1:名無しのJ民
は?
3:名無しのJ民
嘘ンゴ、暴徒ンゴ
7:名無しのJ民
え、まじ?ワイずっと暴動やと思ってたわ
8:名無しのJ民
いや暴動やろ普通に打ちこわしとかしとるやん
9:名無しのJ民
ワイも陳情って習ったけど、実態は暴動に近いもんもあるやろ
13:名無しのJ民
結局、統治側にしてみれば暴動やろ
17:名無しのJ民
でも昔の教科書って暴動って書いてたよな?いつから陳情になったんや?
21:名無しのJ民
ワイのイメージだと、竹槍持った集団が役所に押し掛けて米倉襲う感じ
23:名無しのJ民
それが暴動やないなら何なん?
27:名無しのJ民
いや、当時の身分制度的に、農民が藩に意見する手段が一揆しかなかったんや
29:名無しのJ民
直訴って言っても、普通は取り次がれへんしな
31:名無しのJ民
ホンマに困り果てて、死ぬ覚悟でやるんやで
32:名無しのJ民
だから、一揆の参加者は事前に遺書書いたりしたらしいで
36:名無しのJ民
ガチで命懸けの陳情やん
39:名無しのJ民
結果として要求が通ることもあったし、リーダーが処刑されても住民が助かったり
41:名無しのJ民
そりゃ、殿様も困窮しすぎたら反乱に繋がるからビビるわな
43:名無しのJ民
つまり「これ以上搾り取ったらマジで死ぬぞ」っていうギリギリの警告?
46:名無しのJ民
そういうことや。だから要求も「年貢減らせ」とか「不正役人を罷免しろ」とか具体的やった
50:名無しのJ民
暴徒なら「全部タダにしろ!」とか言いそうやけどな
51:名無しのJ民
竹槍とかは威嚇で、マジで殺し合いするつもりはあんまなかったらしいで。あくまで「本気やぞ」って見せるため
53:名無しのJ民
へー、知らんかったわ
56:名無しのJ民
もちろん中には暴徒化するケースもあったやろうけど、基本は「命懸けの集団陳情」ってのが実態に近いんやな
60:名無しのJ民
今のデモと一緒やん
62:名無しのJ民
デモはさすがに死ぬ覚悟はないやろ
64:名無しのJ民
でもまあ、民衆の不満を表明する最後の手段って点では似てるか
66:名無しのJ民
江戸時代ってマジで理不尽なこと多かったからな。年貢重すぎ、飢饉で死ぬ、役人腐敗とか
68:名無しのJ民
ワイも当時いたら一揆参加してそうやわ
74:名無しのJ民
、絶対途中で逃げるタイプやろ
77:名無しのJ民
逃げたら見せしめにされるぞ
78:名無しのJ民
そもそも江戸時代の一揆の定義も色々あるからな。初期の宗教一揆とかはマジで暴動やし
82:名無しのJ民
そりゃ一括りにするのは無理があるわな
86:名無しのJ民
百姓一揆って言っても、大まかに分けて「騒動」「打ちこわし」「逃散」「越訴」とか色々あるんやで。騒動や越訴は陳情に近い。打ちこわしは暴動。逃散はストライキみたいなもん
88:名無しのJ民
へー、分類されてたんや
92:名無しのJ民
この辺の認識は明治以降の歴史観にも影響されとるからややこしいんや
94:名無しのJ民
幕府とか藩は「暴徒」って言いたかったやろうしな。民衆が正当な要求をしてたなんて認めたくない
96:名無しのJ民
当然だろ。自分たちの統治を否定する行為だもん
97:名無しのJ民
だから「悪党どもが騒ぎを起こした」って記録に残す
100:名無しのJ民
歴史は勝者によって書かれるってやつか
102:名無しのJ民
でも、現代の研究では、結構冷静な計画性が認められるケースが多いらしいで。リーダーがしっかりしてたりとか
104:名無しのJ民
ちゃんとした組織だったってことか
107:名無しのJ民
要求書とかもちゃんと用意してたんやろ?
110:名無しのJ民
そうやね。訴状とかもあったし、弁舌巧みな名主とかが中心になってたりもする
111:名無しのJ民
じゃあ現代のストライキとか、労働争議に近いんか?
