1:名無しのJ民
マジでこれ
現代の感覚じゃ想像を絶するわ
5:名無しのJ民
遭難率ヤバすぎやろ
半分以上帰ってこないとか狂気の沙汰やで
6:名無しのJ民
現代なら労基に訴えられるレベルのブラック出張
8:名無しのJ民
しかも船がクソ雑魚なんだよな
木造のポンコツ船で荒波乗り越えるとか無理ゲー
10:名無しのJ民
はえ~
なんでそこまでして行ったん?
観光目的?
11:名無しのJ民
観光やないわアホ
仏教とか律令制度とか文化とか、そういうの学びに行ったんや
国を豊かにするために命かけてたんやぞ
14:名無しのJ民
そらお偉いさんとかエリート中のエリートが行くわけやからな
責任感も半端なかったんやろ
18:名無しのJ民
当時の技術で外洋航海とかどうやってたんだろ
羅針盤もない時代やろ?
20:名無しのJ民
星と風向きと潮の流れやろ
あと陸地伝いに沿岸航海するルートもあったけど、唐にたどり着くには外洋に出るしかないからなあ
23:名無しのJ民
地図も適当やろ
27:名無しのJ民
ワイなら絶対行かんわ
絶対死ぬもん
31:名無しのJ民
空海とか最澄とか、あんな過酷な旅路を経て偉大な功績残したって考えるとすげえわ
33:名無しのJ民
何回も遭難して、やっとの思いでたどり着いたと思ったら、唐で数年修行してまたあの地獄の帰り道とか
メンタルどうなってたんやろ
36:名無しのJ民
もう行くしかないからな
使命感と半ば諦めみたいなもんやろ
37:名無しのJ民
阿倍仲麻呂とか結局帰ってこれなかったんだっけ
悲しいなあ
39:名無しのJ民
帰ってこれなかった人の方が多かったんやろ?
42:名無しのJ民
そうやね
記録に残ってるだけでも、全滅した船団とか何回もあるし
乗員全員生きて帰れたのなんて奇跡レベルや
44:名無しのJ民
当時の船ってどれくらいの大きさだったの?
45:名無しのJ民
定員100人くらいで、長さ30m、幅8mとか言われてる
外洋航海するにはかなり心許ないサイズやな
46:名無しのJ民
今の漁船よりちっこいんやろ?
48:名無しのJ民
いや、当時の技術からしたらデカい方やろ
でも外洋を何週間も航海するには不十分やな
50:名無しのJ民
食料とか水とかどうしてたんだろ
腐敗しそう
54:名無しのJ民
干し肉とか干し魚とか干し野菜とかやろ
水も桶に入れて積んでたけど、当然腐敗するしカビも生える
58:名無しのJ民
梅干しとかあったんかな
60:名無しのJ民
まじで今の時代に生まれてよかったわ
絶対無理
62:名無しのJ民
でもこれのおかげで日本が文化的に発展したんやろ?
そう考えると感謝やな
64:名無しのJ民
もし遣唐使が行ってなかったら日本はもっと遅れてたのかな
68:名無しのJ民
確実にそうやな
仏教も律令制度も、遣唐使が持ち帰ったおかげで発展したんやから
72:名無しのJ民
現代のビジネスマンもちょっとは見習えよ
リモート会議とか文句言ってる場合ちゃうぞ
75:名無しのJ民
それはちょっと違うやろ
命の危険とリモートを同列に語るな
77:名無しのJ民
今の公務員に遣唐使やらせたら全員メンタルやられて辞めそう
80:名無しのJ民
そらそうやろ
現代人が行ったら即死やろ
82:名無しのJ民
一番ヤバいルートってどこだったっけ?
南島路とかいうやつ?
83:名無しのJ民
そうそう、南島路
東シナ海を突っ切る最短ルートだけど、その分外洋の荒波に直接揉まれるから遭難率も高かった
台風とかモロに食らうし
87:名無しのJ民
北路は沿岸伝いだから安全だったんか?
90:名無しのJ民
北路は朝鮮半島沿いだから、当時の朝鮮半島情勢によっては危険だったりした
新羅との関係悪化とかね
91:名無しのJ民
結局唐の国力とか文化が強すぎたってことやろ
93:名無しのJ民
そうやね
当時の日本は唐から学ぶことしかなかった
97:名無しのJ民
命がけで渡ったのに唐の皇帝に謁見できなかった人もいるんだよな
悲惨すぎる
98:名無しのJ民
それも遣唐使あるあるやな
日本の使節団って基本的に下の扱いだったから、待たされることも多かった
101:名無しのJ民
空海とかは待遇良かったんやろ?
102:名無しのJ民
空海は異例中の異例やな
たった2年で密教のすべてを学んで帰ってきた天才
普通は20年とかかかるからな
106:名無しのJ民
最澄も凄かったけど、空海ほどは注目されないよな
109:名無しのJ民
最澄は天台宗、空海は真言宗とそれぞれ違うけど、どちらも日本の仏教史に絶大な影響を与えた偉人や
111:名無しのJ民
なんでそこまでして唐に学びにいったんや?
