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鎖国中の日本で唯一海外と交易してた松前藩って何者だよ

1:名無しのJ民

鎖国って長崎・対馬・薩摩の三口だけって習ったけど、松前藩も海外と交易してたってマジ?アイヌ通してロシアとか清とやり取りしてたんだろ?こいつらだけ特別扱いだったんか?

2:名無しのJ民

はえ~知らんかったわ
松前藩って北海道のやつ?

4:名無しのJ民

そうだよ
江戸時代は蝦夷地って呼ばれてた

6:名無しのJ民

え、そうなの?
鎖国って海外との交流を完全にシャットアウトしてたわけじゃないってこと?

9:名無しのJ民

まあそうだな
「鎖国」って言葉自体、明治以降に作られた概念だし
完全に閉じてたわけじゃなくて、幕府が管理下に置いてたってのが正しい

11:名無しのJ民

でも松前藩は幕府の管理外で勝手にやってたってこと?
それとも幕府公認だったの?

13:名無しのJ民

一応幕府公認みたいなもんだぞ
松前藩は蝦夷地を統治する大名だから、アイヌとの交易は「国内」って建前だった

16:名無しのJ民

国内...?アイヌって日本の外ってことじゃなかったの?
ってかアイヌって外国扱いだったん?

17:名無しのJ民

当時の認識としては、蝦夷地は「日本」だけど、アイヌは「異民族」って感じじゃね?
だからアイヌを介した交易は「対外貿易」じゃないって理屈

18:名無しのJ民

ややこしすぎるやろ
実質対外貿易じゃねーか

20:名無しのJ民

その通りだよ
松前藩はアイヌとの交易を独占して莫大な富を築いた
米が取れない代わりに海の幸(昆布、ニシン、鮭)とか毛皮とかを本州に売ってた

22:名無しのJ民

はえ~
じゃあ松前藩ってめっちゃ金持ちだったん?

23:名無しのJ民

そりゃもうウハウハよ
米の代わりに交易品で稼ぐって特殊な大名
だから石高も表向きは「無高」だったけど、実質はかなりの大藩

24:名無しのJ民

無高の大名とか面白すぎやろ
幕府もよう許したな

25:名無しのJ民

許したというか、幕府も蝦夷地まで直接支配する手間を省きたかったんだろうな
松前藩に任せておけば、ロシアとか清とか北方勢力の情報も入ってくるし

29:名無しのJ民

なるほど、情報収集窓口でもあったわけか
でもアイヌの人たちからしたら、松前藩に良いように使われてただけってことだよな?

32:名無しのJ民

まさにその通り
交易は松前藩に有利に進められて、アイヌは搾取されまくった
和人の横暴に抵抗してシャクシャインの戦いとか起こったし

33:名無しのJ民

シャクシャインの戦いとか懐かしいな
歴史の教科書で読んだ気がする

37:名無しのJ民

アイヌからしたらたまったもんじゃないわな
和人との交易なしでは生活が成り立たなくなるように仕向けて、劣悪な条件で物々交換させられたり

38:名無しのJ民

鬼畜すぎるだろ松前藩
当時のグローバル企業かよ

41:名無しのJ民

でもそれって松前藩だけじゃなくて、長崎の出島とか対馬藩とか薩摩藩も似たようなもんじゃね?
幕府公認の独占貿易って全部そんな感じだったろ

44:名無しのJ民

それはそう
幕府が独占する貿易って、基本的に現地の人間は蚊帳の外だからな
旨味を吸い上げるシステム

48:名無しのJ民

でも松前藩は「海外との交易」じゃないって言い張ってたのが味噌なんだろ
他の三口は「対外貿易」として管理されてたけど

50:名無しのJ民

そうそう
だから長崎奉行とか対馬藩、薩摩藩は幕府の厳しい監視下に置かれてたけど、松前藩は比較的自由だったんじゃないかな

54:名無しのJ民

自由に北方と貿易してたんか?ロシアとか?

