1:名無しのJ民
はい、売春。
5:名無しのJ民
風俗店やんけ
7:名無しのJ民
それ言っちゃおしまいよ
8:名無しのJ民
まあ実際は喫茶店と売春宿の間みたいなもんだったんやろ?
11:名無しのJ民
最初はマジで純粋な喫茶店だったんだぞ
12:名無しのJ民
純粋な喫茶店に女給なんていねえだろアホ
13:名無しのJ民
↑それがいたんだよなぁ…
17:名無しのJ民
明治末期から大正初期くらいは、欧米風の文化を楽しむ場所として純粋な喫茶店、カフェーができた。女給もいたけど、それは単にウェイトレス的な位置付け。
18:名無しのJ民
それがいつから変わったんや?
20:名無しのJ民
関東大震災後あたりから露骨になったと言われとるな
21:名無しのJ民
震災で仕事失った女が流れてきたんか?
23:名無しのJ民
そういう側面もあったやろな
26:名無しのJ民
男にとっても女にとっても都合が良かったんやろ
27:名無しのJ民
当時の男はモテなかったんか?
31:名無しのJ民
街を歩けば女がついてくる時代やぞ
35:名無しのJ民
↑それは嘘やろ
39:名無しのJ民
当時は今みたいに気軽に女と話せる場所なんて少なかったからな。そういう意味ではカフェーは貴重な存在だった。
43:名無しのJ民
女給さんと世間話するだけでも楽しかったんやろな
44:名無しのJ民
それがだんだんエスカレートしていったんやろ
45:名無しのJ民
お酌したり、横に座ったり、手握ったり…
46:名無しのJ民
最終的にはお持ち帰りってこと?
49:名無しのJ民
お持ち帰りができるところとできないところがあった。できないところでも、店内でいちゃつくのは黙認されてたし、裏で交渉してってパターンも。
52:名無しのJ民
今のキャバクラみたいなもんか
54:名無しのJ民
いや、キャバクラよりはもうちょいダークな感じだったはず
56:名無しのJ民
女給は貧乏な家の娘とか、都会に出てきたはいいが職がない子とかが多かったらしいな
59:名無しのJ民
そりゃそうやろ。まともな家庭の娘がやる仕事ちゃうし
62:名無しのJ民
でも中にはインテリ系の女給とか、芸妓崩れとかもいたらしいで
65:名無しのJ民
へー、そういうパターンもあるんや
68:名無しのJ民
女給さんの写真とか残ってるけど、結構美人多いよな
71:名無しのJ民
そりゃ商売やからな
74:名無しのJ民
当時の平均賃金からしたら、カフェーの料金って結構高かったんか?
76:名無しのJ民
一杯のコーヒーが今で言うスタバのフラペチーノくらいか、それ以上やろな。そこに女給のサービス料が上乗せされる。
77:名無しのJ民
金持ちの道楽って感じか
80:名無しのJ民
いや、サラリーマンでもちょっと背伸びして行く場所だったらしいで。日頃のストレス発散や。
84:名無しのJ民
今のソープとかデリヘルよりは敷居低かったんかな
85:名無しのJ民
それはさすがに違うやろ
86:名無しのJ民
当時の風俗の分類だと、「カフェー」の他に「待合」「芸者置屋」「銘酒屋」とか色々あったけど、カフェーは比較的カジュアルで入りやすい雰囲気が売りだった。
88:名無しのJ民
へー、勉強になる
91:名無しのJ民
銘酒屋とかいうパワーワード
94:名無しのJ民
銘酒屋はもう完全に風俗やんけ
96:名無しのJ民
カフェーも途中からほぼ風俗やろ
99:名無しのJ民
純粋な喫茶店として残ったのが「カフェー・パウリスタ」とかやな。あれは今も営業してる。
102:名無しのJ民
あのパウリスタってそんな昔からあんのか
103:名無しのJ民
銀座のカフェー・パウリスタは明治44年創業。ブラジルコーヒーの直輸入を日本で初めて行ったんだよ。
107:名無しのJ民
すげえな
109:名無しのJ民
でも大流行してたのはそっちじゃなくて、女給がいた方やろ?
