1:名無しのJ民
え?ただ田んぼの広さ測っただけだろ?
2:名無しのJ民
↑
バカは黙ってろ
6:名無しのJ民
地味にどころかヤバすぎやろ
9:名無しのJ民
中世を終わらせた男、秀吉
13:名無しのJ民
具体的に何がヤバかったのか分からんJ民多そう
16:名無しのJ民
簡単に言うと、土地の所有権を明確にして、税の徴収を安定させたんやろ?
17:名無しのJ民
↑
そう、そしてそれはめっちゃ大変なことだった
21:名無しのJ民
それまで土地って「これ俺の土地だけど、あっちの坊主も口出ししてくるし、この武士もなんか権利主張してるし…」みたいなグチャグチャだったからな
22:名無しのJ民
↑
荘園制とかいうクソ制度な
24:名無しのJ民
百姓が自分の土地って言っても、その上には国司とか荘園領主とか色んなやつが権利持ってたからな。多重支配。
27:名無しのJ民
それを「この土地はあんたのもの!でも税金はうちに払ってね!」ってシンプルにした
31:名無しのJ民
一地一作人の原則とか言うやつ?
33:名無しのJ民
↑
せやで。簡単に言うと、耕してるやつがその土地の持ち主、って原則を明確にしたんや。
37:名無しのJ民
これによって農民の身分がある意味安定したとも言える
41:名無しのJ民
まぁ農民は検地役人に賄賂渡したり、水増し申告したり、色々やったらしいけどな
44:名無しのJ民
米の生産量ベースで税金決めるってのが画期的だったんよな
石高制の始まり
47:名無しのJ民
↑
でも実際は収穫量じゃなくて、土地の質とか面積で「これくらい採れるはず」って決めたから、不作の年は大変だったらしいで
49:名無しのJ民
それって今の固定資産税と所得税混ぜたみたいなもんか?
50:名無しのJ民
↑
近いかもな。国の税収が安定するってのはデカい
52:名無しのJ民
これで兵農分離も進んだんだよな
55:名無しのJ民
↑
それな。土地を離れた兵士は完全に武士、土地に縛られる農民は農民、って分かれた
56:名無しのJ民
それまでは農民も有事の際には武装して戦ってたからな。それができなくなった
59:名無しのJ民
秀吉の天下統一の土台はこれやったんちゃうか
62:名無しのJ民
戦国時代って各地の武将が勝手に検地しててバラバラだったのを、全国統一規格にしたのがすごい
66:名無しのJ民
デファクトスタンダードをデジュールスタンダードにした感じか
67:名無しのJ民
↑
急に意識高い系用語ぶち込んできたな
70:名無しのJ民
要は秀吉が全国を回って「ここからここまでお前の土地、税金はこのくらい」って判子押して回ったみたいなもんか
72:名無しのJ民
↑
実際は役人が行ってゴニョゴニョやってたけどな。
75:名無しのJ民
でもこれによって地方大名も幕府(豊臣政権)に逆らいにくくなったんやろ?
税収の把握されてるから、勝手に兵力増やすとかも難しくなる
76:名無しのJ民
↑
まさにその通り。経済的に締め付けられた
79:名無しのJ民
秀吉が天下取ったのは戦が強いだけじゃなくて、内政もしっかりやってたからやな
82:名無しのJ民
これやったからこそ、家康も引き継げたんだよな
85:名無しのJ民
↑
徳川幕府の基礎も太閤検地って言われるくらいやからな
89:名無しのJ民
じゃあ織田信長も太閤検地みたいなこと考えてたのかな?
93:名無しのJ民
↑
信長はもっとラフなやり方で、直轄領の拡大とか商業重視だったと思う
本格的な全国規模の検地は秀吉が初
97:名無しのJ民
信長は検地より楽市楽座とか関所撤廃とかそっち系だったな
101:名無しのJ民
秀吉ってほんま有能な中間管理職から成り上がったタイプやな
104:名無しのJ民
↑
営業成績と事務処理能力が鬼
108:名無しのJ民
今の世に秀吉みたいな政治家おらんのか?
112:名無しのJ民
↑
おってもTwitterで炎上して終わりやろ
113:名無しのJ民
太閤検地によって、年貢を米で納めることが原則になったんだよな。それで米が日本の基軸通貨みたいなもんになった
114:名無しのJ民
↑
貨幣経済が発達するまでな
117:名無しのJ民
てかあの時代に全国規模の測量とかどうやってたんだよ
地図作るのも大変だったろうに
120:名無しのJ民
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竹尺とか縄とか使って、めっちゃアナログ。でもそれなりに正確だったらしい
122:名無しのJ民
↑
測量技術は意外とあったらしいな。京都周辺とかは精度高かったとか
125:名無しのJ民
検地奉行が適当にやって怒られた話とかありそう
129:名無しのJ民
↑
実際に不正はかなりあったらしい。特に九州とか遠いところは
132:名無しのJ民
でも「不正するなよ!」って徹底させただけでもすごいわな
134:名無しのJ民
このせいで農民は土地に縛られて江戸時代まで身動き取れなくなったんだろ?
