1:名無しのJ民
マジでこれ
これなかったらどうなってたんだろ
2:名無しのJ民
大海人皇子って結局、勝ち馬に乗っただけだよな?
3:名無しのJ民
エアプか?あいつ最初から勝ち筋見えてたぞ
吉野に隠居って見せかけて東国にコネ作ってたんや
6:名無しのJ民
天智天皇が悪い
ちゃんと後継指名しとけや
9:名無しのJ民
兄貴が弟を追い詰めた結果、弟に食われるって構図が面白い
10:名無しのJ民
大海人皇子とかいうぐうレジェ策士
大友皇子とかいう坊ちゃん
11:名無しのJ民
真面目な話、壬申の乱は672年に起きた日本の古代における最大の内乱。天智天皇の死後、その皇子である大友皇子(後の弘文天皇)と、天智天皇の弟である大海人皇子(後の天武天皇)の間で皇位継承を巡って発生した。結果は大海人皇子の勝利で、彼の即位により律令国家体制が確立される基盤が作られた。
15:名無しのJ民
乙
やっぱ兄と弟だったんやな
18:名無しのJ民
大友皇子って即位したん?
19:名無しのJ民
一応、明治時代に弘文天皇として追贈されたけど、当時は天皇とは認められてなかったな
悲劇の皇子やで
21:名無しのJ民
天智天皇とかいう無能な働き者
有能な弟を疎んで若造に継がせようとする畜生ムーブ
25:名無しのJ民
大海人皇子は吉野に隠居するフリして兵力集めてたのが天才的だよな
陰キャが陽キャを出し抜く構図
29:名無しのJ民
陽キャが大友で陰キャが大海人ってこと?
なんか草
30:名無しのJ民
東国の豪族が大海人皇子についたのがデカい
中央に不満持ってた連中が多かったんやろ
32:名無しのJ民
もし大友皇子が勝ってたら、もっと貴族中心の国家になってたとか言われてるな
33:名無しのJ民
天皇が貴族の傀儡になる時代がもっと早まってたかもな
ある意味、大海人皇子が勝って良かったのかもしれん
35:名無しのJ民
なんか大友皇子って顔良さそう
39:名無しのJ民
わかる
若くてイケメン、でもちょっと世間知らずみたいな
40:名無しのJ民
大海人皇子、戦上手でもあったんだよな
主要な戦闘でちゃんと勝ってる
43:名無しのJ民
飛鳥時代最大の兄弟喧嘩
45:名無しのJ民
兄弟喧嘩で草
規模がデカすぎる
49:名無しのJ民
この時、天皇って概念も曖昧だったんだっけ?
51:名無しのJ民
せやで
大海人皇子が即位してから「天皇」という称号が定着するんや
それまでは「大王」とか言われてた
54:名無しのJ民
天智天皇が大海人皇子を呼び出して後継の話したときに、大海人皇子が断って吉野に行ったのがポイントなんだよな
ここで即OKしてたら殺されてた可能性ある
56:名無しのJ民
完全にデスゲームやんけ
賢すぎるだろ
60:名無しのJ民
天智天皇、晩年は相当病んでたらしいな
そら弟に狙われてたらそうなるわ
62:名無しのJ民
自業自得やろ
有能な弟を排除しようとしたんやから
63:名無しのJ民
壬申の乱って結局、誰が正統だったんや?
67:名無しのJ民
法律的には天智天皇の皇子である大友皇子が正統に近いけど、実力と支持で大海人皇子が勝った形やね
歴史は勝者が作るもんやから
68:名無しのJ民
真面目な話、大海人皇子が吉野に行くのは、天智天皇が彼を呼び出して皇位を譲ると言ったが、彼はそれを固辞し、出家して隠棲するポーズを取った。これは天智天皇の真意を探り、自らの安全を確保するための策略だったと言われている。
69:名無しのJ民
つまり天智天皇の罠を看破したと
ぐう賢い
72:名無しのJ民
大友皇子側の敗因ってなんやろ?
74:名無しのJ民
準備不足、求心力のなさ、中央集権的すぎて地方の豪族の支持を得られなかった
あと軍事的な才能も大海人皇子に劣ってた
78:名無しのJ民
大海人皇子も完璧じゃなかったぞ
最初の頃は苦戦してるし
81:名無しのJ民
それでも巻き返したのが凄いんやろ
危機管理能力が高い
85:名無しのJ民
なんでこんな昔の歴史が語り継がれてんの?
古事記とか日本書紀とかいう歴史書で残されたんやろ?
86:名無しのJ民
せやで
特に日本書紀は天武天皇の息子が編纂させたから、大海人皇子にとって都合の良いように書かれてる部分もあると言われてるな
87:名無しのJ民
マジかよ
歴史は勝者のプロパガンダってことか
88:名無しのJ民
この戦いで日本の都が本格的に畿内に固定されるきっかけになったんだっけ?
89:名無しのJ民
それはちょっと違うかな
すでに飛鳥とか大津とか畿内にあったし
むしろ律令国家として中央集権を強めるきっかけになった
93:名無しのJ民
大友皇子って若くして死んだんやっけ?