111:名無しのJ民
せやな。社交場としての機能も大きかった。
112:名無しのJ民
当時の女性って他にどんな仕事があったんや?
114:名無しのJ民
工場とか女工さん。あと教師とか看護師とか。でも数は少なかった。
115:名無しのJ民
カフェーは割と自由な雰囲気やったんか?
116:名無しのJ民
モダンガール(モガ)とかもカフェーに出入りしてたらしいし、新しい文化の発信地でもあった
118:名無しのJ民
モガとかモボとか懐かしいな
120:名無しのJ民
そこから「カフェーは不良のたまり場」みたいなイメージもついていくんだよな
122:名無しのJ民
親にバレたら大変なことになりそう
126:名無しのJ民
まあ、そういうとこに行くこと自体が「不良」扱いされる時代やったからな
130:名無しのJ民
現代の我々から見ると、当時の社会ってかなり息苦しかったんやろな
134:名無しのJ民
それはそう。娯楽も少なかったし
137:名無しのJ民
男も女も、非日常を求めてたってことか
141:名無しのJ民
そう考えると、現代のキャバクラとかガールズバーも、同じような欲求を満たしてるんかもしれんな
142:名無しのJ民
歴史は繰り返すんやねえ
146:名無しのJ民
戦前のカフェーの写真見ると、なんかノスタルジーを感じるわ
149:名無しのJ民
モノクロなのに華やかさがあるよな
152:名無しのJ民
タイムスリップして行ってみたいわ
153:名無しのJ民
ワイが当時行ったら速攻追い出されるレベルの貧乏人だったと思うと悲しい
155:名無しのJ民
お前は今もやろ
157:名無しのJ民
うるせえわ
159:名無しのJ民
女給さんって結局幸せだったんかな
162:名無しのJ民
それは人それぞれやろ。金稼いで家を助けた子もいれば、男に騙されて不幸になった子もいる。
163:名無しのJ民
そらそうか。一括りにはできんわな
165:名無しのJ民
カフェー文化っていつまで続いたんや?
168:名無しのJ民
戦時体制下で風紀取締りが厳しくなって衰退。戦後はGHQの赤線廃止とかで完全に消滅した形になったな。
169:名無しのJ民
なるほどね
170:名無しのJ民
そういや、カフェーの女給って「給仕」って書くんだよな
172:名無しのJ民
へえ、知らんかった
176:名無しのJ民
漢字だと純粋な喫茶店員って感じだけど、実態は違ったと
177:名無しのJ民
日本語の奥深さよ
180:名無しのJ民
女給って呼び方もなんか趣あるよな
184:名無しのJ民
現代の「キャスト」とか「コンパニオン」みたいなもんか
187:名無しのJ民
「コンパニオン」はなんかちょっと違う気がする
188:名無しのJ民
でも、言葉は時代と共に変わるからな
189:名無しのJ民
戦前の話なのに、なんか親近感が湧くわ
193:名無しのJ民
人間ってあんまり変わってないってことやな
195:名無しのJ民
金と女と酒、こればっかりはいつの時代も変わらん
197:名無しのJ民
哲学的やな
200:名無しのJ民
結局、カフェーが流行ったのは、男の「女と話したい」「癒されたい」って欲求と、女の「稼ぎたい」って欲求がマッチした結果ってことやな
202:名無しのJ民
まさにそう。そこに時代背景が加わって大流行したと。
203:名無しのJ民
一つ賢くなったわ
205:名無しのJ民
ワイもカフェーでモガとイチャつきたい人生やった
209:名無しのJ民
お前じゃモガも寄ってこねえよ
211:名無しのJ民
やめろや
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