1:名無しのJ民
素朴な疑問やけど、あれって今みたいにガス窯とか電気窯とかないやろ? めっちゃ苦労して焼いたんかな?
5:名無しのJ民
あれって釉薬塗ってるんか? 色ついてるやつとかあるし
8:名無しのJ民
当時の技術舐めすぎやろ。普通にちゃんとした窯で焼いとるわ
10:名無しのJ民
ちゃんと焼いてるって言っても、現代のハイテク窯とは違うやろ。温度管理とかどうしてたのか気になるわ
13:名無しのJ民
確か朝鮮半島から技術者が来たんじゃなかったっけ?
16:名無しのJ民
せやな、百済とか高句麗の技術者が渡来して伝えたんやで
20:名無しのJ民
渡来人ニキすごすぎやろ…
24:名無しのJ民
飛鳥時代とか言われてもピンとこんけど、1300年以上前やろ? それで今も残ってる瓦とかやべーわ
28:名無しのJ民
昔の職人ってなんであんな技術力高かったんやろな
31:名無しのJ民
今の瓦職人より技術あったんちゃうか?
34:名無しのJ民
いや、当時の技術者が今来ても今の瓦作れんやろ。道具も材料も違うんやから比較にならん
36:名無しのJ民
でもさ、手作業であのクオリティ出すってマジで変態レベルやん
37:名無しのJ民
窯は「登り窯」みたいなやつちゃうの?
38:名無しのJ民
そうそう、斜面に沿って何段か連なった窯で、下から火入れて熱気を上まで通すやつ。
41:名無しのJ民
あれって温度何度くらいまで上がるんやろ? ちゃんと焼かないとすぐ割れるやん
42:名無しのJ民
一般的に瓦は1000度前後で焼くらしいで。土器はもっと低いけど、瓦は耐久性いるからな。
43:名無しのJ民
1000度とかどうやって測ってたんやろ? 温度計ないやん
46:名無しのJ民
経験と勘やろなぁ
49:名無しのJ民
火の色とかで判断してたとか? 窯の中覗いて「あっ、これもう少しやな」みたいな
52:名無しのJ民
それか、焼き具合を見るためのサンプルみたいな土片を窯に入れて、それ取り出して確認してたとか?
55:名無しのJ民
ワイの先祖は瓦職人やったんやけど、昔は窯の温度は火の勢いと煙の色、炎の揺らめきで判断してたって言ってたで
61:名無しのJ民
ニキすげぇ! リアル情報やん!
65:名無しのJ民
ほんまか? 飛鳥時代の話聞かせてくれや
69:名無しのJ民
いや、ワイの先祖は江戸時代くらいの話や…飛鳥時代はさすがに伝わってないわ
70:名無しのJ民
草
73:名無しのJ民
でも、そういう職人の勘ってのが大事やったんやろな
75:名無しのJ民
粘土もただの土やないやろ? どんな土使ってたんやろ
79:名無しのJ民
そら、瓦に適した粘土質土壌を探してきてたんでしょうな
83:名無しのJ民
不純物とか取り除く作業も大変そうやな
85:名無しのJ民
多分、粘土を水で溶かして不純物沈殿させたり、ふるいにかけてたはずやで。手間半端ない
87:名無しのJ民
今の時代でも良い瓦は手作りやからな。当時の職人魂はすごい
88:名無しのJ民
あの時代のブラック労働やばそうやな。休みなしで瓦作りまくり
89:名無しのJ民
いや、飛鳥時代はまだ律令制も発展途上やし、強制労働みたいな側面はあったやろな
92:名無しのJ民
瓦作ってたら腰痛で死にそう
93:名無しのJ民
飯もまずいし、賃金もないし、死ぬまで瓦作るんか…
94:名無しのJ民
今の感覚で当時のこと語るなよ
96:名無しのJ民
まあでも、国を挙げての一大プロジェクトやから、それなりの待遇はあったんちゃうか?
99:名無しのJ民
いや、それは権力者側から見た視点やろ。実際に作ってる奴らは使い捨てや
103:名無しのJ民
そんなこと言ってたら何も語れへんやん
107:名無しのJ民
釉薬の話に戻るけど、法隆寺の瓦は基本的に釉薬ないで。素焼きに近い「いぶし瓦」や「赤瓦」が多いんや
110:名無しのJ民
え、そうなの? なんか緑っぽい瓦とか見たことあるけどあれは?
