1:名無しのJ民
唐と新羅に喧嘩売るとか頭おかしいやろ
4:名無しのJ民
当時の日本ってなんであんな無茶したんや?
7:名無しのJ民
百済助けるとか言ってる場合じゃなかったよな
9:名無しのJ民
当時の唐とか世界最強クラスの軍事国家やぞ
そこと喧嘩売るとか正気の沙汰やない
10:名無しのJ民
なんか聞いたことあるけど、具体的に何があったんやっけ?
12:名無しのJ民
朝鮮半島にあった百済って国が唐と新羅に攻められて滅亡寸前だったんや
で、昔から百済と仲良かった日本(当時は倭国)が助けに行ったんやけど、ボッコボコにされた戦いのことや
16:名無しのJ民
結果、倭国軍は壊滅、百済は完全に滅亡。そんで唐・新羅連合軍が日本に攻めてくるかもしれんってビビって防衛体制ガチガチにしたんやで
20:名無しのJ民
アホやろ
外交でなんとかしろよ
22:名無しのJ民
まあ当時の国際情勢的に、百済が滅んだら次は日本が危ないって判断もあったんやろ
でも兵力差とか戦術とかどう考えても勝ち目なかったよな
24:名無しのJ民
水軍で奇襲仕掛けたけど、唐の軍船はデカすぎて歯が立たなかったとかいう悲しい話
28:名無しのJ民
それな
当時の日本にそんな大国相手にする国力あったんか?
32:名無しのJ民
兵士の士気は高かったらしいけど、武器とか船とか技術力で圧倒的すぎた
33:名無しのJ民
日本の船って細くて小回り効くけど、唐の船は城みたいにデカくて頑丈なんだよな
まるで軽自動車が戦車に突っ込むようなもんや
36:名無しのJ民
当時の天皇が斉明天皇とかいう女帝だったのも要因の一つって説もあるよな
中大兄皇子が百済再興にこだわったとか
40:名無しのJ民
中大兄皇子(後の天智天皇)が朝鮮半島に強い関心持ってたのは確かやな
42:名無しのJ民
でもこれ、朝鮮半島における日本の影響力を維持しようとした苦肉の策やったんちゃうか?
当時の日本って朝鮮半島への利権すごかったし
45:名無しのJ民
それもあるやろな
でも、結果的にその利権どころか、逆に唐・新羅の脅威に晒されることになったという
48:名無しのJ民
あの時もし日本が勝ってたら、日本の歴史は全然違うものになってたやろな
49:名無しのJ民
まず勝てないからな
50:名無しのJ民
勝ってたら、むしろ日本が朝鮮半島に本格的に進出してたかもしれん
52:名無しのJ民
それこそ日韓併合とかの比じゃないレベルで支配してたかもな
53:名無しのJ民
いや、唐に勝てるわけないから。その発想が負け戦の原因やろ
57:名無しのJ民
当時の日本の人口や国力から考えても、無茶以外の何物でもない
60:名無しのJ民
百済の王族とか貴族が大量に日本に亡命してきて、文化発展に貢献したって側面もあるけどな
62:名無しのJ民
だからこそ、この大敗北が逆に日本国内の統一と律令国家形成を加速させたっていう見方もある
外敵の脅威があったからこそ、国としてまとまる必要があったと
65:名無しのJ民
負け戦から学ぶってやつやな
67:名無しのJ民
でもあの敗戦で、唐との関係が一時的に最悪になったのは痛かったやろ
遣唐使も一旦途絶えたし
70:名無しのJ民
しばらくしてからまた遣唐使送るようになるんだけど、それがまたすごくてな
唐に媚びて最新技術と文化を吸収しまくった結果、飛鳥・奈良文化が花開いたんや
74:名無しのJ民
つまり、一回ボコられてから、ちゃんとお勉強して強くなったってことか
まるでスポーツ漫画の主人公みたいやな
75:名無しのJ民
外交で負けたら武力で解決って発想、昔から日本にあったんやな
76:名無しのJ民
今の日本もそうやろ(適当)
80:名無しのJ民
結果論だけど、無謀な戦いを避けてたら、日本の文化はここまで発展しなかったかもな
唐の強さを肌で感じたからこそ、本気で学ぶ必要性を感じたわけで
83:名無しのJ民
確かに、水城とか大野城とか、九州にやたら要塞作ったのもこの戦いの後やもんな
86:名無しのJ民
当時の唐の兵力は数十万規模とか言われてるし、日本はせいぜい数万やろ?
いくらなんでも差がありすぎる
88:名無しのJ民
唐の史料だと、唐・新羅連合軍が総勢13万、日本・百済連合軍が4万2千ってなってるな
92:名無しのJ民
それでも圧倒的な差やんけ!
94:名無しのJ民
しかも唐の将軍が名将揃いだったんだよなあ
対する日本は…
98:名無しのJ民
当時の将軍は阿倍比羅夫とかいう人だったっけ?
