1:名無しのJ民
なんか聞いたことあるけど詳しく知らないわ
2:名無しのJ民
日本がロシアに喧嘩売った事件だっけ?
3:名無しのJ民
そういや皇太子が来た時に警察官がぶった斬ろうとしたやつやな
5:名無しのJ民
当時の日本、ガチで焦ったらしいな
8:名無しのJ民
マジレスすると、1891年(明治24年)に訪日中のロシア皇太子ニコライ(後のニコライ2世)が滋賀県大津市で警備にあたっていた巡査津田三蔵に斬りつけられた事件やで。
10:名無しのJ民
え、警官が?なんでや?
12:名無しのJ民
津田三蔵ってやつが急に発狂したんか?
16:名無しのJ民
そこが謎なんだよな
19:名無しのJ民
諸説あるけど、津田はロシア嫌いだったって話もある。ロシアが南下政策で日本を脅かしてると思ってたとか。
21:名無しのJ民
テロリストやんけ
25:名無しのJ民
でも相手が皇太子やろ?いくらなんでもやりすぎやろ
26:名無しのJ民
当時の国際法だと、皇族を傷つけたら宣戦布告されてもおかしくないレベルだったらしいで。
27:名無しのJ民
うわ、冷戦時代のミサイル危機みたいなもんか
29:名無しのJ民
日本政府はめちゃくちゃビビったらしいな。外務大臣とか即刻クビになったし。
31:名無しのJ民
犯人の津田は結局どうなったん?
35:名無しのJ民
そら死刑やろ。国を揺るがす大事件やし。
38:名無しのJ民
ところが、そこがこの事件の肝なんだわ。
40:名無しのJ民
まさか無罪放免とかないよな?
42:名無しのJ民
死刑は回避されたんや。これが明治憲法下の司法の独立を巡る大論争になったんやで。
44:名無しのJ民
はぇ~そうなんや
47:名無しのJ民
当時の刑法だと、皇族を殺害しようとした罪には死刑は適用されなかったんや。あくまで一般人に対する殺人未遂の扱い。
50:名無しのJ民
いやいや、皇族に対するってことで特別法とかないんか?
54:名無しのJ民
政府は皇室に対する大罪として死刑にしたかったんやけど、大審院(今の最高裁)が「法律にない罪状では裁けない」って突っぱねたんや。
56:名無しのJ民
ファ!?司法が政府に逆らったってこと?
57:名無しのJ民
そうや。当時の司法は、政府の圧力にも屈せず、法律に基づいた判断を下したんや。
58:名無しのJ民
すげえな。日本の司法って昔からちゃんとしてたんやな
60:名無しのJ民
諸外国からは賞賛されたらしいで。日本の法治国家としての成熟を示す出来事やって。
63:名無しのJ民
でも犯人は死刑じゃないにしても、どうなったんや?
65:名無しのJ民
無期徒刑(終身刑)になった。ただ、服役中に病気になってその年のうちに獄中で死んだらしい。
67:名無しのJ民
実質死刑やんけ
68:名無しのJ民
そらそうよ。精神的負担も半端なかったやろ。
72:名無しのJ民
ロシア側はこれに納得したんか?
76:名無しのJ民
そこがまた難しいところで、ロシア皇帝アレクサンドル3世(ニコライの父)は「日本の皇族に怪我を負わせた警察官を赦免する」という寛大な処置を求めたらしい。
80:名無しのJ民
え、赦免?なんで?
82:名無しのJ民
当時のロシアは日本をそこまで敵視してなかったし、日本の必死な謝罪と、司法の判断を尊重した形や。
84:名無しのJ民
聖帝かな?
88:名無しのJ民
いや、当時のロシアは国内問題抱えてて、対日強硬策を取る余裕がなかったってのもある。外交カードとして日本を味方につけたい思惑もあったとか。
91:名無しのJ民
なるほど、政治的な判断か
94:名無しのJ民
結局、日本はロシア皇太子に全力で謝罪しまくって、ニコライも「怪我はしたが、日本人の好意は忘れない」みたいな声明出してくれたんや。
95:名無しのJ民
小松宮彰仁親王が直接謝罪しに行ったんだっけ?
