1:名無しのJ民
結局、あの乱って何だったんや?
長屋王の変とかはそこそこ触れるのに、藤原広嗣は「なんか反乱起こしたやつ」くらいしか記憶にないわ
2:名無しのJ民
誰やそいつ
5:名無しのJ民
奈良時代とかいう闇深時代
天皇と藤原氏が血で血を洗ってた頃か
6:名無しのJ民
それな
なんか教科書だと大宰府で反乱起こしたけど速攻鎮圧されたってくらいしか書いてなくて草生える
10:名無しのJ民
ワイも詳しく知らんわ
藤原氏の誰かってことはわかる
11:名無しのJ民
え、知らんの?藤原四兄弟死んだ後、橘諸兄が台頭して仏教勢力の玄昉とか吉備真備が力持ってきたのに反発した事件やろ
13:名無しのJ民
あーなんか聞いたことあるようなないような
仏教の政治介入にキレたんだっけ?
16:名無しのJ民
そうそう。あと、地方と中央の対立もあったんやないかって言われてる
大宰府での反乱やし
18:名無しのJ民
はぇ~サンガツ
そんな複雑な背景あったんか
教科書だと「反乱起こして失敗」の三行で終わってた気がする
22:名無しのJ民
まぁ失敗した反乱なんてみんなそんなもんやろ
成功したら「〇〇の改革」とか「〇〇朝の成立」になるのに
26:名無しのJ民
ぐうわかる
歴史は勝者の視点から書かれるからな
29:名無しのJ民
広嗣ニキは結局何がしたかったんや?
単なる反発?権力欲?
32:名無しのJ民
玄昉とか吉備真備追い出して、自分らが政権握りたかったんやろ
藤原氏のプライドもあったんちゃうかな
四兄弟死んで橘氏に主導権握られてたし
33:名無しのJ民
あの玄昉とかいう坊主、マジで政治に介入しすぎてて引くわ
天皇の病気治したとか言って信用得て好き放題してたらしいし
35:名無しのJ民
吉備真備も遣唐使で帰国してからいきなり出世しまくりやしな
帰国子女エリートが既得権益を侵食した形か
39:名無しのJ民
結局、仏教って政治と結びつくとロクなことにならんな
42:名無しのJ民
今の統一教会みたいなもんやろ
46:名無しのJ民
草
それ言うたらあかんやつや
47:名無しのJ民
でもマジでそんな感じじゃね?
宗教が権力と結びつくと腐敗するってのは歴史が証明してる
49:名無しのJ民
広嗣ニキ、大宰府で挙兵とか無謀すぎやろ
もっと計画練るとか、都でクーデター起こすとか無理だったんか
52:名無しのJ民
都は警備厳重やし、密告とか怖いんちゃう
大宰府なら自分の影響力も大きかったんやろ
54:名無しのJ民
というか、乱が失敗したのが決定的に教科書で触れない理由やろ
成功してたら、広嗣は英雄やったんやろな
55:名無しのJ民
成功してたら「玄昉・吉備真備の乱」になってたかもな
56:名無しのJ民
ワロタ
どっちがヤバいかわからん
59:名無しのJ民
広嗣の檄文、残ってるらしいけど読んでみると結構面白いぞ
玄昉と吉備真備を「小人」とか「惑乱」とかクソミソにこきおろしてる
63:名無しのJ民
おんJ民みたいな煽り方で草
64:名無しのJ民
昔から煽りカスはいたんやな
65:名無しのJ民
玄昉はマジで嫌われてたっぽいから、広嗣に共感したやつも多かったやろ
66:名無しのJ民
でもさ、大宰府で反乱起こしてどうやって都を制圧するつもりだったんやろ?
地理的にも不利すぎるやろ
67:名無しのJ民
そこが計画性のなさやろな
激情に駆られて挙兵した感が否めない
70:名無しのJ民
天皇が病気だったからワンチャン行けると思ったんかな
73:名無しのJ民
聖武天皇が病気で、光明皇后が実権握ってた頃だっけ
76:名無しのJ民
聖武天皇って、大仏建立とかのイメージしかないわ
意外と病弱だったんやな
78:名無しのJ民
奈良時代は天皇がコロコロ変わって権力闘争がエグい
長屋王、橘諸兄、広嗣、孝謙天皇、道鏡...
79:名無しのJ民
道鏡はまた別の闇やろ
81:名無しのJ民
道鏡と広嗣はタイプが全然違うけど、どちらも「坊主が権力に絡んだ結果」って意味では共通してるかも
85:名無しのJ民
広嗣の乱って、結局は藤原氏内部の路線対立だったって見方もできるんちゃう?
橘諸兄派(親仏教)vs 藤原広嗣派(反仏教・伝統派)みたいな
86:名無しのJ民
それっぽいな
藤原氏って常に内部闘争してるイメージあるわ
89:名無しのJ民
日本史は藤原氏の歴史って言っても過言じゃない
90:名無しのJ民
藤原氏が日本の貴族文化を育てた功績もあるけど、陰謀と権力欲の塊でもあるよな
91:名無しのJ民
広嗣の乱鎮圧したのって誰だっけ?
94:名無しのJ民
大野東人やったかな?