日本に賢い奴おらんかったんか?
112:名無しのJ民
いや、賢い奴はいたけど、最先端の知識や技術は唐にあったからや
当時の唐は世界の中心、スーパーパワーやで
114:名無しのJ民
中国すげーな
118:名無しのJ民
そういや日本って昔から外国から学ぶのが得意だよな
遣隋使、遣唐使、明治維新の欧米視察とか
119:名無しのJ民
それが日本の強みやろ
良いものはどんどん取り入れるフットワークの軽さ
123:名無しのJ民
でもさ、半分以上死ぬのに、なんで志願する奴がいたんだろうな
124:名無しのJ民
名誉、出世、一族の繁栄、そして何より国家への忠誠心やろ
あとは純粋な知的好奇心もあったんやろな
127:名無しのJ民
あと唐で成功すれば、それこそ国宝級の人間として扱われるからな
吉備真備とかまさにそれ
129:名無しのJ民
吉備真備は優秀だったけど、帰ってきてから左遷されたり苦労も多かったんだよな
133:名無しのJ民
権力争いに巻き込まれるのは世の常やね
137:名無しのJ民
遣唐使っていつまで続いたんや?
141:名無しのJ民
894年に菅原道真の建議で停止されたな
142:名無しのJ民
なんで停止されたん?
144:名無しのJ民
唐が衰退してきて、わざわざ命かけて行くほどの価値がなくなったからや
あと日本も国風文化が発展して、独自の文化を育む時期に入ったってのもある
146:名無しのJ民
なるほどね
150:名無しのJ民
菅原道真って有能なん?
152:名無しのJ民
学問の神様やぞ
超有能やろ
156:名無しのJ民
しかし、道真が停止を建議した理由の一つには、航海の危険性の他に、当時の唐の国内情勢の不安定さがあったと言われているな。黄巣の乱とか。
157:名無しのJ民
歴史って面白いな
161:名無しのJ民
ワイも昔の偉人みたいに命がけで仕事してみたいわ
164:名無しのJ民
無理やろお前
167:名無しのJ民
現代ならNASAの宇宙飛行士の方が楽そう
171:名無しのJ民
いや、宇宙飛行士は楽ではないやろ
でも遣唐使の方がシンプルに死ぬリスクは高かったかもな
173:名無しのJ民
宇宙旅行ならまだ生きて帰れる可能性あるけど、遣唐使は運ゲーすぎたからな
175:名無しのJ民
あの時代によくそんなリスク取れたよな
178:名無しのJ民
当時の人々の精神力よ
ワイら甘えすぎや
180:名無しのJ民
まあ平和な時代に生まれただけ感謝するべきやな
182:名無しのJ民
でも昔の人は死ぬのが当たり前っていう感覚やったんかな
平均寿命も短いし
183:名無しのJ民
それもあるかもな
病気とか飢饉で簡単に死ぬ時代やし、命の価値観が今とは違うんやろ
184:名無しのJ民
遣唐使の船団って、毎回何隻かで行ってたんやろ?
185:名無しのJ民
そうやね、通常は4隻編成
1隻が遭難しても残りの船が情報を持ち帰れるように、とか複数の船で物資を分担するとか
187:名無しのJ民
それでも全滅することあるんやからな
自然の力は恐ろしい
189:名無しのJ民
遣唐使が持ち帰ったものって具体的に何があるん?
192:名無しのJ民
仏教経典、仏像、楽器、染織物、陶磁器、薬草、そして律令制度の法典や行政技術など、数えきれないな
196:名無しのJ民
漢詩とかも遣唐使が持ち帰ったんやろ?
200:名無しのJ民
せやな
阿倍仲麻呂とか吉備真備とか、唐でめちゃくちゃ優秀な漢詩人として名を馳せた人もいるし
202:名無しのJ民
そういや遣唐使廃止されてから、日本独自の文化が花開いたんやっけ
国風文化ってやつ
204:名無しのJ民
その通り
源氏物語とかも国風文化の代表作やな
205:名無しのJ民
つまり遣唐使は日本の文化の基礎を作り、そしてその役目を終えて、日本独自の発展を促したってことか
エモいな
207:名無しのJ民
遣唐使の船って、唐の船と比べてどうだったんやろ?
209:名無しのJ民
当時の唐の船(ジャンク船)は日本の船よりはるかに優れてたと言われているな
日本の船はまだ未熟だったから、荒波に弱かった
211:名無しのJ民
日本の船って造船技術が低かったんか
215:名無しのJ民
そうやね
唐の技術を学びたかった理由の一つに、造船技術もあったんやろ
219:名無しのJ民
しかしよくそんなポンコツ船で海渡ったな
222:名無しのJ民
当時の日本にはあれが精一杯の技術やったんや
225:名無しのJ民
想像するだけで吐きそう
船酔いしながら何週間も過ごすとか拷問やん
読み込み中...