113:名無しのJ民
それは後の時代、奈良時代以降の寺院とかちゃうかな。唐の影響で三彩陶器が流行った頃の
115:名無しのJ民
なるほど、飛鳥時代はまだシンプルな瓦が主流やったんやな
117:名無しのJ民
シンプルな方が技術的に難しいってこともあるんやで。ごまかしが効かないから
120:名無しのJ民
確かに、釉薬で表面をコーティングすると、多少の粗は隠せるもんな
122:名無しのJ民
飛鳥時代の瓦は文様が凝ってるからな。蓮華文とか唐草文とか
125:名無しのJ民
あれも一個一個手彫りなんやろ? 気が遠くなるわ
127:名無しのJ民
いや、型に粘土押し付けて作ってたはずやで。手彫りやったら効率悪すぎやろ
129:名無しのJ民
せやな、瓦型がある。それを何回も再利用して大量生産してた。
131:名無しのJ民
それでも型を作る技術がすごい
132:名無しのJ民
型も木製とか石製とかあったんかな
136:名無しのJ民
あと瓦ってめっちゃ重いから、運搬も大変やったやろな。
140:名無しのJ民
山から粘土掘って、窯まで運んで、焼いた瓦を今度は寺まで運んで…全部人力やろ?
142:名無しのJ民
当時は道も整備されてないし、牛とか馬も貴重品やったんちゃうか
143:名無しのJ民
奴隷とか囚人が担いでたんとちゃうか?
145:名無しのJ民
いや、普通に労働力として使役されてた一般の人々やろ。税の一環みたいな
146:名無しのJ民
労役やな。今でいう徴用工みたいなもんか
150:名無しのJ民
瓦一枚で人生終わるレベルやんけ
151:名無しのJ民
でも、そのおかげで今も歴史的建造物が残ってるんやから、感謝せなあかんよな
153:名無しのJ民
飛鳥時代の瓦って、現代の瓦と比べて品質どうなんやろ?
155:名無しのJ民
耐久性はめちゃくちゃ高いで。1000年以上残ってるのがその証拠やん
156:名無しのJ民
今の瓦もすごいけど、飛鳥時代の瓦は当時の技術レベルを考えると異常やわ
158:名無しのJ民
当時の日本って、文化的にかなり進んでたんだなと改めて思うわ
161:名無しのJ民
いや、中国とか朝鮮半島から輸入された技術やろ。日本独自で開発したわけやないし
164:名無しのJ民
それでもその技術を取り入れて、自国で実践できるってのがすごいんやで。鎖国してたわけでもないし、ちゃんと学んでた
168:名無しのJ民
日本のモノマネ文化の原点やね
171:名無しのJ民
モノマネとか言うな。模倣から独自発展に繋がったんや
175:名無しのJ民
でも、瓦技術って途中で廃れる時期とかあったんかな?
176:名無しのJ民
明治維新で洋風建築が増えたり、戦後はコンクリート建築が増えたりで、一時的に瓦の需要は減った時期はあるやろな。
179:名無しのJ民
でも、日本の伝統建築には欠かせないから、完全に廃れることはなかったんちゃうか
181:名無しのJ民
瓦職人の家系とか、今でも続いてるんかな
182:名無しのJ民
そりゃあるやろ。京都とか奈良には老舗の瓦屋とかいっぱいあるで
185:名無しのJ民
瓦って奥深いな。ただの屋根材じゃないわ
187:名無しのJ民
ワイも今日から瓦のこと尊敬するわ
190:名無しのJ民
寺とか神社行くと、屋根の瓦に注目するようになるな
193:名無しのJ民
飛鳥時代の瓦って、今の瓦と形とかデザインとかも違うんか?
195:名無しのJ民
軒丸瓦とか軒平瓦とか、デザインは結構特徴的やで。特に蓮華文は飛鳥時代らしい
198:名無しのJ民
ああ、なんか蓮の花みたいな模様のやつね!
201:名無しのJ民
あれも意味があるんやろ? 仏教的な
205:名無しのJ民
せやな、仏教伝来とともに瓦の技術も伝わってきたから、仏教美術と一体になってる部分が多い
208:名無しのJ民
なんか、当時の瓦職人たちの情熱を感じるわ
211:名無しのJ民
日本の文化って、そういう職人たちの地道な努力で支えられてきたんやなって思うと感動する
213:名無しのJ民
ワイもなんか誇らしくなってきたわ
217:名無しのJ民
じゃあ、お前も明日から瓦職人になれよ
220:名無しのJ民
無理無理。腰痛で死ぬわ
224:名無しのJ民
でも、飛鳥時代の瓦職人って、今の建築関係者から見てもリスペクトされてそうやな
225:名無しのJ民
そりゃされるやろ。当時の材料と技術で、あれだけの耐久性を持ったものを大量生産したんやから
228:名無しのJ民
タイムマシンあったら当時の窯を見学してみたいわ
231:名無しのJ民
窯焚き職人とか、マジでプロ中のプロやろな
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