57:名無しのJ民

直接ロシアとやり取りしてたわけじゃない
アイヌを介して、間接的にロシアや清の品物が入ってきてたってこと
アイヌが樺太とか沿海州の民族と交易してたからな

61:名無しのJ民

はえ~、アイヌって優秀な貿易商だったんやな

65:名無しのJ民

優秀というか、彼らの生活圏が広かったからな
交易なしでは生きていけない環境だったから

68:名無しのJ民

じゃあ松前藩の交易品リストってどんな感じだったん?
昆布とかニシンとかはわかるけど

69:名無しのJ民

毛皮(ラッコとかキツネとか)、鷹の羽、薬草、あと鉄製品とか木綿製品とかは本州から持ち込んでたな
アイヌはこれらの和人製品と引き換えに、自前の海産物とか毛皮を渡してた

73:名無しのJ民

なんかめっちゃ儲かりそうなラインナップやな
ラッコの毛皮とか今じゃ超高級品やろ

77:名無しのJ民

当時のラッコはヤバかっただろうな
北方でしか取れないし、清とかロシアとか高値で買ってくれそう

81:名無しのJ民

結局、松前藩はアイヌを介した「北方貿易の中継ぎ」だったってことか
それで幕府も黙認してた、と

85:名無しのJ民

幕府が黙認してたってより、幕府の政策上の建前が「アイヌは日本人じゃないけど、蝦夷地は日本」だったってことだよ
だからアイヌとの交易は「国内商業」扱いで、鎖国政策の例外ではなかった

87:名無しのJ民

ややこしいなぁ
結局、鎖国って穴だらけだったってこと?

88:名無しのJ民

穴だらけというか、現代人が想像するような「完全に閉ざされた国」ではなかったってことだな
情報もモノも、水漏れみたいに入ってきてた

92:名無しのJ民

へぇー、面白いな
じゃあ松前藩ってどれくらいの期間、そうやって稼いでたの?

94:名無しのJ民

江戸時代初期から幕末までずっとだよ
途中で幕府が蝦夷地を直轄したりもしたけど、基本的には松前藩の独占

98:名無しのJ民

すげえな
日本のフロンティアだったわけか

101:名無しのJ民

まさにそう
だから松前藩は、現代の北海道の基礎を築いたとも言える

104:名無しのJ民

でも結局、松前藩って幕末にはどうなったん?
幕府直轄になったりしたんだろ?

105:名無しのJ民

幕末にはロシアの南下政策が本格化してきて、幕府も蝦夷地の重要性を再認識したから、直轄地になったり、また松前藩に戻されたり、みたいな変遷があったな
最終的には戊辰戦争で旧幕府軍に味方して、新政府軍に攻められたりもした

107:名無しのJ民

激動の時代やんけ
北方警備とか大変だったろうな

109:名無しのJ民

むしろ北方警備が松前藩の存在意義の一つでもあったからな
幕府としては、タダで国境守ってくれるならラッキーみたいな

113:名無しのJ民

タダ働きさせられてた感あるな
美味しい商売だけど、リスクもでかかったわけか

117:名無しのJ民

リスクもあったし、アイヌとの関係も常に火薬庫状態だったしな
シャクシャインの戦いみたいな大規模な反乱も起きてるし

118:名無しのJ民

今で言うと、日本の商社が資源国の少数民族と組んで、その国の政府の目こぼしで独自ルートで取引してるみたいな感じか?

121:名無しのJ民

例えが分かりやすいけど、ちょっと違うな
松前藩は「日本」という枠組みの中に組み込まれてる大名で、アイヌは「外国の人間だけど、領土は日本」という建前だったから

122:名無しのJ民

ややこしすぎる!
もう「鎖国は概念」ってことでええな?

126:名無しのJ民

それでええんやで
完全に閉じこもってたわけじゃないってのが重要

127:名無しのJ民

松前藩の殿様ってどんな奴が多かったんやろ
商売上手なタイプか?

130:名無しのJ民

代々松前氏だよ
そりゃ商売上手じゃなきゃやっていけないだろ
米が取れない土地で大名やってんだから

131:名無しのJ民

当時の松前ってどんな街だったんやろ
函館みたいな感じ?

133:名無しのJ民

松前城下は結構栄えてたみたいだよ
北前船の寄港地でもあったし
今でも城が残ってるだろ

137:名無しのJ民

松前城、行ったことあるわ
あんな北の地に立派な城があるのが不思議だったけど、そういう背景があったんやね

138:名無しのJ民

松前漬けって松前藩と関係あるんか?