97:名無しのJ民
敗れて自害したと言われてるな
悲劇や
100:名無しのJ民
壬申の乱って現代で例えると、大企業の会長が急死して、長男と優秀な副社長(会長の弟)が後継者争いして、最終的に副社長が勝つみたいなもんか
103:名無しのJ民
めちゃくちゃわかりやすいwww
しかも会長は長男を推してたけど、副社長は実は裏で着々と根回ししてた、と
107:名無しのJ民
天智天皇、最後は大海人皇子に脅えてたっていう話好き
110:名無しのJ民
因果応報やね
自分の蒔いた種
111:名無しのJ民
大海人皇子、晩年は病気がちだったけど、息子たちも優秀で律令国家の完成に尽力したからな
ほんまぐうレジェ
115:名無しのJ民
天武・持統天皇の時代が律令制の黄金期やしな
そこまで見据えてたのかも
119:名無しのJ民
壬申の乱って大津京で戦われたんだっけ?
120:名無しのJ民
最終決戦は大津京やね
それまでに各地で戦闘があった
122:名無しのJ民
大友皇子がもっと人望あったら勝てたのか?
125:名無しのJ民
それもあるけど、根本的に大海人皇子の戦略が上回ってた
人望だけじゃ勝てないのが戦乱や
128:名無しのJ民
この時代って天皇と呼べる人物がそんなに多くないんか?
130:名無しのJ民
「天皇」という称号は天武天皇以降の概念だから、それ以前の君主は「大王」とか言われることが多いな
ただ便宜上、遡って天皇と呼ぶこともある
131:名無しのJ民
なんか壬申の乱ってマイナーな事件だと思ってたけど、かなり重要な戦いだったんだな
134:名無しのJ民
日本史のターニングポイントの一つやで
これを境に律令制が本格化して、後の平安時代に繋がるからな
136:名無しのJ民
ワイの歴史の知識、漫画日本史で止まってる
140:名無しのJ民
それでもまあまあわかるやろ
この辺は面白いから漫画も充実してる
142:名無しのJ民
正直、大海人皇子の方がカリスマ性あったと思うわ
146:名無しのJ民
それは間違いない
あの時代のリーダーに求められる資質を兼ね備えてた
150:名無しのJ民
大友皇子側についた奴ってその後どうなったんやろ
154:名無しのJ民
処刑されたり、流刑になったり、財産没収されたりしたけど、一部は後に許されて再登用されたりもしてるで
勝者の寛大さアピールや
155:名無しのJ民
勝者の特権やな
やっぱ勝ち組は強えわ
156:名無しのJ民
天智天皇、もし生きてたらどうしたんやろ
まさか弟に食われるとは思ってなかったやろな
159:名無しのJ民
病死したのが幸いだったかもしれん
生きてたらもっと泥沼化した可能性もある
160:名無しのJ民
壬申の乱って名前の響きがカッコいい
163:名無しのJ民
干支やからな
壬申の年に起きた乱
164:名無しのJ民
もし大友皇子が勝ってたら、仏教の影響がもっと強くなってたとかいう説もあるな
165:名無しのJ民
それは面白いな
天武天皇は神道も重視してたからな
167:名無しのJ民
なんだかんだで、大海人皇子って結局自分の血筋で天皇を独占しようとしたんだよな
170:名無しのJ民
そらそうよ
命懸けで勝ち取ったもんやから
自分の子供に継がせたいのが普通やろ
174:名無しのJ民
古代の天皇ってなんか神話的でファンタジー感あるけど、実際は血生臭い権力闘争の連続なんだよな
175:名無しのJ民
そらそうよ
人間やもの
聖人君子ばっかりじゃねーよ
176:名無しのJ民
壬申の乱の時に吉野にいた大海人皇子が、東国に味方集めてたってのが一番の驚きだわ
地味に動いてる陰キャやん
178:名無しのJ民
しかもそれを天智天皇が把握してなかったのが致命的
情報戦で負けてる
179:名無しのJ民
大友皇子かわいそうだけど、世渡り下手すぎやろ
182:名無しのJ民
育ちが良すぎたのかもしれん
権謀術数渦巻く世界では通用しなかった
183:名無しのJ民
壬申の乱の舞台になった滋賀県とか奈良県とか、未だにその時の史跡残ってるんやろ?
ロマンあるわ
187:名無しのJ民
せやで
大津宮跡とか、吉野とか
行ってみると面白いぞ
189:名無しのJ民
結局、日本の歴史は権力闘争の繰り返しやな
191:名無しのJ民
それは世界史も同じ
人間が群れをなす以上、避けられない
195:名無しのJ民
大海人皇子、なんかプロレスラーにいそう
天武天皇って改名したのもなんかかっこいい
196:名無しのJ民
わかる
リングネーム変えたみたいな
199:名無しのJ民
壬申の乱って何日で終わったん?
203:名無しのJ民
本格的な戦闘は2ヶ月くらいで終わったと言われてるな
準備期間を含めるともっと長いけど
206:名無しのJ民
大友皇子側の兵力ってどれくらいだったんやろ
208:名無しのJ民
中央軍だから最初は多かったけど、指揮系統が混乱したり、地方豪族の離反があったりで最終的には大海人皇子側の方が多くなったと言われてる
210:名無しのJ民
真面目な話、壬申の乱は後の律令国家形成において非常に重要な役割を果たした。勝者である天武天皇(大海人皇子)は、その強大な権力とカリスマ性で、天皇を中心とする中央集権的な国家体制を確立し、律令の整備や歴史書の編纂を進めた。これは日本の国家としての基盤を固める上で不可欠な出来事だった。
213:名無しのJ民
乙
やっぱデカい戦いだったんだな
214:名無しのJ民
なんでこんな昔の事件を今更語ってんの?
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