当時、鎮西府将軍やったはず
96:名無しのJ民
はえー、そんな人もいたんやな
歴史の教科書ってマジで有名どころしか教えてくれないよな
99:名無しのJ民
広嗣は壱岐で捕まって、松浦で処刑されたんやっけ
悲惨な最後やな
100:名無しのJ民
怨霊になってないんかな
102:名無しのJ民
奈良時代は怨霊信仰もヤバいからな
長屋王とか菅原道真とか
104:名無しのJ民
広嗣も怨霊化して、その後都で疫病とか起きたら「広嗣の祟りや!」って言われたんかな
105:名無しのJ民
ありそう
そして鎮魂のために寺が建てられると
106:名無しのJ民
日本史あるあるやな
110:名無しのJ民
結局、この乱で何が変わったん?
玄昉と吉備真備はその後も力持ち続けてたんでしょ?
113:名無しのJ民
それがな、この乱の数年後に玄昉と吉備真備は失脚するんや
117:名無しのJ民
ファッ!?マジで?
119:名無しのJ民
玄昉は筑紫観世音寺に左遷されて、そこで謎の死を遂げる
吉備真備は少し残るけど、やがて失脚する
122:名無しのJ民
広嗣の怨霊パワーか?
126:名無しのJ民
真相は不明やけど、広嗣の乱で仏教政治への不満が可視化されたのは事実やし、それが後の政変に繋がったって見方もできる
127:名無しのJ民
なんかちょっとスッキリしたわ
無駄死にじゃなかったんやな
129:名無しのJ民
でも藤原氏がまた権力取り戻すきっかけになったのは皮肉やな
130:名無しのJ民
結局、藤原氏が強い
132:名無しのJ民
藤原不比等とかいうレジェンド
あいつがいなきゃ今の日本史全然違うことになってたやろ
136:名無しのJ民
不比等の遺伝子強すぎ問題
140:名無しのJ民
広嗣の乱って、現代で言うと何となく橋下徹が大阪府知事の時に国に反発して独自の勢力築こうとしたけど失敗した、みたいな感じ?
141:名無しのJ民
うーん、ちょっと違う気がするな
広嗣は中央の権力闘争に敗れた藤原氏のプライドの反発やから、より中央政界に近い
145:名無しのJ民
もっと陰湿な権力闘争やな
148:名無しのJ民
藤原氏同士で殺し合いしてるレベルやし
151:名無しのJ民
でも、こういうちょっとマイナーだけど、知ると面白い事件って結構あるよな
歴史の授業ってほんと上澄みしか教えないから損してる
152:名無しのJ民
それな
もっと深い部分まで知ると、人間模様とか権力闘争とか、現代にも通じる普遍的なテーマが見えてくる
155:名無しのJ民
古代史って神話と現実がごっちゃになってる感あるから、なんかファンタジー小説読んでるみたいで好き
156:名無しのJ民
奈良時代って地味なイメージあるけど、一番ドロドロしてて面白いんやで
157:名無しのJ民
平城京も都のくせに貴族が派手な遊びしまくってたらしいしな
158:名無しのJ民
貴族の遊びとかいうパワーワード
160:名無しのJ民
結局、歴史は繰り返すってことやな
162:名無しのJ民
権力闘争、汚職、陰謀、宗教の介入
全部今もあるやん
163:名無しのJ民
ぐうの音も出ない
166:名無しのJ民
広嗣ニキはもし成功してたら、どんな世の中を作りたかったんやろな
168:名無しのJ民
玄昉とか吉備真備を排除したかっただけちゃうんか
具体的なビジョンはあんまりなかったかも
171:名無しのJ民
それがまた悲しいな
結局「あいつが嫌い」だけやと大義名分が弱い
174:名無しのJ民
大宰府政庁跡とか、今も残ってるから行ってみると当時のこと妄想できて面白いぞ
175:名無しのJ民
聖武天皇が大仏造ったのも、ああいう争いとか疫病とかで精神的に不安定だったからって言われてるし、広嗣の乱も関係してるんやろな
176:名無しのJ民
大仏も権力闘争の産物みたいなもんか
179:名無しのJ民
ある意味な
鎮護国家思想と結びついてたし
180:名無しのJ民
広嗣の乱の反省から、藤原氏がまた勢力盛り返していくんやもんな
歴史って面白いわ
182:名無しのJ民
長屋王の変も藤原氏の陰謀説あるし、奈良時代の藤原氏ほんまエグい
186:名無しのJ民
藤原仲麻呂の乱とかもあるしな
187:名無しのJ民
乱ばっかりやんけ
189:名無しのJ民
だから奈良時代は闇深って言われるんやで
教科書だと大仏とか万葉集とか華やかな部分しか強調しないけど
193:名無しのJ民
まぁ、そっちの方が子供向けにはいいか
195:名無しのJ民
でも、こういう泥臭い部分こそ人間味あって面白いと思うんやけどな
199:名無しのJ民
わかる
201:名無しのJ民
広嗣がもし生き残ってたら、日本史どうなってたんやろ?
202:名無しのJ民
橘諸兄が失脚して、光明皇后が孤立してたかもな
孝謙天皇への道が開くのが遅れたりとか
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