136:名無しのJ民
↑
そうとも言えるし、逆に言えば農民の生活が安定したとも言える
137:名無しのJ民
年貢は重かっただろうけど、誰に何をどれだけ払うか明確になったのは、ある意味では良かった
140:名無しのJ民
「武士は食わねど高楊枝」じゃなくて「武士は食うために検地」ってな
142:名無しのJ民
↑
うまいこと言ったつもりか?
145:名無しのJ民
でも検地帳とか膨大な量だったろうな
146:名無しのJ民
これ秀吉一人でやったわけじゃないんだろ?
優秀な家臣がいたんやろな
149:名無しのJ民
↑
石田三成とか増田長盛とかが検地奉行の中心やな
151:名無しのJ民
三成ってなんか嫌われ役のイメージあるけど、こういう実務能力は超一流だったんやろな
152:名無しのJ民
↑
事務屋としては超有能。現場での調整とかは苦手だったんだろうけど
155:名無しのJ民
石田三成って太閤検地のイメージしかないわ
157:名無しのJ民
検地で得られた情報って、現代の国勢調査みたいなもんなんかな?
159:名無しのJ民
↑
国のデータベースみたいなもんやな。支配の基盤。
162:名無しのJ民
これによって「惣村」とかいう地域の共同体が弱体化していくんやろ?
164:名無しのJ民
↑
そうそう。今まで自分たちで自治してたのが、国家に直接支配されるようになった
165:名無しのJ民
地域共同体の力が強すぎると、国がまとめにくいからな
166:名無しのJ民
でも百姓一揆とかも結構起きてるし、必ずしも農民に都合の良いことばかりではなかったんやろな
168:名無しのJ民
↑
そりゃそうよ。税負担が重いことには変わりないし、新しい制度に反発もある
169:名無しのJ民
特に土地を没収されたり、税が重くなったりした農民は反発しただろうな
172:名無しのJ民
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当たり前体操やな
174:名無しのJ民
でもこの制度のおかげで、江戸時代の安定した世の中が生まれたとも言える
178:名無しのJ民
なんか地味っていうか普通にすごいことやんけ
179:名無しのJ民
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地味にすごいってのは、派手な戦闘とか外交交渉とかじゃないけど、社会の根幹を変えたって意味やな
181:名無しのJ民
日本の土地制度の骨格を作ったのは太閤検地って言っても過言じゃない
183:名無しのJ民
今でも土地の登記とか測量とか、その名残みたいなのあるんかな?
185:名無しのJ民
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地割りの仕方とか、江戸時代の村の境界線がそのまま現代の市町村の境界線になってるところも多いで
189:名無しのJ民
すげえな、ほんまに地味にヤバかったんやな
192:名無しのJ民
秀吉ってほんまカリスマ性も実務能力も高すぎやろ
195:名無しのJ民
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あんなチンパンみたいな顔してるくせにやることはエグい
199:名無しのJ民
現代の政治家も見習うべきやな
足元の地盤固めろよって
203:名無しのJ民
検地ってなんか響きがえっち
206:名無しのJ民
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は?
208:名無しのJ民
↑
お前いつもそうだな
211:名無しのJ民
測量士とか地籍調査士とか、太閤検地の末裔やな
212:名無しのJ民
全国の地主を明確にしたってのが、一番の功績かもしれんな
216:名無しのJ民
↑
それで権利関係がはっきりしたから、後の商業発展にも繋がるんやで
217:名無しのJ民
結局、土地は国のもの、国民に貸してやってるって考え方の基礎になったんだよな
218:名無しのJ民
日本の税制史においてターニングポイントだよな
219:名無しのJ民
これやらないと天下統一してもすぐに崩壊してたかもな
220:名無しのJ民
徳川家康が検地の結果をそのまま使ったってのが何気にすごい
前任者の実績をしっかり引き継ぐってなかなかできんやろ
222:名無しのJ民
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既存のシステムを使うのが一番効率的だし反発も少ないからな
賢い選択や
226:名無しのJ民
家康も優秀だけど、秀吉が作ったシステムに乗っかったのはデカい
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