1:名無しのJ民
結局フビライからの国書ずっと無視し続けたのがアカンかったんちゃうんか?
外交的な努力とか一切しとらんやん
3:名無しのJ民
まあ当時は外国からの書状とか基本無視やったし…
朝廷への服従を求める恫喝文なんて、まともに相手するわけないやろ
4:名無しのJ民
無視した結果どうなったか考えたらアホでしょ
情報収集とかもろくにできてなかったんか?
7:名無しのJ民
いや当時は元の実力って分からんかったんやろ。日本にきたって聞いてビビったくらいやし
モンゴル帝国なんて遠い世界の出来事やったから
8:名無しのJ民
でもフビライって何回も送ってきてるし、無視し続けたらブチ切れられるのは当然やん
現代で例えたら詐欺メールを無視してる感覚とちゃうぞ
11:名無しのJ民
鎌倉幕府「なんか知らんけど大陸のヤバイ奴らがブチ切れてるンゴ…せや!防塁築くンゴ!」
この発想よ
13:名無しのJ民
防塁も結局間に合わんかったとこもあるし、肝心の博多湾は完璧じゃなかったんやろ?
17:名無しのJ民
北条時宗が無能ってより、あの時代の情報伝達と国際感覚じゃ限界があったんちゃうか?
当時の日本にしてみたら、世界は大陸と朝鮮半島と琉球くらいしか見えてなかったやろ
20:名無しのJ民
それでも事前に朝鮮半島にスパイ送り込むとか、そういう努力はできたやろ
何してたんだよ鎌倉幕府は
21:名無しのJ民
文永の役のときはマジで舐めプしすぎやろ
少数の迎撃でどうにかなると思ってた節がある
25:名無しのJ民
少数の迎撃って言っても、武士団は必死で戦ったんやで
火薬とか見たことない兵器相手にようやった方や
26:名無しのJ民
神風があったから助かっただけで、実力で勝ったわけじゃないのがね…
28:名無しのJ民
まあ神風がなかったら日本終わってたやろ
そういう意味では幕府は運が良かっただけ
32:名無しのJ民
運も実力の内って言うやろ
36:名無しのJ民
結局、御家人たちへの恩賞がまともに払えなくて幕府が弱体化したのが一番のやらかしやろ
あれが滅亡への序曲
37:名無しのJ民
土地が増えんから恩賞が出せんってのは、まあしゃーない部分もあるけど、
そこで新たな統治システムとか考えられなかったんか?
38:名無しのJ民
金に困ってる御家人たちに「お前らよく頑張った!でもあげる土地ないから!」とか言うんだぜ?
そりゃ反感買うわ
42:名無しのJ民
時宗は頑張ったとは思うけど、結果的に次の世代にツケを回した形になったよな
45:名無しのJ民
当時の幕府って土地経済が基本やからな
戦争に勝っても土地が増えなきゃ恩賞に困るってのは、ある意味必然やった
48:名無しのJ民
モンゴルも日本にわざわざ攻めてくる必要あったんか?
50:名無しのJ民
モンゴルからしたら「なんでこんな僻地の島国が俺様の命令聞かねえんだ?」って感じやったろ
フビライは統一国家作ろうとしてたから、反抗分子は許せなかったんや
54:名無しのJ民
大陸からすれば日本なんて最果ての蛮族国家みたいなもんやろ
55:名無しのJ民
別に世界制覇したいわけじゃないんだよな。フビライは「東アジアを統一したい」って思いがあったから、最後の残りが日本だったんや
58:名無しのJ民
それでも外交努力はできたはずやろ…
日本側から特使送るとか、もっと早い段階で動くべきだった
61:名無しのJ民
いや、当時の日本からモンゴルまで特使送るって、どんだけリスキーなことかわかってんのか?
行き方すら分からんし、途中で死ぬ可能性の方が高い
62:名無しのJ民
高麗を経由するしかなかったけど、高麗は既に元の属国やしね
送り込んだら生きて帰れない可能性も高かった
66:名無しのJ民
幕府がアホだったってより、情報不足と未知の脅威への対処能力が低かっただけじゃね?