112:名無しのJ民
うん、かなり近い。ただし失敗したら死ぬリスク付き
114:名無しのJ民
そりゃ命懸けでやるわな
115:名無しのJ民
一揆で要求が通った場合、年貢が減らされたり、悪い役人が追放されたりすることはあったんやで
116:名無しのJ民
でもリーダーは処刑されるんやろ?
120:名無しのJ民
それが「義民」って言われる人たちやね。自分を犠牲にして村を救った英雄
123:名無しのJ民
悲しいけどカッコいいな
124:名無しのJ民
じゃあ、例えば天明の飢饉の時とかも、あれは暴動じゃなくて陳情だったと?
128:名無しのJ民
天明の飢饉の時は餓死者でまくって、追い詰められ方が尋常じゃなかったから、かなり切羽詰まった状況や。それでも、まずは陳情の形を取ろうとしたケースも多いやろ
132:名無しのJ民
最終的には略奪とかも起きたんやろ?
136:名無しのJ民
それはもう生存のための行動やからな。飢え死ぬよりはマシって判断やろ
139:名無しのJ民
そう考えると現代の感覚で「暴徒」って決めつけるのは安易かもしれんな
142:名無しのJ民
当時の情報伝達手段も乏しい中で、よくあれだけ組織だった行動ができたもんや
144:名無しのJ民
口コミやろな。あと密かに連絡網作ったり
145:名無しのJ民
それもバレたら処刑対象やん
147:名無しのJ民
命懸けやからな
150:名無しのJ民
ワイらがスマホで匿名で文句言ってるのとはレベルが違う
154:名無しのJ民
今のデモ隊が竹槍持ってきたら、さすがに暴動扱いされるやろな
157:名無しのJ民
でもそれは現代の法治国家での話や。当時の法は幕府や藩の勝手なルールやから
159:名無しのJ民
現代のデモは法に則って許可とってやるけど、百姓一揆は基本的に不法行為やからな
160:名無しのJ民
でも「不法行為」でしか声を上げる手段がなかったんやから仕方ないやろ
163:名無しのJ民
その辺が難しいとこよな。正当防衛だけど法律違反みたいな
164:名無しのJ民
今の世で、もう誰も声聞かなくなったときに、最後の手段で暴動起こす可能性はゼロじゃないやろ
166:名無しのJ民
まあ歴史は繰り返すって言うしな
168:名無しのJ民
てかそもそも江戸時代って一揆だらけやったんか?
172:名無しのJ民
そうでもないで。頻繁に起こってたわけじゃなくて、追い詰められた時に起きる最終手段や
174:名無しのJ民
年に何回も起きてたら幕府も持たんやろ
178:名無しのJ民
平均すると数年に一度くらいのペースで全国どこかで起きてたらしい
179:名無しのJ民
思ったより多いな
183:名無しのJ民
でもそれだけ当時の農民が常にギリギリの生活を強いられてたってことや
184:名無しのJ民
特に飢饉の年は爆発的に増えるからな
187:名無しのJ民
一揆の規模も色々あるしな。村単位の小さなものから、複数の藩を巻き込むような大規模なものまで
190:名無しのJ民
歴史のロマン感じるわ
194:名無しのJ民
ロマンというか、人間の逞しさというか、執念というか
197:名無しのJ民
ワイらも、いざとなったら命懸けで陳情する気概を持たんとあかんな
201:名無しのJ民
ワイは無理や。普通に死ぬの怖い
204:名無しのJ民
結局、陳情なのか暴動なのかってのは見る側の視点によるってことか
205:名無しのJ民
統治者側から見れば統治を揺るがす暴動。民衆側から見れば最後の訴えとしての陳情。ってことやろ
207:名無しのJ民
両方の側面があるってのが正解やね
209:名無しのJ民
でも「暴徒」って言葉には完全に悪意が込められてるから、それは違うって言いたいんやろな
212:名無しのJ民
うん、そうやね。彼らを「ただの暴徒」と片付けるのは、彼らが命を賭して訴えようとした背景を無視することになる
213:名無しのJ民
なるほどね
214:名無しのJ民
勉強になったわ
218:名無しのJ民
日本史ってほんま奥深いな
219:名無しのJ民
結局は、現代の自由と権利がどれだけありがたいかということやな
222:名無しのJ民
ほんまそれ
223:名無しのJ民
明日から米粒一つ残さず食うわ
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