海?なにそれ美味しいの?」
174:名無しのJ民
海が嫌いな騎馬民族
177:名無しのJ民
でもモンゴル帝国のおかげで、東西交流が活発になったのは事実やで
マルコ・ポーロとかも行けたわけやし
180:名無しのJ民
パクス・モンゴリカってやつやな
モンゴルが支配することで、交易路の治安が保たれた時代
181:名無しのJ民
そう考えると、モンゴルって破壊と創造の神やな
183:名無しのJ民
歴史って面白いよな
たった一つの出来事が、その後の世界を大きく変えるって
187:名無しのJ民
オゴタイハーンの寿命があと10年長かったら、とか考えるだけでゾクゾクするわ
188:名無しのJ民
まあ、運命とか必然とかそういうことやろ
もしモンゴルがヨーロッパを征服してたら、それはそれで別の歴史が生まれてただけや
191:名無しのJ民
その「別の歴史」がどんなんだったか、知りたくなるのがロマンやん
192:名無しのJ民
結局、モンゴルは馬と一緒に駆け回るのが好きだったってことやろ
城とか攻めるのめんどくさかったんや
196:名無しのJ民
わかる
わかるわー
198:名無しのJ民
モンゴル「ヨーロッパの城、めんどくせぇ…」
ハーン「ちょっと疲れたから休むわ」
モンゴル「よし!帰るか!」
こんなんだったんやろ
202:名無しのJ民
ちょっと休憩がてらにポーランドボコったんか
タチ悪いな
203:名無しのJ民
当時のポーランド人からしたらたまったもんじゃないな
「は?何しに来たん?」って感じやろ
204:名無しのJ民
モンゴル「ちょっと馬の散歩がてら西行ってみたわ」
ポーランド「は?国滅ぼされたんやが?」
208:名無しのJ民
草生える
210:名無しのJ民
でもモンゴル軍って、本当に食料とかどうしてたんだろ
大軍の補給って、現代でもめちゃくちゃ大変なのに
214:名無しのJ民
基本的に略奪と現地調達や
あと、各自で乾燥肉とかチーズとか持って行ってたらしい
216:名無しのJ民
移動式の食料庫やな
馬も食料になるし
217:名無しのJ民
ひえっ…
馬かわいそう
218:名無しのJ民
戦場はそんな甘いもんやないで
222:名無しのJ民
モンゴル軍の移動速度って異常やからな
あれも補給を最小限にするためってのもあるやろ
226:名無しのJ民
そう考えると、オゴタイハーンの死は、モンゴルにとっては不幸でも、ヨーロッパにとっては幸運だったんやな
229:名無しのJ民
まさに神風やね
231:名無しのJ民
ヨーロッパの神風
232:名無しのJ民
まあ、それが歴史の面白いところやな
偶然と必然が複雑に絡み合って、今がある
読み込み中...