67:名無しのJ民
それは現代人目線やろ。当時の常識で言えば十分頑張ってた方やと思うで
フビライが頭おかしいレベルの侵略者だっただけ
69:名無しのJ民
鎌倉武士とかいう戦闘狂集団すこ
個人戦で突っ込んでいって火薬で焼かれるの見てると悲しくなる
70:名無しのJ民
「いざ!尋常に勝負!」とか叫んだら、弓と鉄砲と爆弾で返される地獄
73:名無しのJ民
幕府も事前に防塁築いたり、異国警固番役とか設置したりはしてるから、全く何もしなかったわけじゃない
77:名無しのJ民
でも、それが「やらかし」の連鎖を引き起こしたわけでしょ?
防塁築いた費用も、警固番役の負担も、全部御家人の不満に繋がってるし
78:名無しのJ民
結局全部神風頼みになってしまったのがね
戦後、恩賞で困る未来が見えてなかったんか?
81:名無しのJ民
戦後処理の甘さが本当にアカンかった
「頑張った奴には恩賞!」が武士社会の常識なのに、それが破られたんやから
82:名無しのJ民
恩賞も土地しか頭にないのが時代遅れだったんちゃう?
何か別の形で報いる方法を考えられなかったのか
84:名無しのJ民
それ言ったら現代の政府だって災害復興とかで税金投入しまくって、国民に負担強いてるやん
構造的な問題はいつの時代もあるんやで
87:名無しのJ民
現代の政府に例えるのはNG
88:名無しのJ民
当時の為政者からしたら、外国からの侵略を撃退したんだから「めでたしめでたし」やったんやろ
恩賞の件は誤算だったとしか言いようがない
90:名無しのJ民
誤算で済ますなや
御家人からしたら死活問題やぞ
94:名無しのJ民
やらかしポイント
1. 国書無視
2. 情報収集不足
3. 文永の役での甘い見通し
4. 防塁建設の遅れ
5. 戦後の恩賞問題
これで五箇条の御誓文作れるな
96:名無しのJ民
時宗は外交は下手くそだったけど、国内の統率はよくやってた方やろ
元寇中は国内がまとまってたんだから
100:名無しのJ民
まあ、あの若さで国難を乗り切ったのはすごいと思うけどな
ストレス半端なかったやろな
103:名無しのJ民
当時、元との関係を友好に保とうとしたやついなかったんか?
106:名無しのJ民
いたとしても粛清されたんちゃうか?
当時の日本にそんな度量はない
110:名無しのJ民
フビライは降伏してきたら厚遇するつもりだったらしいから、下手に出たら別の未来もあったかもな
114:名無しのJ民
そりゃ元の属国になるってことやろ?
それを受け入れるわけないやん
118:名無しのJ民
元の属国になった朝鮮半島見てみろよ
国は残ったけど、結局奴隷みたいに使われてたやんけ
日本もそうなる可能性は十分あった
121:名無しのJ民
つまり幕府の選択は間違ってなかったと?
123:名無しのJ民
いや、間違ってたとは思わんけど、もうちょっとマシなやり方はあったやろって思うわ
戦後の処理が致命的だっただけや
124:名無しのJ民
もし元に攻められなかったら、鎌倉幕府はもっと長く続いたんかな?