彼もそれなりに武勇伝ある人だけど、相手が悪すぎた
99:名無しのJ民
阿倍比羅夫は蝦夷征伐とかで活躍した人で、当時の日本じゃエース級だったはず
でも、大陸のプロフェッショナルには勝てなかったんやね…
103:名無しのJ民
この一件で、日本は大陸への積極的な介入をやめて、内政と防衛に重点を置くようになったんやな
107:名無しのJ民
そう考えると、白村江の戦いは日本の歴史のターニングポイントだったと言えるかもしれん
109:名無しのJ民
まるで幕末に列強に開国させられて、近代化に舵を切ったようなもんか
112:名無しのJ民
なんかちょっとロマン感じるわ
ボコボコにされて、でもそこから這い上がって強くなるって
116:名無しのJ民
ボコボコにされた挙げ句、防衛費爆上げして、大義名分失って、国内は混乱して…
119:名無しのJ民
現代の企業が無理なM&Aして失敗するのと似てるな
121:名無しのJ民
草
124:名無しのJ民
当時の天皇は「百済を助ける!絶対に諦めない!」みたいな精神論で突っ込んでいったんかな
126:名無しのJ民
今で言うと、日本がアメリカにケンカ売るようなもんか?
128:名無しのJ民
いや、アメリカどころか、中国とロシアに同時にケンカ売るようなもんやぞ
129:名無しのJ民
草、それは無理ゲーすぎる
131:名無しのJ民
まあ、百済との義理を重んじたってのもあるし、大和朝廷の威信を示すって目的もあったんやろ
結果として威信どころかボロクソになったが
132:名無しのJ民
日本書紀とかにはあんまり詳細に書かれてないけど、この敗戦は相当なショックだったはず
136:名無しのJ民
戦後処理も大変だったろうな
140:名無しのJ民
百済から来た難民の受け入れとか、国内の政情不安とか、山積してたやろな
144:名無しのJ民
でもこの経験が、後の律令国家形成、ひいては天皇を中心とした国家体制の確立に繋がったんだから、歴史って面白いわ
145:名無しのJ民
負けたからこそ今の日本があるってことか
147:名無しのJ民
ある意味、最高の負け戦だったのかもしれんな
149:名無しのJ民
いや、負けは負けや
152:名無しのJ民
でも、この敗戦をちゃんと反省して、学ぶ姿勢があったのは偉いと思うわ
今の政治家も見習ってほしい
155:名無しのJ民
今の政治家は負けても反省しないからな
159:名無しのJ民
唐と新羅が日本に攻めてこなかったのは何でなん?
160:名無しのJ民
唐は高句麗征服に忙しかったし、新羅は唐の支配を嫌がってたから、日本まで手が回らなかったんやろ
161:名無しのJ民
あと、日本も九州に要塞作りまくって、迎撃体制整えてたから、攻めるメリットが薄かったんやろな
164:名無しのJ民
なるほどね、じゃあ日本の必死の防衛策が功を奏した面もあるのか
168:名無しのJ民
この戦いの後、中大兄皇子(天智天皇)はめちゃくちゃ頑張って国内改革したんやで
戸籍作ったり、税制整えたり、律令体制を整備したり
171:名無しのJ民
ようは負けてから本気出したってことやな
175:名無しのJ民
スポーツ漫画の主人公やんけ
179:名無しのJ民
負けから学ぶって大事やなほんま
183:名無しのJ民
歴史に「もしも」はないけど、もしあの時勝ってたら、遣唐使なんて送らず、日本独自の文化が育たなかった可能性もあるんかな
187:名無しのJ民
むしろ大陸文化にどっぷり浸かって、日本らしさが失われてたかもしれん
190:名無しのJ民
負けたことで、改めて自国のアイデンティティを確立しようとしたとも言えるかもな
192:名無しのJ民
それが後の国風文化に繋がるんやな
194:名無しのJ民
日本史って負けから学ぶこと多いよな
198:名無しのJ民
白村江の戦い、元寇、太平洋戦争…
201:名無しのJ民
うーん、最後のはちょっと違うような
205:名無しのJ民
元寇は勝ったんやぞ
208:名無しのJ民
元寇は神風頼みとか言われてるけど、実際は日本軍も結構奮戦してたで
博多湾に石築いて防衛線作ったりしてたし
209:名無しのJ民
白村江の戦いは、完全に日本の完敗だからな
言い訳のしようがない
211:名無しのJ民
でもその完敗から、ちゃんと次に繋げたってのがポイントやな
212:名無しのJ民
当時の日本、若かったんやな
214:名無しのJ民
負けを知って大人になったってことか
216:名無しのJ民
結局、歴史は繰り返すんやで
現代にも通じる教訓がそこにある
218:名無しのJ民
無謀な戦いを避けること、負けから学ぶこと、強大な相手にはまず学ぶこと
222:名無しのJ民
現代の日本も、この白村江の戦いから学ぶべきことは多いよな
223:名無しのJ民
まさにそれ
225:名無しのJ民
なんでこんな無謀な戦いに挑んだのか、当時の人々の心理が気になるわ
229:名無しのJ民
多分「いけるやろ!」って思い込んでたんだろうな
232:名無しのJ民
唐とか新羅とかいう化け物相手に「いけるやろ!」は草
236:名無しのJ民
まるで現代の無計画なベンチャー企業みたいやな
237:名無しのJ民
結果的に、唐と新羅の対立が激化したおかげで、日本は攻められずに済んだってのも運が良かった点
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