99:名無しのJ民
せやで。皇族を派遣して謝罪させるという異例の対応。日本の焦り具合がわかる。
102:名無しのJ民
これってロシアがブチ切れてたら日露戦争がもっと早く始まってた可能性もあったんかな
106:名無しのJ民
十分あり得る。下手したら日本滅んでたかもな。
110:名無しのJ民
ゾッとするわ
113:名無しのJ民
ちなみに、この事件の後、滋賀県知事とか警察関係者も責任取ってクビになってる。
114:名無しのJ民
そらそうよ。警備ガバガバすぎるわ。
115:名無しのJ民
でも当時の警察官って俸給も安かったし、訓練もそこまで行き届いてなかったって話もあるで。
118:名無しのJ民
津田三蔵、なぜあのタイミングで襲撃したんやろな。本当に個人的な思想だけだったんか?
121:名無しのJ民
陰謀論好きとしては、裏で何か糸を引いてるやつがいたんじゃないかと疑ってしまうわ
124:名無しのJ民
政府内の対露強硬派が津田を焚き付けたとか?
127:名無しのJ民
でもそれにしては津田個人の思想が強すぎたってのが定説やろ。
131:名無しのJ民
むしろ津田を狂信者として利用しようとした勢力がいた、って線の方がしっくりくるな
133:名無しのJ民
当時はまだ情報統制も不十分やったから、デマとか流布されやすかったやろしな。
137:名無しのJ民
この事件のせいで、天皇が東京から京都に戻る予定だったのが中止になったんだよな。
139:名無しのJ民
そうそう。外国の賓客に失礼がないようにって、東京に留まったんや。
143:名無しのJ民
それくらい明治天皇もこの事件を重く見てたってことやな。
147:名無しのJ民
ちなみに、津田三蔵が使った刀はどこ行ったんやろ?
150:名無しのJ民
津田三蔵の刀は証拠品として保管されてたけど、戦後どっかいったらしいで。
151:名無しのJ民
まじかよ、歴史的遺産やんけ
152:名無しのJ民
こういう事件って、その国の歴史の転換点になること多いよな
155:名無しのJ民
日本の近代国家としての基盤が試された事件やったんやな
158:名無しのJ民
憲法と法律の重要性を再認識した事件でもある。
159:名無しのJ民
結局、この事件で日本は国際社会からどう見られたん?
163:名無しのJ民
最初は「野蛮な国」って見られかけたけど、政府の迅速な対応と司法の独立した判断で、最終的には「法治国家」として評価された側面が強い。
164:名無しのJ民
結果オーライってやつか
166:名無しのJ民
いや、結果オーライではない。マジで一歩間違えれば戦争だったからな。
170:名無しのJ民
冷や汗もんやな
172:名無しのJ民
もしこの時、ロシアが日本に宣戦布告してたら、日清戦争とか日露戦争の歴史も全然変わってたんやろうな。
176:名無しのJ民
下手したら明治維新が水の泡になってた可能性もゼロじゃない。
179:名無しのJ民
津田三蔵一人で歴史の歯車を狂わせかけた男、か
183:名無しのJ民
津田三蔵の墓はどこにあるんや?
186:名無しのJ民
墓は滋賀県にあるらしいけど、非公開になってるらしい。
189:名無しのJ民
そらそうよ。ヘイトの対象になるやろしな。
190:名無しのJ民
この事件って、日本の教育ではあんまり深掘りされないよな。
193:名無しのJ民
教科書だと数行で終わるやつ
196:名無しのJ民
まあ、近代史のネガティブな側面やからな
200:名無しのJ民
でも、こういう事件から学ぶことって多いと思うわ。
202:名無しのJ民
国際関係の難しさとか、司法の独立の重要性とか
204:名無しのJ民
あと、一人の人間の行動が国家を揺るがすこともあるっていう教訓な。
206:名無しのJ民
現代でもテロ事件とかあるし、そういう意味では共通点あるかもな。
207:名無しのJ民
津田三蔵を祀ってる神社とかないんか?流石にないか
210:名無しのJ民
ないないw
213:名無しのJ民
津田三蔵って、もともと西南戦争にも従軍してるベテラン巡査だったんだよな。
214:名無しのJ民
え、そうなん?ただの基地外警官じゃなかったのか
215:名無しのJ民
勲章ももらってるようなエリートだったらしいで。それが突然…
219:名無しのJ民
何が彼をそこまでさせたのか、本当に謎だな
223:名無しのJ民
やっぱりロシアの南下政策に危機感を感じてた、っていうのが一番大きいんかな
225:名無しのJ民
当時の日本はまさに国を挙げて欧米列強に追いつき追い越せって必死だったからな。ロシアの脅威はリアルだった。
228:名無しのJ民
そりゃあ、日本の将来を憂うあまり、突発的に行動に出た、って考えるのが自然か。
232:名無しのJ民
それにしても、皇太子に刀を振り下ろすって、どれだけ度胸あるんやろ
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