126:名無しのJ民
いや、元寇なくても内紛とかで遅かれ早かれ滅びてたと思うで
経済構造的に限界が見えてたし
128:名無しのJ民
結局、元寇は鎌倉幕府の寿命を縮めただけやな
130:名無しのJ民
やらかしっていうより、時代の流れに抗えなかった悲劇だよな
133:名無しのJ民
いや、悲劇で済ませたらアカンやろ
その後の日本に多大な影響を与えてるんやぞ
135:名無しのJ民
後醍醐天皇とかいう鎌倉幕府解体のとどめを刺した男
137:名無しのJ民
恩賞問題で不満たまりまくってたところに、後醍醐が蜂起したからな
そりゃみんなついていくわ
139:名無しのJ民
戦後処理、現代の政治家も見習ってほしいわ
「よく頑張った!でも財源ないから!」って言うのと同じやん
142:名無しのJ民
鎌倉幕府「御恩と奉公が基本ンゴ!」
御家人「奉公したのに御恩ないンゴ…」
鎌倉幕府「…」
こうやろ
145:名無しのJ民
完全に現代のブラック企業やんけ
149:名無しのJ民
元の外交文書って結構丁寧な文面もあるんやで
日本側が勝手に高圧的って解釈した部分も多い
150:名無しのJ民
はぇ〜
でも朝廷に臣従を求めるって時点で、当時の日本からしたら高圧的に感じるやろ
152:名無しのJ民
それもこれも情報不足やろ
元の国書をちゃんと分析できるやつがおらんかったんや
154:名無しのJ民
当時の国際情勢を理解してた人間が日本に何人いたかって話よ
ほぼゼロやろ
158:名無しのJ民
結局、無知は罪ってことか
160:名無しのJ民
なんか、なんJでここまで真面目な歴史の話できると思わんかったわ
161:名無しのJ民
時々いるんやで、ガチ勢が
165:名無しのJ民
日本史ってやっぱ面白いな
色んな見方がある
168:名無しのJ民
元寇って本当に「やらかし」だったのか、再評価すべきなのか、分からなくなるな
172:名無しのJ民
結果として幕府は滅んだし、御家人は不満を抱いた。
フビライの意図も汲み取れず、不必要な戦争を誘発した側面もある。
そう考えれば、やらかしと言われても仕方ない部分はあるやろ。
175:名無しのJ民
でも、もし元に降伏してたら、日本文化もモンゴルの影響を強く受けて、今の日本はなかったかもしれない
177:名無しのJ民
それはそれで面白かったかもな
モンゴルと日本の融合文化とか
179:名無しのJ民
いや、それこそ日本の独立が失われるわけでしょ?
それを防いだんだから、やらかしどころか英断だったとも言える
181:名無しのJ民
英断だったけど、その後の処理が甘かった、ってことで落ち着くか
185:名無しのJ民
鎌倉幕府、攻めは良かったけど守り(アフターケア)がダメダメだったってことやな
189:名無しのJ民
攻めも神風頼みやったからな
192:名無しのJ民
神風も、フビライが焦って強行突破した結果、台風シーズンに当たったって話もあるしな
運も実力のうち、って言葉は本当やで
193:名無しのJ民
つまり時宗は「運」という最高の才能を持ってたってことやな
194:名無しのJ民
実際、元の遠征って海での損害がめちゃくちゃ多かったからな
日本側の防衛よりも、海の荒れ方と病気で壊滅してた面もある
195:名無しのJ民
それも日本の地理的優位性や
「やらかし」とはちょっと違うんちゃうか
197:名無しのJ民
日本という要塞を攻め落とすのは、当時の技術では困難やったんやな
200:名無しのJ民
モンゴル側の視点からしたら、日本侵攻は完全に「やらかし」だったな
多大な損害と時間の無駄遣いだった
204:名無しのJ民
そう考えると、歴史ってどっちの視点から見るかで評価がガラッと変わるから面白い
205:名無しのJ民
結局、鎌倉幕府は最後の最後で「時代に取り残された」ってことかな
土地経済の限界、国際感覚の欠如、神風頼みの戦後処理。
206:名無しのJ民
いや、あの時代でそこまでできたのは、やっぱりすごいことやと思うで
フビライというチート相手に、よく国を守り抜いたわ
208:名無しのJ民
神風があったからこそ、日本は独立を保ち、独自の文化を守り抜けた
それは「やらかし」じゃなくて「奇跡」と呼ぶべきやろ
212:名無しのJ民
奇跡を生み出すために、幕府も武士も必死だったのは間違いない
216:名無しのJ民
スレタイで「やらかし」って煽ったけど、意外と奥深い話になったな
220:名無しのJ民
歴史ってそういうもんよ
表面だけ見たら「アホか」って思うことも、背景を掘り下げると複雑な事情が見えてくる
224:名無しのJ民
とりあえず時宗ニキ、お疲れ様でした
あんたは頑張ったよ
227:名無しのJ民
まあでも、御家人たちの不満は本当に可哀想だったな
あれがなければもう少し長く続いたかもって思うと惜しいわ
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