139:名無しのJ民

松前漬けは昆布とかイカとか海の幸使うからな
松前藩の特産品と関連してるのは間違いないと思う

142:名無しのJ民

なるほど、名前もそのままやな

146:名無しのJ民

てか松前藩って北海道の歴史のキーパーソンじゃん
なんであんまり有名じゃないんやろ

147:名無しのJ民

それはやっぱり、江戸時代の「蝦夷地」のイメージが「未開の地」とか「流刑地」みたいな感じだったからじゃないか?
本州から遠いし、地味なイメージ

149:名無しのJ民

あとは明治維新以降、開拓使とかに主役が移っちゃうからな
松前藩の役割は終わったって感じ

153:名無しのJ民

確かに北海道って開拓のイメージが強いわ
松前藩がその土台を作ってたってのは新鮮な視点やな

157:名無しのJ民

北海道の歴史は松前藩抜きには語れないぞ
アイヌ文化との接触も、後の開拓史にも繋がってるし

161:名無しのJ民

なんか急に北海道行きたくなってきたわ
松前城とか見に行きたい

165:名無しのJ民

松前藩の資料とか展示してる博物館とかあるんかな?

167:名無しのJ民

松前城の天守閣が博物館になってるし、すぐ近くに松前町郷土資料館もあるぞ
蝦夷地の交易に関する展示もあるはず

170:名無しのJ民

おー、マジか
今度長期休暇取れたら行ってみるわ

173:名無しのJ民

松前藩、意外と奥深いな
ただの僻地の大名だと思ってたわ

175:名無しのJ民

僻地だけど、外交と商業の最前線だったんだよな
幕府の外交政策の緩衝材みたいな役割もしてたし

179:名無しのJ民

そう考えると、現代の沖縄とか対馬みたいな戦略的重要地と似たような立ち位置だったんかな
いや、ちょっと違うか

182:名無しのJ民

まあ、似てる部分もあるんじゃない?
国境の管理とか、異文化との接触とか、経済的利益の享受とか

186:名無しのJ民

そういう視点で見ると歴史って面白いな
教科書だけじゃわからんこと多いわ

187:名無しのJ民

教科書はざっくりした概要しか教えてくれないからな
深掘りすると面白い発見がいっぱいある

190:名無しのJ民

つまり松前藩は、幕府の「鎖国」という建前を破らずに、巧みに抜け道を利用してウハウハしてたってことか
狡猾な策士やんけ

194:名無しのJ民

狡猾というか、それが当時の大名として生き残る術だったんだろうな
幕府の意向を汲みつつ、自藩の利益も追求する

198:名無しのJ民

生きていくって大変やな

199:名無しのJ民

そういえば、松前藩って「無高」だったけど、実際どれくらいの経済力があったん?
石高で換算するとどれくらいになるの?

202:名無しのJ民

具体的な数字は難しいけど、年間で数十万石クラスの収入はあったと言われてるな
加賀藩とか仙台藩には及ばないけど、かなり裕福な部類だったはず

206:名無しのJ民

数十万石!?
それはめちゃくちゃ金持ちやんけ!
中堅どころの大名より全然上やん

209:名無しのJ民

だからこそ、幕府も松前藩の存在を特別視してたんだよ
米が取れない土地でこれだけの経済力があるのは異例中の異例

213:名無しのJ民

なんかもう「鎖国」って概念自体がふわふわしてんな
色んな抜け道や例外があったんだな

214:名無しのJ民

厳密には「幕府による海外貿易の管理体制」って呼んだ方が実態に近いかもな
日本を完全に孤立させたわけじゃない

215:名無しのJ民

じゃあ、松前藩って海外との「密貿易」はしてたの?
幕府公認じゃないやつ

218:名無しのJ民

幕府公認じゃない密貿易はそりゃあっただろうな
対馬や薩摩でもあったし
ただ、松前藩の場合はアイヌを介した交易がほぼ公然の密貿易みたいなもんだったから、線引きが難しい

220:名無しのJ民


公然の密貿易ってパワーワードやな

222:名無しのJ民

だってアイヌが清やロシアの品物を持ってくるんだから、それを松前藩が買い取れば、実質的に北方貿易してるのと変わらんからな
建前上はアイヌとの国内取引だけど

223:名無しのJ民

なるほど、そういうことか
抜け穴どころか、もう穴だらけのザルやんけ鎖国

224:名無しのJ民

ザルは言い過ぎかもしれんが、完全に閉じ込めるのは不可能だったってことだろ
情報もモノも、どこかしらから入ってくるもんだ

228:名無しのJ民

松前藩のおかげで、日本の北方に対する情報網が維持されてたってことか
なんかすごい重要な役割だったんだな

229:名無しのJ民

そうだよ
だからこそ、幕府も多少の不都合には目をつぶって松前藩を存続させたんだ

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